限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

328.三月十日 夜 家路(閑話)

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 田舎のローカル線から乗り換えガラガラの車内で席を確保した姉弟は、後は地元の駅へつくのを待つだけと言うこともあり安堵の表情でシートへもたれかかった。

「なあトビ、なんかあんまり八早月と一緒にいなかったけど良かったのか?
 こう言っちゃなんだけど、あんなとこまで行くのはそう簡単じゃないんだぞ?
 今回みたいに代わりを寄こしてくれるのも度々は難しいだろうしさ」

「そんなのわかってるってば、でもオレにも意地があるからな。
 いつまでも頼りない弟だって見られ続けるわけにはいかねえさ。
 さすがにもうひっくり返すってことはないだろうけど叔父さんを見返したいよ」

「いつまでも引き摺ってんだなあ、その気持ちウチにはわからん。
 せっかく行ったのに何が楽しくて修行に明け暮れるんだか。
 八早月も八早月だよ、わかってんだからほっとかないでトビを呼べばいいのにさ」

「その辺りはよくわかんないとこもあるんだけど聞いても教えてくれねんだよ。
 なんで八早月と親父さんは折り合いが悪くて下男みたいな生活してんのかとか。
 立ち入るのも悪いかもだけど婿養子になるんだから教えてくれてもいいのになあ」

「今はまだってとこじゃね? 家族内のことはおいおいわかってくるだろ。
 それよりも自分で婿養子になる身だなんて言うようになるとはな、ハズくねの?」

「うっせえよ、事実を言ったまでだ! 俺の決心は固いんだからな。
 許嫁の儀では将来的に拘束しないってなってたけど俺はもう決めてっから。
 進路だってちゃんとセンセとかに相談はじめたしな、姉ちゃんとは違うんがい」

「それこそ余計なお世話だっての、ウチは家継ぐんだからいいんだよ。
 外へ逃げちゃうくせにアレコレ言うんじゃないよ、婿入りより婿探しのが大変なんだからな!」

「ちょっと、応援してる風なこと言ったばっかりで今度は責めるんがよ。
 ホントウチの女連中は無茶苦茶なんだよなあ、八早月が似なきゃいいんだけど」

「そういうこと口に出すから母ちゃんにもやいのやいの言われるんだっての。
 自業自得だってちゃんとわかっとかないと婿行ってから同じこと繰り返すぞ?
 わかるか? この姉心ってやつがさ」

「うそつけよ、思いつきで喋ってるだけのくせして。
 母ちゃんもそうだけど直情的短絡的自己中心的なんだよ!」

 飛雄がいつもより強気で言い返して来たことに気圧されたのか、零愛は珍しく言い返すのに手間取ってしまった。その一瞬の静寂の中、二人はなにやら聞こえてくる声に気が付いた。

「クスクス、クスクス」
「ププッ、フフフ」

 少ないながらも乗っていた他の乗客にしっかりと聞こえるくらい、いやむしろ聞かせたいのかと思うほど、二人の会話は大きな声になっていたのだから笑われても仕方がない。

「ちぇっ、またこのパターンかよ…… 姉ちゃんのせいだからな」

「なに言ってんだよ、トビのことを話してたんだからお前のせいに決まってんだろ」

「なんでそうなるんだよ、話を振ってきて変なこと言いだしたのは姉ちゃんだろ。
 オレのどこに非があるってんだよ、そういうとこがモテない原因がよ」

「なんだと! 今それ関係ないだろよ!」

「ちょっと、しーしーっ」

 再び恥をかき始めていたことに気が付いて、二人は今度こそ黙り込んだ。しかし飛雄の心には姉に言われた言葉が嫌な感じに刷り込まれつつある。

『ホントにオレが原因で母ちゃんや姉ちゃんが責めるのか?
 いや責められてるわけじゃ無くていい様に使われてるだけだよな?
 でもオレがしゃんとしてないから調子づかせてるのか?』

 飛雄は真剣に悩み始めているが、万が一にもそんなことがあり得るはずがない。なんと言っても飛雄が産まれる前から母は父を尻に敷いているのだ。こんなことよく考えなくてもわかりそうなものなのに、こと八早月が絡むといつもの冷静さも影をひそめてしまう。

 逆に零愛は内心ほくそ笑んでいた。弟の表情や仕草を見れば動揺しているのは明らかだからである。こうやって口八丁手八丁な姉や母にいつの間にか従えられてしまうのだが、それこそが磯吉を初めとする大人の男連中に頼りないと思わせてしまう要因となっている。

 だが女連中はそんなこと気にしたこともなく、もちろん自覚もない。飛雄にとってはとんだ災難であるが、母親と双子の姉なのだから逃げようも避けようもなくここまで育ってしまった。

 だがこれもデメリットばかりではない。飛雄の思慮深さはこう言った厳しい・・・環境から培われたものだし、力まかせではなく頭を働かせることを是とするようにもなった。そしてそのことは八早月に尊敬される理由の一つにもなっているのだから、世の中なにがどう転ぶかわからないものだ。

 つまり女連中に貶められたことと鍛えられたことで差し引きゼロと言ったところである。しかしこの両方に気が付かないのだから、母も零愛もめでたい性格なのは間違いないだろう。

 そしてもう一つ間違いないことがあった。それは飛雄はもう疲労困憊で起きていられなかったことである。

『なんだよ、生意気言ってるのが静かになったと思ったら寝ちゃったのかよ。
 ま、昨晩から八早月と一緒にお役目出て、その後も早朝からしごかれてたもんな。
 しかも日中は鍛冶修行と来たもんだ、そりゃ疲れてるに決まってるか』

 いつの間にか電車のシートへ倒れ込むように体を預けている飛雄を眺めながら零愛はこの週末の出来事を振り返っていた。そして弟を起こさないよう、声に出したかどうかわからない独り言を呟く。

『一緒にいられるのはどうせあと一年ちょっとだもんなぁ。
 卒業した後は八早月にとられちゃうんだからさ、それまではせいぜい可愛がらせろよな、トビ』
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