限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

327.三月九日 夕方 水神白蛇分祠創建の儀

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 つい先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まりかえた櫛田家の庭。と言ってもいつも鍛錬している開けた場所ではない。ほんの数メーターしか離れてはいないが、周囲は背丈よりは高い木々に囲まれた場所である。

 白っぽい御影石で出来た水神白蛇分祠すいじんはくじゃぶんしはその静かな場所にあった。振り返れば母屋の玄関電灯が遠目に見える。いつもの庭や濡れ縁自体は見えないが部屋の電気がついているのがわかる程度にはすぐそばだ。

「ここだけ開けているけどわざわざ伐採して整えたの?
 それにしてはいびつだからやっぱり自然とこうなってたのかなぁ」

「以前はここにも木々が生えていたらしいのだけれど台風で倒れたらしいわ。
 とは言っても四代前の話だからまるきり他人事な気分ね。
 その後はわざわざ手入れをしていないから雑草程度しか生えていないの」

「じゃあちょうどいい場所があったってことなんだね。
 まるで巳女さんを迎えるために整えられたような場所なのかぁ」

『うむ、流石に藻殿の巫女じゃ、良いことを申す、褒めて遣わすのじゃ。
 これはもうわらわの居場所として大蛇様がお決めになられた証と言えるのじゃ』

「都合よく解釈するのは自由ですけれどね? 度が過ぎると叱られますよ?
 後できちんと言いつけておこうかしら」

 綾乃の発言で調子に乗った巳女を諭すように八早月が脅すと、巳女はそそくさと綾乃の後ろへと隠れてしまった。どうも秋菜といい巳女と言い八早月を避けているわけでなくとも距離を取られているように感じ面白くない八早月である。

 だがおふざけはここまでだ。いよいよ儀式を始める時間となった。時刻は十六時ちょうど、辺りは少し薄暗くなってきたが真冬に比べるとまだ大分明るい。今日は残念ながら夢路も美晴も巳女に術をかけてもらえないので藻が肩代わりしている。

「久し振りに藻さんに掛けてもらったのはいいけれど、やはりつらそうね。
 あんなに体をこわばらせなくてもいいのにと言っても仕方ないのでしょう?
 見てごらんなさい、あの瞳、見てるこちらが恐ろしくなってきますね」

「ちょっと八早月ちゃんひっどーい、自分ではどうなってるかわかんないけどさ。
 でも体が硬直して一ミリも動かないのは、見てて確かに気持ち悪そうだね」

「私はハルより後にかかってるからどうなってるか見てるけどさ。
 まあ凄いよ…… なんか操り人形みたいな感じだもん、まあ私もなんだろうけど」

「いやあ、ウチはこんな目にあわされなくて済むから良かったよ。
 でもこのチビちゃんはどうするんだ? 見えなくても別に構わないのかな?」

「秋菜は何が行われてるかよくわからないでしょうし、術はいいでしょう。
 臣人さんに無断で術をかけて神通力に目覚めてしまっても困りますからね。
 それでは始めましょうか、綾乃さんはこちらへお願いします」

 八早月の肩よりも低い程度である石祠の向かいに、まずは八早月と綾乃が並んで立った。今回はわざわざ見世物のような大げさな儀式形式は取らない。そのため周囲を気にせず気楽にいられると綾乃は安心しきっていた。

 それと対照的に緊張の色が隠せないのは飛雄である。石祠に背を向け座らされているのだが、これは飛雄の肉体を憑代よりしろとして水竜の分霊がここへ来てくれていることが前提だ。もちろん一足先に現地で書いてきた御札を石祠の前へと納めてある。

「本当に大丈夫なんだろうな? 水竜様が来てくれてなかったらすまんが……
 それはともかく俺に何が起きるか想像くらいはしてくれてるんだろ?」

「もう、儀式を始めるのですから無駄口は叩かないで下さいな。
 大丈夫、最悪でも気絶するくらいでしょうし、今度はきちんと考えています。
 それとも私のことが信用できないとでも言いたいのですか?」

「違う違う、そうじゃないってば。気絶しようがなんだろうが構わないさ。
 でもわかってるなら心構えってやつも出来るだろ? だから念のためだってば」

 八早月はわざと怒ったふりをしながら誇張するかのごとく心配ないと言い放っているが、実はこれに根拠は全くなかった。なぜなら今回行おうとしている儀では、通常八早月だけで行う力の行使を綾乃と共に行うからである。

 八早月だけで術を行使すると必要以上分の力は周囲へと漏れて流れていく。以前ドロシーへ力を分けた際にも同じ事が起き、すぐそばにいた飛雄がてられてしまった。その対策が綾乃であり、彼女風に言えば雨漏りバケツの役目だ。

「それではみなの準備が整ったようなので始めましょうか。
 コホン、では枕詞から。
 『掛けまくもかしこき八岐大蛇の大神おおかみ――

            中略

 ―― かしこみ恐みもまおす』――」

 本当は神通力で扉を開くので祈りは必要ないのだが、やはり形式も大切だと考え祝詞を捧ぐところからから始めていく。続いて巳女の魂を祠へ降ろす準備に入るのだが、本人は八早月の元から離れるつもりがまったく無いので飛ばすことになる。

