限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

336.三月十三日 午後 最後の駆け引き/そして決着

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 金井地区の野球チーム、金井ボーイズに所属する中学二年生の横田慎、彼は恵まれた体躯と厳しい練習を厭わない強靭な精神力を持っている。一つ難点があるとすれば、それは運が悪いことである。

 去年の大会では直前に流行った季節外れのインフルエンザにかかり欠場した。秋の大会では決起集会だと家族で囲んだ鍋が原因で食中毒になり、体力を大きく減らした状態で試合へ臨んだ。

 そして今年の体育祭である。去年はまだ一年生と言うこともあって三年生の先輩に敵わなかったのだ。しかし今年の九遠学園中等部三年生でクラブチームに所属しているのは江越しかおらず、体力技術共に横田の方が上であるのは明白だった。

 だがここに現れたのが伏兵中の伏兵、一年生で一番小さいのではないかと思うほど小柄な八早月だった。その少女に野球経験者最大の見せ場、花形競技であるティーバッティングで敗れたのだから、横田だけではなくすべての野球経験者がショックを受けてしまった。

 一部には妬みから八早月を毛嫌いし難癖をつける者もいたが、誰がどう見ても完敗だったため却ってすっきりしたといった江越が、八早月に姫と言うあだ名をつけて陰ながら崇めるような遊びを始めたのだ。

 幸か不幸か金井ボーイズの一年生は口が堅く。そのため八早月の耳には今まで入ってこなかった。かと言って江越たちが必死に隠していたわけでもない。現に綾乃は知っていて教えてこなかったのだ。


「なるほど、そんないきさつがあったのですね。
 ですが体育祭よりも前の出来事は私のあずかり知らぬこと、逆恨みです。
 もちろんどんな理由であっても手を抜いて負けようなどとは考えませんよ?」

「いや、そんなん、わかってる、別に、負けてくれって、言ってないさ。
 ただオレも、負けられない、理由が、これ理由か? まあそんなとこだ」

 すでに先を行っていた二人には追いついており、抜こうと思えばいつでも抜けるだろう。しかし横田はこのまま後ろをピタリつけていく方が良いと言う。抜きにかかると相手も抜かせまいとなってお互い潰し合いになるため、あえて後ろで付かず離れずを保ち圧をかけるのが勝ち筋らしい。

 八早月個人は体力的にも速度的にもまだまだ余裕が有るので消耗戦は望むところだったのだが、それでは藻曰く人あらざる者の所業になってしまう。せっかく努力してここまで大人しく振舞って来たのに、あと少しのところで全てを台無しにするわけにはいかないのだ。


 やがて折り返しを迎え先頭の二人とその後を行く二人がすれ違う。その際見せた直臣の表情は、八早月にとってとても好ましいものだったと後に綾乃へ語るくらい懸命なものだった。

 なんといっても必死さが滲み出ていたことが大きい。最初は筆頭と言う立場に命じられたことかもしれないが、走っているうちに負けたくないとの想いが強く高まったのだろう。それはのんびり屋な直臣の新たな一面であり、今後の鍛錬にも大きく関わってくるかもしれないと、筆頭の立場で好ましいと感じていた。

 だが勝負は全く別のことである。横田に教えられたことは理にかなっており、このまま追走しつつ最後の最後で抜き去るつもりでいる。最後に抜いて先頭に立ったなら次は横田との一騎打ちも待っているだろうが無論負けるつもりなぞ無い。

 他がどう考えているのか今はまだわからないが、結局やることは変わらず集団のまま進み最後に抜くだけだ。八早月はそう考え、馬力に勝る自分こそ勝利すると疑わず走り続ける。


 横田もほぼ同じ考えであり、あえて作戦を伝えたのは早々にペースアップされると自分のスタミナが切れる恐れがあるからだ。そんな彼が一番に警戒しているのは実力未知数な八早月ではなく陸上部の五十束であった。

 普段から陸上部中距離の選手として練習に励んでいるし、野球のように多岐にわたるメニューに時間を奪われることもない。普段のメニューは基本的に走ることのみなのだから有利と言うより勝って当然とまで見られているだろう。

