限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

337.三月十五日 午後 三者面談

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 ほんの数日前に連れてこられたこの小部屋に、こんな短期間で再びやってくることは全く考えていなかった。八早月は今そんなことを頭に浮かべつつ目の前の松平と進路相談担当教諭を眺めていた。

「いやいや、ですから笑い事では無くですね、私もあまり言いたくはありません。
 家庭それぞれの方針と言うものはあると考えておりますのでね。
 ですがやはり治すべきところはご家庭でご指導いただきたいのです」

「まあまあ、私が八早月ちゃんに指導ですか? うふふふ、どうでしょう。
 いつもは私が指導される立場なので無理かもしれませんねえ、困ったわあ。
 次の機会には房枝さんに来てもらいましょうか、八早月ちゃんはどうかしら?」

「私はどちらでも構いません、確かに私にも非はあったのでしょう。
 ですが自身により大きな負荷をかけ研鑽を積むのは当然のこと、それを……
 いえ、百歩譲ってあの場では仕方なかったと考えましょう。
 かと言ってその後呼びつけてこちらの考えも聞かず叱りつけるとは遺憾です」

「ま、まあ一理あるかもしれないがな…… だが勝手に距離を変えるなんてなあ。
 万一体調不良や事故に繋がっては責任が取れないんだ、そこは理解してくれ」

「ええもちろんわかっておりますとも。しかし私はあの程度の道のり平気です。
 それに町中になんの危険があると言うのでしょう。
 谷に落ちるわけでも熊に出くわすでもないのですよ?」

「それは極論だろう? 町中だって車が走っていたり何かにつまづくこともある。
 ちょっとお母さん、だからそう笑っていないでご指導をですね……」

「あらあら困ったわ、私も町中で八早月ちゃんに何かあるとは思えませんから。
 松平さんは心配性なのですね、それとも仕事熱心なのかしら、うふふ。
 良かったわねえ、八早月ちゃんのことを子供のように扱ってくれるなんてね。
 うふふ、こんなこと言ってもらえたのいったい何年ぶりかしら」

「確かにそうですね、最後に囲炉裏へ落ちたのが三歳前だったと思います。
 それより後だと―― スズメバチに追いかけられたのが四歳を過ぎていましたね。
 でもどちらも心配されたのではなく叱られたように記憶しております」

「そうだったかしら、うふふ、沢を流されたのはいくつの時だったかしら。
 あの時は傷だらけになったのを見てママ驚いちゃってとても心配したわよね?」

「ああ、あれは三歳より前のことですね。そうだわ、直臣が一緒でしたよね?。
 あの子に裸を見られたのはいつだったか思い出せなかったのですがこの時でした。
 直臣ったら臣人さんに叱られてびーびー泣いていたっけ、懐かしいわ」

 いつの間にか生徒指導室は母娘雑談の場となっており、松平に続いて進路相談の藤田も頭を抱えるしかなかった。手元の資料に記載されてはいるが、この母親、つまり手繰のことだが、本当に学園創設者の直系で現理事長の姪なのか疑いたくなった教諭たちである。

「ええと、話が脱線して一向に進みませんので本題の進路のことへ移りましょう。
 生活態度や言動に関しては必ず・・ご家庭で話し合って下さいね。
 それで進路なのですがそのまま高等部へ進むと言うことでよろしいのですよね?
 本人が希望するのであれば瑞間女子学園付属へ推薦することもできます。
 あの大学には十久野郡の研究をされている日部ひべ先生がいらっしゃいまして――」

「ああ日部先生は大学で教鞭をとっておられるのですね。
 しかし残念ながらまもなく引退されると伺いましたよ?
 その集大成としてかなり大がかりな研究をまとめ出版されるのだとか」

「ええっ!? そんな話まったく知らないがどこで聞いたんだ?
 先生の同期があの大学で研究員をやっているんだがなにも言って無かったぞ」

「先日お会いした際にご本人がおっしゃってました、間違いありません。
 久野町長と親しいとのことでお会いする機会に恵まれたのです。
 私もご協力出来てとても光栄でした、まさか松平さんもお知り合いとは世間は狭いですね」

「いやあ、僕の場合は一方的に知っていて尊敬している先生と言うだけで……
 そうか…… 櫛田は日部先生とお知り合いなのか、羨ましい……
 僕も出来れば古代史を学びたかったんだがなあ。
 家庭の事情で理系へ進んだんだ―― って先生のことはどうでもいいんだ!」