 そのため速やかに常世開扉とこよかいひへと進むわけだが、ここが一番緊張するところである。扉を開くと言うことは現世の一部が常世と繋がると言うこと。すなわち妖を呼び出すこととそう大差ないのだ。

 だがそのために綾乃に協力してもらっている。普段なら他の当主が協力し構成する結界を八早月と綾乃だけでやろうと言うのだ。後々考えてみれば直臣も零愛もいたのだから手伝いを一人に限定する必要は無かったが、過ぎた後に思いついたので手遅れと言うやつである。

 どちらにせよ結界を構築するための力は八早月一人で事足りる。ただしそれだとこの開けた場所一帯、いや櫛田家の敷地全体程度に結界が広がることだろう。外界からの悪気を遮断するならまだしも、内部に閉じ込めようと言うのだから狭いに越したことはない。

 ここで綾乃の出番である。と言っても当人はただ立っているだけでいいと言われているため何もしない。さらに言えばなにも聞かされていないと言うことでもある。不安がないと言えば嘘になるが、八早月のすることに間違いなないとも考え信じている綾乃だった。

 さて、いよいよ常世開扉である。いつものように八早月の両腕が光り輝くと辺り一帯に神聖な空気が漂う。ほどなくして目に見えない空気と言う雰囲気ではなく、しっかりと見える形で効果が現れた。

 地面には八早月から綾乃へ向かって白い光の帯が引かれていく。それはすぐに八早月を中心とした円状に広がり天へ向かって円柱を形作ったが、予定通り綾乃までの距離で留まったようだ。およそ半径二メートル程度、その円の中には言うまでも無く水神白蛇分祠と飛雄・・が含まれている。

 こうして範囲を絞った結界を構築することで常世から溢れ出てくる、悪気あくけを含むこの世のものでないものを閉じ込め、その中へ水竜の分霊を開放するつもりなのだ。だが妖の種とも言える飛び盛る悪気に満たされている結界内、八岐大蛇から力を賜っている八早月と綾乃は問題ないとして、果たして飛雄はどうなるだろうか。

 その心配は杞憂に終わり、飛雄は意識を保ったまま祈りを捧げている。それが儀式への取り組みなのか、未知の恐怖によるものかはわからないが、とにかく正気であることは間違いないようでなによりだ。

 だが異変は直後訪れた。

『ゴゴゴゴゴ――』

「うわっ、地震!? それとも八早月がなにかやらかしたのか!?
 物凄い揺れだけどみんな大丈夫か!?」
「ちょっと立っていられないかも、一体何が起きてるの!?」
「あわわわ、わわっ、ハルー助けてー」
「秋菜、ほらしっかりつかまっているんだぞ」
「あははーすごいすごいー」

 一瞬の揺れの後、突然目の前の地面が沈下し石祠の周囲を取り囲むように溝がかたどられた。これには巳女はもちろん、家主である八早月も困惑しきりである。しかも沈下した溝には緩やかに水が沁みだしてきている。

 足元がぐらついたためすぐに後ずさりし既所すんでのところで溝ならぬ堀へ落ちずに済んだ八早月と綾乃、対して膝をついていた飛雄はそのまま落下していた。もちろん背中なぞはびしょ濡れである。

「ひやあ、冷てええ、なんだこりゃあ、儀式は出来たのか? 中断しちゃった?」

「どうでしょう、結界は残ったままですし、まだ継続しているかも。
 ですが私はもう術を解いておりますし、上手く行ったと考えたいところ」

 この様子を見て一同が慌てふためく中、一人歓喜に震える者がいた。その者は言うまでもなく巳女である。とは言え、何かを感じ取っているのかそう信じたいのかは誰にもわからない。

「こ、これは、だんさんがここまでいらした証なのじゃなかろうか?
 水竜様と一体となった旦さんの写しが本当にこの山奥までいらしてくれたのじゃ」

「それならば喜ばしきこと、水竜様自ら連れて来て下さったのかもしれませんね。
 しかしわざわざ水を用意すると言うことは、やはり巳さんとしては海の近くが良かったのではありませんか?」

「とんでもござらぬ、わらわにとっては水の有無は興味なきことじゃ。
 どちらかと言えば蛇とは土の民でございますのじゃよ?
 ですが山奥に湧き水とは風流でまっこと良きことと思いますのじゃ」

「山奥で悪いけれど、もう設置してしまったのだから我慢してくださる?
 どうしてもと言うなら移設も考えなければなりませんね。
 まあ私としては庭に突如出来た池に困っているし埋める口実になりましょう」

「ちょちょ、待って下され主様! 今のは失言、ついうっかりなの蛇。
 山奥ではなく聖なる山、そう大蛇様のおわす神山しんざんですじゃ!
 わらわはずっとここにいたいのじゃ、ずっと置いて欲しいのじゃー」

「そうは言うけれど巳さんはここへ入らないのではありませんか?
 せっかく作ってもらった祠も空っぽでは勿体無いと言うものです」

「心配には及びませぬ、ちゃんと旦さんが入りましたから空ではないのじゃ。
 それにこの清らかな湧き水、いやあお庭に素晴らしい景観が加わったのじゃ」

 ものは言い様、そんな都合のいい言葉をさらっと出すくらいに巳女は八早月の元が気に入っているのだ。新たに出来た庭園を眺めながら、このままずっと生き神様・・・・の側を離れぬと誓う巳女であった。
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