限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

319.三月二日 黄昏時 分祠の儀

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 零愛がこんなにも落ち込むところを見せるのは珍しい。言うなれば始めて買い物へ出かけた童子どうじが意気揚々と歩いているところに家人が現れたようなものだ。

 だがそれでもやはり連絡をくれた方が心強く頼もしいのは確か、零愛はすぐに表情を戻し電話に出たのだが――

『もしもし零愛さん、大丈夫ですから信じてください。
 分祠自体はそれほど特別なものではありません。
 問題はその場所に水竜様か白蛇様がいるかどうかだけですから。
 あと飛雄さんの頭が悪くなってしまうと困りますから程々にお願いしますね』

「そっか、それならまあ気楽に…… ――ちょっとまて!?
 何で今トビと話してた内容がわかったんだ!? まさか監視カメラでも?
 おいトビ! まさかアタシを担ごうとして通話にしたままじゃないだろうね?」

「なに言ってんだがよ、俺が通話してたら姉ちゃんにどうやって電話してんだ?
 もうオレは八早月が何しても驚かねえさ、だって走ってこっちまで来んだぞ?
 話が聞こえるくらいなら不思議でもなんでもねえだろ」

「それもそうか、なんて納得すると思ったか? おい八早月! どこにいるんだ?
 そのへんで見てるってことだろ?」

『まあ見えているのは確かなのですが、その場所には居りません。
 それに直接見ているわけでもなく直接お話することも出来なくて残念です。
 実は藻さんの力で巳さんを神蛇小祠しんじゃしょうしへ送ることができるのです。
 その巳さんの視覚と聴覚を共有させていただいていると言う仕組みですね』

「いやいや、簡単に言ってるけど物凄いことしてるからな?
 トビなんてなんか頷いてるけどなんもわかってないだろ、この色ボケめ。
 寝ても覚めても八早月のことばっか、ホント変わっちゃったもんだよ」

「今それ関係ないだろがよ、いいから早く試してみよぜ、一応練習はしてきたよ。
 ここで墨をするのは難しいからすったのを持って来たけどいいよな?」

『あら、むしろ書いて用意してきた物を読み上げれば十分だったのに。
 本来は本殿の中で精神集中の元に書き上げるのだから。
 でも神蛇小祠の正式な巫でも宮司でもないのだし考えすぎても仕方ないわね』

「そうやって不安になるようなこと言わないでくれよ……
 それでオレか姉ちゃんのどっちがやった方がいいんだ?
 水竜様の降臨を受けて金鵄がいなくなるなんて心配はいらないよな?」

『私はすでに三柱の加護を得ているけれど、そんなこと考えるのを忘れていたわ。
 慣れと言うものは恐ろしいものね、心配なら飛雄さんが引き受けては?
 零愛さんの八咫烏が消えてしまったら御神子がいなくなってしまうから許嫁は解消になるわね』

「オッケーわかった、オレがやろう、八早月だって一杯引き連れてるんだしな。
 きっと大丈夫、それとも姉ちゃんやりたかったりすんのか?」

「アタシは遠慮しとくわ、習字はめっちゃヘタクソだからな。
 でも祈祷は任してくれよ、唱えるくらいはちゃんとできるからさ」


 こうして準備を整えた二人は八早月が見ていてくれるとの安心感からか堂々と祓詞はらえことばを唱えながら水竜の降臨を願った。その間、神蛇小祠には飛雄がわざわざこの場で祝詞を和紙へ書き、綺麗に畳んでもう一枚の和紙で包み御札にして祀ってある。

 御札の表には朱書きで『神蛇水竜守護』と書いてあるのだが、これは管理神社がなくどう書くのが正式なのかがわからないため、高岳姉弟と八早月とで相談のうえ決めたものだ。中には祓詞が書いてあるが、これも一般的な文言もんごんをアレンジして飛雄が書き上げていた。


<祓詞>

はらたまい、清め給へ、かむながら守り給ひ、さきよえ給へ。遠くに住まふ慈しむべき民がため、水を司る大いなる神、水竜の加護分け与へ給へ。その宿場にてしばし我が肉体へゐたまふやう願ひ聞こゆ』

はらたまい、清め給え、かむながら守り給い、さきわえ給え。遠くに住まう慈しむべき民のため、水を司る大いなる神、水竜様の加護を分け与え給え。その宿場としてしばし我が身体へ留まって下さるようお願い申し上げます』


 その祓詞で願った通り水竜が降臨してくれればよいのだが、果たしてそううまく行くのかは未知数だった。一時間ほど祈りを捧げていた二人だが一向に何かが起きる気配がない。

『そろそろ辺りが暗くなってきたようですね。
 帰りもありますからそろそろ終わりにして切り上げて下さいな。
 こう言ったことは形式が大切ですからきっと水竜の分霊が宿ったはず。
 そう信じることもまた信心ですし、座して待つとしましょう』

「ならいいけどなあ、なんか拍子抜けというか期待外れと言うか……
 オレにもっと力があれば違ったんだろうけど、すまなかったな。
 八早月が心配して見に来てくれたのにこの体たらくで恥ずかしいよ」

「そんなことないって、トビはよくやった、頑張ったよ。
 結果が伴わないことなんていくらでもあるだろ、そう落ち込むなってば。
 別に八早月が見てるところで失敗して恥かいたからザマアミロなんて思ってないし」

『まあ零愛さんたら酷いことを! でも失敗とは限りませんよ?
 少なくとも祈祷とともに御札を書き上げたのですから十分です。
 これを来週の創建の儀で祀ることにします、そうでないと――』

「そうじゃないと?」

『せっかく作ってもらった水神白蛇分祠すいじんはくじゃぶんしが空っぽのままですもの、ねえ巳さん?』

『わらわに難しいことはよくわからんのじゃ。
 主様のお気持ちのままになさってくださいなのじゃ。
 だがだんさんがわらわのことを慈しみ見守ろうとお考えなのは確か蛇』

「巳女さん! それってもしかして成功してたってこと!? 間違いない!?」

 しょげていた飛雄が手のひらを返すように元気になり、電話口の八早月は思わず耳を押さえたくらいである。だが一時間と少々も祈祷を続け何も起きなかったと帰宅するところが、うって変わって報われそうなのだから無理もない。

『うむ、わらわに真実はわからぬ。だがそうであって当然かと思ったのじゃ。
 なんと言ってもかれこれ千年以上はこの地では共にあったのじゃからな』

 喜び勇んでいた飛雄の心を打ち砕くかのように巳女は冷静に、そして他人ごとのように事実を言い放つ。これには誰もが苦笑するしかない。それでも飛雄はきっとうまくいっていると思いたく八早月に助けを求めた。

「なあ八早月、きっと大丈夫だよな? 無駄じゃなかったよな?
 神社だって大量に分祠するんだし簡単ってことは無くても不可能じゃないだろ?」

『ええもちろんです、私はきっとうまくいっていると信じておりますよ』

「あはは、八早月が信じているのはトビやアタシじゃなくて水竜様だろ?
 大丈夫大丈夫、アタシが水竜様なら八岐大蛇様のところへ近づきたいと思うさ。
 せっかく迎えに来たんだからそのくらい気楽に考えた方がいいってば」

『零愛さんの言い方は少々乱暴ですがもっともな意見でもありますね。
 信じればなんでも叶うものではありませんが、地の神職が二人で願ったのです。
 きっと想いは届けられたはず。それに私はお二人のことも信じておりますからね』

 こうして結果がはっきりしないまま、八早月の気休めの言葉によって神蛇小祠分祠の儀は幕を閉じた。
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