限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

322.三月八日 夜 前日の合流

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 別に保護者ではないのだが、傍から見たら完全にお金持ち家庭のお目付け役に見えるだろうな、とひそかに苦笑いを浮かべる板倉である。つい先ほどまで金井駅前で待機していた黒塗りの高級ミニバンには今、八早月風に言うならかしましい少女集団が後部座席に陣取っていた。

 いつもは冷静で大人しい八早月も友人たちと共にいるとごく普通の少女になるところが面白い。この時ばかりは一族の長ではなく一人の中学生なのだ。

「すいません、いつも姉が調子に乗ってやかましくして……
 こちらにお邪魔するといつもよりもさらにうるさくてたまんないっすよ」

「まあ気にしないでくださいな、お嬢とご友人だけの時にもこんなもんです。
 でも女の子ははしゃいでるくらいが可愛らしくて好ましいと思いますぜ?
 一人でいる時のお嬢はやけに大人びていて別人の様ですからな」

「そんなもんなんですかねえ、まあ姉ちゃんが役に立ってるならホッとします。
 なんてったって暴力的でわがままで人使いが荒いんですからねえ」

 すると大騒ぎしている後部座席から声がかかる。そんなに耳ざといのはもちろん八早月と零愛であり、板倉と飛雄がこそこそ話しているところへ横槍を入れるのが目的だ。

「ちょっと板倉さん? 男性二人で女子の噂話なんてするものではありませんよ?
 大体なにを言っているのかは想像できますけれど、たまには羽目を外しても良いでしょう?」

「なあなあトビよ、そうやって陰口みたいな真似すると碌なことにならないぞ?
 下手したら八早月に棄てられちゃうかもしれないから気を付けろよ?」

 そんな指摘に動じた様子もなく、板倉は冷静に弁明をする。こう言うところは百戦錬磨だと飛雄は常々感心しているのだ。

「いえいえ、お嬢が普段と違い年相応にはしゃいでいるのが微笑ましいとね。
 飛雄さんも悪口なんて言ってませんからご安心を、ねえそうですよね?」

「そりゃもちろん、別に姉ちゃんが普段威張り腐ってるとか言わねえよ。
 んな誰でもわかってることに誰も興味持たないからな」

「うるさいっ! えいっ!」

 そう言うと零愛は飛雄の頭に手刀を落とした。相変わらず仲がいいと皆はにこやかに微笑んでいるが、実はこれ自体が零愛の作戦である。零愛は姉としてどうもこの許嫁同士の距離感が気になっており、もっと親密に、有体に言えばラブラブになって欲しいと考えていた。

 だがその行動に疑いを持っているのは飛雄である。出発前に零愛が切り出したことは確かに飛雄も感じており、どうも飛雄が一方的に好意を寄せているように見えてしまうことが多い。もちろん本当はそうでなく八早月の気持ちを感じることもあるのだが、事あるごとに家のため、一族のための婚約と言うのが大前提であることを思い知らされる。

 だからこそ姉の口車に乗り、飛雄がさげすまれるような場面を目の当たりにする機会が増えれば、八早月が飛雄を気にして庇うことが増えるはずという、いささか無謀な言い分に言いくるめられてしまったのだ。

 零愛にとっては十分勝算のある作戦なのだが、それを感じたのは二人で電話しているときで、しょっちゅう飛雄を庇ったり同情したりする発言がある。それを元に飛雄へ提案した本心からの姉心なのだが、普段から尻に敷かれている弟としてはにわかに信用しきれない。

 この場合、電話口での八早月は零愛に対しあまり飛雄を叩くとバカになるので控えてくれと言ってくる。それなのに今は一緒に笑っているだけだ。もしかして照れくさいから皆の前では言わないようにしているのかとも思ったが、飛雄と二人の時にデレていると言うわけでもなさそうだ。

 とにかく自分の恋愛がうまくいかないどころかなにもないだけに、身近なところで疑似的に成功体験を味わいたい零愛なのだ。そのためにもこうして訪れたチャンスをものにしていかなければと鼻息も荒い。

