限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

321.三月六日 夕方 入れ替わり計画

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 八早月の思いつきで勝手に決めた双宗家の家族旅行だが、いつの間にか六田楓も一緒に行くことになったらしい。旅費や宿代は八早月が出すと言っているため急きょ一人分の出費が増えてしまったのだが、先日のお手柄もあり褒美を出すと言うう名目でまんまとせしめられてしまった。

 これは予約等の手続きを引き受けさせられた叔父の九遠寄時に印刷してもらった宿と観光名所の案内に、温泉巡りマップと言うものが掲載されていたことが大きな理由の一つである。


「と言うわけで従姉がもう一人増えたのでうるさくなりそうで申し訳ないわ。
 歳は同じく零愛さんの一つ下の高校一年生、これがとにかくおしゃべりで……
 久しぶりの旅行で浮ついているだろうから甘やかさないようお伝えくださいな」

『なんで旅行でやってくる一行に厳しくするんだって話だよ。
 今度は旅館に泊まるんだし父ちゃんが飲ませ過ぎることは無いはずだけどなあ。
 でも良かったじゃんか、従兄の浪人さんはようやく大学受かってさ』

「ああその件、実は勘違いらしいのです、もちろんまだ落ちてはいないけれど。
 受験後には合格発表まで大分時間が空くらしく、まだ結果がでていないと。
 でも先に合格祝いを贈ってしまったのだから受かってもらわないと困るわね」

『いやいや、後からどうにもできないから落ちてるかもしれないじゃんか。
 せっかく旅行に来ても気が休まらなそうだなあ、かわいそうに』

「それについては問題ないわ、受からなかったら鍛冶修行に入るだけだもの。
 去年落ちた際に聡明さんと約束して三度目の挑戦で最後だとのことなの。
 個人的には落ちた方が聡明さんが喜ぶと考えているけれどどうなのかしら」

『せっかく勉強してきてるなら受かってもらいたいんじゃないのか?
 予備校代って想像以上に金かかるから無駄になったらがっかりだと思うぞ?
 ま、ウチにはそこまでして勉強したい気持ちなんてわからないけどさ』

 この意見には八早月も同意である。むしろ高校だって行かなくてもいのではないかと考え始めているくらいだ。それでも友人たちとのひと時が楽しいため、進学を取りやめることまでは考えていない。つまり勉学に取り組む気持ちは微塵もないのだ。

『まあ決めちゃったことは仕方ないからもう合格祝いで通すしかないな。
 予約した旅館と漁協には話通しちゃったからお祝い料理が出ちゃうよ。
 連絡があった予算が大目だったから結構豪華になるはず』

「まあ私が食べられるわけで無し、双宗の家族が満足できればなんでも構いません。
 あの家はお婆さまが足を悪くしてから遠出していないので久し振りでしょう。
 宿で車いすを用意してくださると聞いて安心、きっと喜んでくださるわね」

『それにしても八早月の従姉が来るなら会ってみたかったな。
 八早月と違ってファッションとか興味あるんだろ?
 数件ならアパレルショップやコスメショップもあるから案内できたかも。
 とは言ってもこっちもしょせんは田舎だからあんま変わらないか』

「なんにでも興味持つのは悪いことではないけれど限度があるでしょう?
 先日はそのおかげでひと悶着あったからいいことだとも言いづらいのです。
 それに二人ともそれはもういつもペチャクチャとかしましいのだから困りものだわ。
 もし迷惑かけるようなら容赦なく叱るようにとお伝え願いますよ?」

 この当主筆頭、自分から強引に旅行へ行くようにと送り出すはずなのに、家族で祝いのんびりと静養させる気があるのだろうか。まったくどちらが困りものなのかと感じているのは零愛だけではない。

『八早月様、もうそのくらいでカンベンしてあげてくださいませ。
 せっかく代わりにお役目を果たして下さる聡明様と麗明が報われませぬ……』

「真宵さんにしては随分と珍しいことを言うのですね。
 もしかして私に何か隠していますね? そう、例えば聖のことでしょうか」

『うっ、そ、それは…… 実は麗明曰く、家庭の中で言い争いが絶えないのだとか。
 聡明様は今年の受験とやらを許可はしたが今まで以上に努力邁進が条件だと。
 しかし傍から見るとそれほど学力が上がっているようには感じられないそうです』

「まあそれはそうでしょう、同じ人間が同じように勉強しているのですから。
 突如として賢くなるはずもありません、それで聡明さんが怒っていると?」

『いえ、一番怒り心頭なのは実は奥方様らしいのでございます。
 奥方様曰く、聡明様が甘やかし一年の延長を許可したための体たらくだと。
 大学に入ると四年間は通うことになるそうですが、すでに三年も遊んでいるのが大変不満だとこぼしていらっしゃるとか』

「爽子さんは意外に怒りっぽいのかしら。それとも聖が相当怠けているのか。
 どちらにせよまもなくどちらかの結果が出るのですからもう手遅れです。
 それで真宵さん、旅行とそのことが聡明さんと麗明にどう繋がるのでしょうか」