 野球組が体育祭の得意種目で恥をかいたように、五十束を持久走で負かせて同じ思いをさせるのも面白い。横田は裏でそんなことを考えていた。そしてその勝利する者は自分であると自信満々なのだ。


 そんな大本命である五十束の考えはこうだ。同じ三年でも頭でっかちな一組の直臣には負けられない。体育祭で二組が僅差の敗北となっただけで十分悔しい思いをしているのだ。これ以上恥をかかされてなるものかと気合十分である。さらにボーイズの野球小僧どもにも本職の走りで負けるわけにはいかない。

 だが一体この一年生女子は一体なんなのか。確かに体育祭での活躍は記憶に新しい。それに陸上部の一年女子とも仲が良いらしく、部活前にちょくちょく見かけることもある。だが二、三年生男子の一部のみが参加する十五キロを一緒に走っていると言うのは意味不明だ。しかもきちんとトップグループについて来きているとは只者ではないと警戒はしていた。


 さらに直臣であるが、走りの原動力は単純明快、手を抜いていると思われたくないだけである。八早月の命により走らされているのは間違いないが、だからと言っていやいやだとか仕方なくと言った態度を見せたら後でどんなバツが待っているかわからない。

 それに命じただけではなく当人まで走っているのだから、監視されている気分になってもおかしくは無い。八早月が神通力を使わず自力だけで走っているのは当然理解しており、それならば二歳上で男子の自分が勝ってもおかしくは無い。

 実はこれはまったくの考えすぎで八早月は監視など考えてはいない。だが直臣は八早月の考えを勝手に想像し、なんとしても先にゴールする必要があると気合を入れていた。例え他の二人に負けたとしても八早月にだけ勝てばよい。しかし八早月が一般人に負けることは考えづらく、つまり直臣自身がトップでテープを切る必要があると言うことになる。


 そんな四者の思惑が入り混じりながら道中は淡々と進み、最初の折り返し地点だった一キロ半の目印に差し掛かった。

「では四宮君、先に行かせてもらうよ、勝つのは俺だ!」

 まずは五十束がスパートをかけた。一気に後続を引き離しにかかったと見え、歩幅が広くなり腕の振りも大きく力強さを増していく。

「すまないがこちらにも事情があるので負けられない、最後までくらいついて見せる」

 その五十束にぴったりとくっついて、同じ速度かそれ以上かと思うほどにピッチを上げていく直臣である。そのデットヒートは近年まれにみる好勝負だと沿道の住人達は満足げだ。

「おっと、ここで置いて行かれるわけにはいかないな、それじゃ姫、お先に。
 別に勝負じゃないから遠慮せずに行かせてもらうけど恨みっこなしだぜ?」

「ええ、あなたを恨んだりはしませんし、どうせなら応援していますよ。
 さてと、私はどうすればいいのかしら? まさかこんな結末になろうとはね」

「こら! ブツブツなにを言っているんだ、体調が悪いのに意地を張るな。
 誰にそそのかされたのか含めてちゃんと聞かせてもらうぞ?
 心配してくれた郡上には後でちゃんと礼を言っておくように」

 各自がスパートを掛けた最終チェックポイントには、五キロ地点で報告を受けた担当教師から連絡を受けた担任の松平が待ち構えていたのだ。これは全くの想定外であり、ほんの数十秒の足止めでも命取りになることは明白である。

『斬り捨てて前を追っても良かったのですけれどね。
 そうしてしまうとまともに走っては追いつきませんよね』

『左様でございますね、もちろん本気を出せば・・・・・・今からでも十分ですが……』

『せっかく楽しんでいる学園生活です、なんでも皆と同じ条件で取り組むべき。
 ここは諦めて松平さんの顔を立てるとしましょう』

 こうして八早月の持久走大会は終わりを告げた。この後の行先は当初想定していた表彰台ではなく生徒指導室であったことは言うまでもない。そこで松平の説教と共に、横田慎の勝利を聞いて喜ぶ八早月だった。
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