「そんなどうでもいいなどと投げやりな、まだお若いのですから大丈夫。
 教師との両立は大変でしょうが、日々研鑽を積み重ね学んで行けばよいのです。
 既に人に教える力を身に着けているのですから自分が学ぶなど容易いこと。
 後は努力を厭わない気概と余暇を投げ捨てる覚悟、そして体力があればよし」

「そうか、それも一理あるな。確かに並行しながらでも勉強はできる、うん。
 なんだかやる気が出て来てしまったぞ、櫛田はモチベータータイプの教師になれそうだ」

 結局脱線したまま話は進んでいくどころか、いつの間にか助言を受ける側に回っている松平である。ここまで来るともう進路相談担当教諭は全てを投げ捨てたかのように記録簿を閉じていた。

 だが八早月はそんなことに構う様子もなく平常運転である。どうあがいてもこの場はこの櫛田母娘に掌握されていると言えよう。

「餅屋ですか、確かにおいしいですから悪くない考えかもしれません。
 ですが私にはもう将来なすべきことが決まっているのでそれは変えられません。
 このような席を設けていただきながら失礼を申し上げることになり申し訳ありません」

「いや餅は関係ないが…… それでは家業を継ぐと言うことでいいんだな?
 正直言って今まで見てきた生徒の中では一番優秀で一番の問題児だよ。
 ちょっと、ですからお母さん、そうやってすぐに笑わないで下さい。
 今は真面目な話をしている最中ですよ? 親御さんからは何かないんですか?
 高校卒業後の進路について、大学で学ばせたいとか稼業以外の道を示すとか」

「あらあら困りましたねえ、そう言われても八早月ちゃんに決められる事で無し。
 もちろん私にもどうすることもできません。うふふ、そう、無理なんですよ?
 すべては千年以上前から決められているのですから」

「はあ、伝統と言うものは凡人にはなかなか理解しがたい部分がありますな。
 方針は理解しました、ですがいつでも進学相談には乗りますので遠慮せずどうぞ」

 ここが松平の優秀なところで、話がまとまっていなくともいつの間にか解決したように最後を締めることが上手なのだ。冗長になりがちな職員会議でも、最後は松平が発言して終わることが多い。今回も突然あっさりと意向を受け入れまとめてしまった。


 全校生徒で二百数十人と小規模な中等部では、全学年全クラスが同時に三者面談を行っている。面談は基本的に名簿順に進められていくが、自分の番が終わっても帰れるわけではなく自習しているだけなので、教室は緊張と弛緩しかんが混ざり合った異様な空間となっていた。

 そしていよいよ最終、や行である山本夢路の番となり、八早月と美晴に押し出されるように廊下へ出て母親と合流し生徒指導室へと向かった。夢路曰く自分の進路指導は荒れるだろうとのことだが、きっとそう思わせる何かが親子間で起きたのだろう。

 ちなみに本来であればあ行の板山美晴、か行の櫛田八早月の日程は昨日のはずだったが、美晴の母親が仕事で都合が悪く今日に変更していた。それを受けて手繰は適当な理由を捏造し日程を変更、帰りに皆でお茶をしようと言うことになっていた。

「夢はきっと進学したくないんだと思うんだよね、あ、もちろん大学の話。
 でもお母ちゃんは大学まで行かせたいらしいって前に行ってたんだぁ。
 だから荒れるなんて言い残してったんだと思うよ」

「なぜ夢路さんは大学へ行きたくないのかしら、あれほど優秀なのにね。
 特に学びたいことが無くても今は大学まで行く子が多いと聞くわ」

「推薦も可能って言われてあっさり断った八早月ちゃんがそれ言う?
 アタシからしたら二人とももったいないと思うけど八早月ちゃんは仕方ないか。
 でも夢はさ、特別何がやりたいとかまだ決まってないんだよ?
 だったら潰し・・が効くように大学まで行かせてもらえばいいのになあ」

「きっと彼女にもなにか考えがあるに違いないし賢い選択をするでしょう。
 以前に教師か専業主婦と言う二択を掲げていたけど、それも極端で面白いわ。
 本当は別に何かやりたいことでもあるのではないかしら」

 そんな風に他人のことを心配しながらも、暇つぶしのネタにしていた。と言ってもこれはさほど珍しくもない光景で、教室のあちらこちらで同じような会話がなされているのだ。

 つまり自習している生徒は一人もない、それがまだ一年生だからのんきなのか、それともエレベーター式の中学生だから余裕なのか、はたまた個々の性格によるものなのかはわからない。

 だが間違いなく言えるのは、ようやく解放される時が来たとクラス中に満ちていく安堵感を皆で共有したことだろう。そんな緩い空気の中、三者面談最終組で最後に戻ってきた夢路は頭から湯気を出していた。
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