限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

325.三月九日 早朝 少しだけ違う朝

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 夜更かしした翌朝は誰でも辛いものだ。毎日のように早朝に起き、鍛錬やお役目の見回りをしている八早月であってもそれは例外ではない。その証拠に少々機嫌が悪くなるのだが、普段は一人なので打ちこみに余計な力が入る程度である。

 しかし今朝はと言えばいつもとは全く違う光景が庭にあった。

「ほら、左脇ががら空きになりましたよ! こう、こうです、肘で守って!
 足運びはすり足でと言っているでしょう!? なるべく音を立てず、そうです。
 はい! その型を繰り返しでやってみましょう。まずは軽めに百回から!」

「はひぃ、こ、こうですかぁ…… えい! はっ! おりゃっ!」

「掛け声は出さない! 息を短く吐くだけ! それでは気配を察知されますよ!
 もっと早く! こうです、こう! はい、一緒に、はっ、はっ、はっ」

 まだ寝ていたかったと言うのにあまりのうるささで起こされてしまった零愛は濡れ縁に座ってお茶をすすっている。美晴はすっきりした顔で八早月たちと一緒に起き、自分も体を動かすと言って庭で縄跳びをしているところだ。

 では綾乃はと言うと、直臣と一緒に散歩へ出かけている。ついでにドロシーのところへ行ってパンと紅茶をわけてもらうらしい。ドロシーの家では毎日パンを焼いているらしく、そんな特別なことを想像したことの無かった八早月は焼きたてのパンが到着するのを大いに期待していた

『零愛殿はご一緒にやらないのですか? 手のひらから察するに日々鍛錬なさっているとお見受けしました』

「いやいや、ウチのはソフトの練習で出来たタコだからね。
 あんな風に木刀を振り回して鍛錬しているわけじゃ無いさ。
 トビは最近バットだけじゃなく木刀も振ってるけどいつまで続くやら。
 それにしても真宵さんってただここにいるだけじゃ何の気配もしないんだね」

『左様でしょうか? 自身ではなにもしておりませぬゆえ御する術は知りませぬ。
 おそらくは八早月様のさじ加減ひとつなのではないでしょうか』

「そういうもんなのか、ウチの八咫烏はずっと気配が出たままだからなあ。
 別にダメってわけじゃないけど誰にでも気取られちゃうよね?
 だから簡単に捕まっちゃうんでしょ?」

『その節は失礼つかまつりまして…… ですが神使なら当然なのでは?
 綾乃殿の藻孤も姿を現している時には気配が感じられ上げ下げもありません』

「やっぱ八早月が特別、いや特殊ってことでちょっとおかしいってことだな
 訓練すれば気配を感じ取れるようになるって言われたけどそれもうまくいかないしさ」

 零愛が真宵と話をしていると、飛雄に修行を付けながら聞いていた八早月も参加していた。どうやら気になることがあると見える。

「零愛さんは対象に対して気配を感じようと力を籠め過ぎなのです。
 そうではなく、自身の索敵を広げることを意識してみると良いですよ。
 体内から溢れ出たものが地面を這って流れ広がっていくさまを想像してください」

「また無茶なこと言いだしてる…… すぐ近くならわからなくもないけどなあ。
 気配の違いもろくすっぽわかんないしな、八早月はなんでわかるんだ?
 妖と神翼かんばねの違いは分かるけど、御神子それぞれの違いはわかるわけないって』

「それでもわかろうとすればいずれ判別できるようになると思いますよ?
 出来ないと思い込むことは自らの限界を狭める原因になるのではないかしら。
 すでに零愛さんは私と飛雄さんの違いはわかるようになったのでしょう?
 もちろん私もまだまだ未熟、巳さんと水竜様の違いに気付か無かったもの」

「八早月クラスでまだ未熟とかハードル高すぎ、全員それくらいを目指すんだろ?
 勉強熱心というかスパルタ教育と言うか、八家にいたら気が休まらなそうだ。
 トビもせいぜい頑張るしかないな、ただの婿じゃなくて御神子なんだからさ」

「飛雄さんがお役目に出なければならない状況になることは無いと思いますよ。
 そんな強大な妖が出たとしたらそれこそ八岐大蛇様の出番でしょうからね。
 まあ小物でも気まぐれで事を起こされる場合もあるようですが」

 そう言いながら八早月は地面へ目をやった。その瞬間、飛雄は隙をつくように八早月へと木刀を伸ばす。もちろん掛け声など出さない暗黙の一筋である。

「甘い! てやっ!」『バチッ、ガコオーン』

「いてっ! いてえええええ!」

 明らかによそ見をしていた八早月の腕は一瞬で飛雄の木刀を手首から切り離し、返し刃が袈裟に斬り下ろされていた。八早月はきっちり寸止めしたはずだったのだが、手首を打たれ飛ばされた木刀を飛雄が掴もうと無理に反対の手を伸ばし触れたせいで、八早月の返した剣筋に宙を待っていた木刀が割り込み飛雄の脳天へと直撃してしまった。

「あああ、飛雄さん、大丈夫ですか!? 無駄なあがきをするからこんな目に。
 巳さん、はやく治療をお願いします!」

「嫌なのじゃあ…… これから儀式で旦さんと会うかもしれないのじゃよ?
 それなのに主様ははがれた鱗姿になれと? そんな恥辱をお与えになるので?」

「それもそうですね、これは私の無礼でしたね。では飛雄さん我慢してください。
 せめて井戸水で冷やしましょう、ささ、こちらへ」

 巳女や藻は真宵と違い純粋な主従関係ではない。明確な上下関係とは言い切れない共存関係のようなものである。現世での自由と安全を確保するために八早月の肉体を宿主として使わせてもらっている分だけ、言うなれば大家としての優位性がある程度のものだ。有体に言えば『大家と言えば親も同然、店子たなこと言えば子も同然』といったところか。

 そんなことから無理にでも命を出し飛雄の治療をさせることは出来ないため、まだ寒さ厳しい早朝にもかかわらず、頭から釣瓶つるべで冷水をかけられ震え上がる飛雄である。


 こんな風に早朝からひと騒動とはなったが、飛雄は鍛錬と言う名のしごきを途中で切り上げることができたし、八早月は思わぬところから焼き立てパンが朝餉に並んだことでご機嫌だし、綾乃と直臣は特に大した会話もせぬまま山道をのんびりと散歩すると言う、なかなか悪くないひと時だった。

 しかし――

「なんで起こしてくれなかったのよ! せっかくの尊い場面を見過ごすなんて!
 まったくもう一生の不覚だよ、ハルがそんな冷たいとは思わなかった!」

「まったくもうはこっちのセリフだよ、グースカ爆睡してたくせに。
 他はみんな飛雄君がしごかれてる声で起きちゃったっての」

 そんな朝のひと時の最中も一人布団にもぐりこんだままだった夢路は、大変立腹し美晴に八つ当たりをするのだった。
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