『いえ、繋がると言われると困りますが、気の休まる時が無いなと心配に……』

 そこへ黙って聞いていた零愛が割って入る。常々察しの悪い八早月にもどかしさを感じ、どうにも黙っていられなくなったのだろう。

『八早月は相変わらず察しが悪いと言うか、人の内心を伺うのが下手だなあ。
 だからさ、きっと家にいるときは息子と奥さんに挟まれて息苦しくしてるんだよ。
 せっかく旅行へ出るんだから環境の違うとこで少々羽伸ばしたいだろ?
 奥さんたちは多分温泉三昧なんだろうから聡明さんは完全に自由ってことさ』

「でも聡明さんはお役目で参るのですから遊び気分で浮ついていては困ります。
 もしものことでもあれば今後私が零愛さんたちを招待しづらくなりますからね」

『ま、まあそうだな、そこはまあしっかりやってくれると思うよ?
 前回だって海が荒れた割には被害が出てなかったって聞いてるしさ。
 やっぱ八早月だけじゃなく八家の人たち全員凄いんだと改めて感じたもん』

「確かに八家の当主たちの持つ神通力が非凡であることは間違いないでしょう。
 ですが決して自身の力では無いのですから驕ってはなりません。
 八岐大蛇様に忠誠を誓った祖先たちが代々お借りしてきた力なのです。
 常日頃から感謝の気持ちを忘れぬよう努めるのは当然、忘るるなど言語道断!」

『わかったわかった、まあそんなに興奮するなってば。
 誰もお役目怠けてるとか驕り高ぶっているなんて言っても思ってもないからさ。
 でもさ、過去から脈々と受け継がれてきたことを鑑みるとウチら限界かも?
 記録が残されてるのは先代までの日記くらいしかないけどさ。
 常に山海に後塵を拝してて一度も優位に立ったことは無いっぽいよ?』

「それは抱える氏子の数や参拝者を考えたら至極当然のことです。
 ですが今回は山海の系譜に穴が開きますからね、相対的には優位に立つかと。
 その間に遠沿守翼小嗣えんえんしゅよくしょうしを再建しなければなりません。
 さすれば単純に力も上がりますし、新たな能力が開花するかもしれません」

『あはは、そんなゲームみたいに簡単にことが運べばいいけどな。
 でも今よりは良くなるって言葉、ウチは信じてるよ』

 そう言って電話口の向こう側では零愛がいつものように高らかで明るい声を出した。


<閑話>

「零愛さんは年上ですからすでに存じているでしょうが報告しておきます。
 実は私つい先日大人の女になったのですよ」

『なっ!? なんだって!? ちょっと待て、落ち着けよ?
 おい八早月、自分が何を言ってるかわかってんのか?』

「そんなに狼狽えてどうしたのですか?
 もちろんわかっています、これで私も一歩階段を上ったと言うことですね」

『まさかそのことを飛雄へ話してないよな?』

「ええ、今度いらした時に驚かせようと考えているのですが零愛さんには先に。
 お母さまにはすでに報告し大変喜んでいただきました」

『おいおいマジかよ…… 八岐八家ってのは一体どうなってるんだ……?』

「零愛さんもすでに通った道なのでしょう?
 保険の先生は誰しも通る道だとおっしゃっていましたし。
 今晩なんて玉枝さんが赤飯を炊いてくれまして、私三杯もおかわりしてしまいました」

『ん? あ、ああ、そういうことか、そっちね、はは…… そうだよなあ。
 ああ驚いた、八早月は時々おかしなことを言い出すから――
 ―― ちょっと待てよ!? 飛雄に報告するって言ったか?』

「ええ、そのつもりです、一緒に喜びを分かち合いたいと思いまして。
 なにか問題があるのでしょうか?
 それに私はずっと子宝はコウノトリが運んでくると信じていたのです。
 でも保健室で講義を受けましてそうではないことを知りました。
 本当に驚きでしたが、実際には男女が――」

『わかったわかった、もうその辺でいいから、もう言わなくていいからな?
 いいか八早月、そう言うのは夫婦間だけで密やかに話すもんだから。
 おおっぴらにべらべらとしゃべるもんじゃないんだよ、特に異性には絶対ダメ。
 トビだけじゃないからな、絶対だぞ?』

「それでなのでしょうか、先日学園のフリースペースでこの話をしていたのです。
 すると夢路さんたちが大騒ぎで私の口を塞ごうとしまして、結局追い出されてしまいました」

『そりゃそうだってば…… 頼むからトビにひけらかさないでくれよ?
 義姉からの助言だから必ず守ってくれ、将来二人きりになってからなら好きにしていいからさ』

「そうですか? よくわかりませんが年長者の言うことですからね。
 確かにお母さまもすぐに話をはぐらかしますし、そう言う物なのでしょう。
 そうだ、最後に飛雄さんのことで念のための確認なのですがよろしいですか?」

『なんか嫌な予感がするけど一応聞いてやるよ、トビのなんについて?』

「間違いなく男性なのかどうかを知っておいた方がいいのかと。
 彼にもちゃんとついておりますよね、おち――」

『あー! あー! わかった、もうそれ以上言うな、ついてるついてる。
 確かに跡継ぎが最重要だって言ってたから心配はわかるよ、ちゃんとついてるから、もう……』

 最後の最後に零愛は顔を真っ赤にし、再び八早月を諭してから夜遅くまで語り合うのだった。
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