限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

335.三月十三日 午後 バトンを受けて

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 ペースを上げていった八早月たちは浜の計画から少し遅れて、五キロの折り返し地点直前で直臣たちの背中を視認した。だがその手前にもう一つの障害が待っていることを同時に確認し、少々憂鬱な気分になりそうだとかぶりを振った。

「なっ、なっ、なん、でお前が、はっはっ、こっ、こっ、ここにっ!?」

「そんな苦しい思いまでして話しかけないでよろしいのですよ?
 私はただ走りたいからここまでやってきた、ただそれだけですからお気になさらず」

 どうにも理解できないと言った様子の郡上大勢は、だからと言って八早月を追いかけてくることは無く、大人しく五キロ地点で折り返していく。その際、折り返しのスタンプを押してもらいながら、担当教師に何やら声をかけていたことが少々気になったくらいである。負けず嫌いな郡上のすること、どうせ八早月が指定距離を守っていないだとか言いつけているのだろう。

「ここでようやく三分の一、一気に捉えてしまいましょう。
 おや? 浜さん大丈夫ですか? やはり飛ばしてきて無理がたたったのでしょうか」

「どうやら、ボクは、ここまでっス。少しペースを、落とさないと完走が、ヤバ。
 姫は先に、行っていいっス。必ず、後から、ゴールするっスから、ね?」

 完全に息が上がっており苦しそうである。背は高くとも線は細い浜ではここらが限界と言うことだろう。しかしここまでよく引っ張って来てくれたと八早月は感謝の気持ちを込めてその手を握り敬意を表した。しかし女子に免疫のない浜にはこれがトドメとなってしまったらしい。

「ひ、ひっ、姫に、手を―― 感激っス、ヨコには、負けたけど、悔しくないっス。
 はあっ、ひいっ、ふうっ、それでは姫、健闘を、祈ってるっス!」

「さらに息が上がっていますが本当に平気ですか? あまりご無理なきよう。
 ダメそうならここで折り返す決断も勇気の一つですよ?」

「いや、少し、ペースを落として、息を、整えればダイジョブ。
 せっかく、姫に、手を、握って、もらったんだから、最後まで、頑張るっス!」

 そう言いながら後方へ離れていく浜を見送り、八早月はまたペースを上げた。幸いもうここには誰もいない。前方には先頭集団が形成されており、そこに残るは三人のみである。


 さてこちらは先頭集団、三名のうちの一人である直臣だけは焦りを感じていた。それもそのはず、つい先ほどまで微塵も感じられなかった八早月の気配が突如現れ猛追してきているのだから当然だろう。

 急に後ろをちらちらと気にし始めた直臣の様子を見て他の二人は首をかしげるしかない。一人は出発前に八早月へ話しかけてきた野球部の一員である横田しん、もう一人は美晴の先輩である陸上部の五十束いそたば宗也そうやだ。

 荒々しく力強さを感じさせる走りの横田と、整った呼吸と美しいフォームで滑らかに走る五十束は対照的である。そして直臣はと言えば、そのどちらとも異なる山走りであり、音を立てずにすり足に近い足運びはスポーツと根本的に異なる。よく言えば忍びのよう、悪く言えば裏社会の人間に近い。

 もちろん八早月も同じ走り方でここまでやってきた。さすがにアスファルトに運動靴なので無音とはいかないが、それでも最小限の足音でひたひたと忍び寄ってくる様は、わかっている者にとってこそ脅威だろう。

 まだ五キロ地点を過ぎたばかりなのでゴールまでは半分以上残っている。だが先団の直臣は、まだ姿の見えぬ八早月に怯え追い立てられるようにペースを上げてしまった。これは意思とは無関係の条件反射のようなものなので仕方ない。

 それでもきちんと理性を保ち常識の範囲内、つまり神通力を抑え込んだまま己の肉体のみで走っているのは立派だろう。到底そのままで逃げ切れるとは思えないが、それでも精一杯逃げていく。

 急にペースが上がったことで戸惑ったのは他の二人だ。まだ余力はあると言っても先は長い。ここで同じペースに上げていいものか、走り慣れていないためなのか判断に戸惑っている。しかしスタミナには自信のある五十束は一瞬の迷いの後、吹っ切ったように加速し直臣を追った。

 だが走るのが専門ではない横田はまだためらっている。直前の直臣がなにか後ろを気にしていたことが気がかりなのだ。まさか浜が追い上げてきているのか、それとも八早月が本当に十五キロ走るつもりで同じ道を進んで来ているのか。考えすぎてどうすれば良いのか一向に考えがまとまらない。

 それでも速度を落とす選択は無いため極力同じように走る。しかし急に一人になったため現在自分がどの程度のペースなのかがわからなくなってしまった。考え事をしたのも乱れた要因の一つである。

「それにしても、浜のやつ、追いついてくる、気配が、ないな。
 まさか、リタイア、しちゃった、なんてこと、ないだろうけど……」

「ええ浜さんは大丈夫ですよ、少々疲れてしまっただけで今は一息入れています。
 絶対に最後まで走りきるとおっしゃっておりましたからご心配なきよう」

「うげええ、ひ、姫! なんでここに!? 本当に、十五キロ、走るつもりか?
 それにしても、どうやって、追いついて、来たんだ? 結構、速かったろ。
 あ、それで浜のやつ…… まったく仕方ねえなあ」

「彼には申し訳ないことをしました。普段他人と走る経験がないものですから。
 道中引っ張っていただきまして無理をさせてしまったようです。
 のちほどなにかお礼を考えなければいけませんね」

「礼なんて、いらない、だろ。なんだあいつ、こないだまで、寒鳴がいいって。
 婚約の、話を、聞きつけたら、もう乗換えかよ、節操ないなぁ」

「そうなのですか? しかし私にも許嫁がおりますからね。
 残念ですが浜さんのお気持ちには応えられません。
 しかしそんなに私は女性に見えますか?」

 横田の思わぬ言葉に気を良くした八早月は、ほぼ初対面の相手に言うべきとは思えないことを聞いてしまっている。これはもちろん女性としての魅力が自分にも備わっているのだと、他人の口に言わせたい女のエゴである。

「そうだな、ちゃんと、女子に、見えるよ? そりゃそうだろう。
 姫って、意外に、変なこと、聞きたがるんだな」

「なんとなく通じていなかった気もしますがひとまずはよろしいでしょう。
 今はそれどころではございません、このままでは追いつきませんよ?
 ええと、先輩は旅人算をご存知ですか?」

「なに、言ってんの、小学生じゃ、ないんだから、それくらい、知ってるさ。
 あとオレは横田だよ、横田慎って言うんだ、姫は櫛田だったよな?」

「はい、櫛田八早月と申します。先輩の名は横田さんですね、
 横田慎さんと浜鳴尾さん、それと江越さん、お三方とも覚えておきましょう。
 それでは私は前を追いますが、横田さんはいかがなされますか?」

「はっ! 置いてかれて、たまるかっての、後輩女子、には負けられ、ないからな。
 まだ背中も、見えるし、トップまで一、二分ってとこだろ。
 姫こそ、ついてこられる、かな?」

「では実戦で証明すると致しましょう。
 ここまで尽力下さった浜さんのためにも負けられません」

「オレだって脱落した浜の分まで頑張ってやるぜ!」

 知らないところで出汁に使われている浜である。

 それにしても、どうやら横田も相当の負けず嫌いのようだ。お陰でまたもや相方ペースメーカーを捕まえることに成功した八早月は、これなら不自然ではない程度にペースを上げることができると肩の荷を下ろした。
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