 かたや当人の飛雄はのんびりしたもので、いずれは一緒になるのだろうと楽観的に考えてはいる。とは言ってもやはりもう少し恋人同士らしい雰囲気も味わいたいのは確かだが、そのらしさと言うものがよくわかってない程度には経験がない。

 そして二人の標的、と言うと語弊があるが、ターゲットであることは間違いない八早月は飛雄よりもさらにのんびりしていると言える。今は友人たちと楽しい日々を過ごすことが一番であり、心身を健康に保ってお役目に邁進すると言う具合に一番純粋で邪念のかけらすら感じない。

 今回も一緒にいる綾乃、夢路、美晴の三人は、この恋愛劇に関しては完全には傍観者であり見届け人とも言える。大げさに言えば微笑ましく見守る母親の気分だ。特に夢路は目的を果たしたと言うこともあり完全に満足しており、今は綾乃と直臣の行く末が一番気になっている。

「そう言えば先輩は呼んでないの? せっかくの創建なのにさ。
 こないだみたいにまた何か飛び出してくるかもしれないじゃないの。
 もっかい貴重な体験ができるかもしれないってちょっとワクワクしてるんだよね」

「ちょっと夢路さん、不吉なことを言わないでちょうだいな。
 先日のようにまとわりつかれたらたまらないわ、でも心配はないでしょうね。
 もううちへ運び込んでからひと月ほど経つのになんの音沙汰もないもの。
 何か潜んでいればとっくに出て来ていておかしくないわ」

「そっか、こないだみたいに運び込むわけじゃ無いってことか。
 じゃあじゃあ先輩は? せっかくここまで来たんだし普段着の先輩が見たい!
 ね? 綾ちゃんだってそう思うでしょ?」

「えっ? う、うん、思わなくはないかな、でも急に呼び出したら悪いよ。
 先輩にだって都合はあるだろうしさ……」

「そう言えばそうね、どうせ暇に決まっているし近いのだから呼びましょう。
 綾乃さんが来ていると知れば喜んでやってくるはず、声をかけてみるわね。
 ついでになにかおいしいものを持ってきてもらうのはどうかしら。
 夏の間に獲った川魚を燻製にして保存しているはずなのよ?」

「ああ、かじかとか? 変わった見た目してるけどおいしかったなぁ。
 干して戻した山菜の炊き込みご飯も絶品だった!」

「あれ? 鰍を貰ったのって綾ちゃんが編入してくる前だったと思うんだけど……
 いつの間にそんな親しくなったのよ!?」

「違う、違うよ、この間お父さんも一緒にうちへ来た時にお土産でもらったの。
 だから食べたのはついこないだなんだってば、夢ちゃんてば勘ぐりすぎだよ」

 綾乃の機転に誤魔化された感の強い一同だが、追求したくなっているのは夢路くらいのもので、他の者は微笑ましいくらいに思っている。だがはっきりしたのは、四宮家にはやはり夏の間に仕込んでおいた蓄えがあるということだ。これには誰もが期待するのも無理はない。

「ねえ真宵さん、直臣に明日の朝来るようと縁丸へ伝言をお願いします。
 手土産を忘れないよう念を押して、それと綾乃さんが来ていることもね」

「ちょっと八早月ちゃん、そんな突然呼び出すなんて迷惑だってば。
 お休みの日だし先輩にも都合があるに決まってるでしょ?」

「暇に決まっているわ、出来ることなんて山菜取りかそり遊びくらいなものよ。
 妹を溺愛している直臣だもの、どうせ休みの日は秋菜の面倒を見ているはず。
 そうだ、どうせなら秋菜も一緒に今から呼び出してここへ泊まればいいわ。
 双宗家だけ旅行で楽しむなんて釈然としなかったのよね」

 自分で旅行へ行かせたくせにこの言い草、相変わらず他家の面々には深く考えずに理不尽を押し付けている八早月なのだ。しかしこの提案が後々の騒動を呼ぶことになろうとはまだ誰も考えていなかったのである。
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