344 / 376
第十二章 弥生(三月)
340.三月十七日 午前 妖なのかなんなのか
しおりを挟む
どうやらこの娘で間違いない。明らかに異様な力の持ち主であるが、不思議と八早月と綾乃に対し警戒する様子はない。発する力の種としては妖に近いが真宵たち呼士にも似通っている。
だが八早月はこの娘と一番近い波長の持ち主を他に知っていた。さらに言えばその力を思い出すと胸が締め付けられる気分にもなる。
「おはようございます、私は二年生の寒鳴綾乃、隣が一年生の櫛田八早月さん。
今日お二人を案内することになったのでよろしくお願いします。
ええっと、愛甲一二三さんと植田南さんですね、二人とも近所から?
私は久野町から来ていて、やよ―― 櫛田さんは八畑村からなの」
「寒鳴先輩、よろしくお願いします。でも私の名前は愛甲いつみですから。
読み辛い名前でゴメンナサイ、でもよく間違えられるんで気にしてません。
金井町にはついこの間やって来たばかりで、それまでは山の向こう側にいました」
「あ、ごめんなさい、名簿に振り仮名振って無くて……
山向こうって本久野? そんな都会から来たならビックリでしょうね」
「そうですね、本久野からだったら驚いたかもしれません。
でもいつみは越尾久郡からなのでもっと全然田舎ですよ。
郡内でも一番山に近い越奧村だし山と沢と山葵田しかないですから」
最初に名乗った愛甲一二三は、本当にまだ小学六年生なのかと思うくらいには物怖じしない性格らしく、雰囲気としては八早月に近いかもしれない。なんでもはっきりと物を言い、遠慮はしないけれど無礼ではないギリギリのラインである。
「えっとあたしは植田みなみ、です、出身は金北小、です……
よかったあ、担当が金井小の先輩だったらどうしようと思ってたんです」
「そう言えば昔から小学校同士が仲悪いなんて聞いたことがあったわね。
全ての人が仲良くできるわけではないのだから仕方のない話だわ。
それでも改善する気があるのか、取り組む気があるのかは重要でしょうね」
『ちょっと八早月ちゃん、新一年にそんなこと言ったら怖がっちゃうでしょ。
もっとリラックスできるよう優しく案内してあげようよ』
『ああそうだったわね、これが新入生の案内だと言うことを忘れていたわ。
でもいつの間にか眠気も覚めているし、これならもういつでも大丈夫よ?
いつでも本性を表しなさいと言ったところね』
今のところ本性はともかく、力を自認しているかさえも不明な状態だ。そのため藻孤も真宵たちも姿を見せることは出来ず、気配も姿も出さずに警戒を続けて待機している。
自己紹介も済んだところでいよいよ学校案内が始まった。八早月たちの班は一番にスタートするからなのか、三階にある音楽室が最初の案内施設である。そこから視聴覚室と進み二階、一階と下って行った。
予定通り順調に回って行き、各部室を終えたところで午前の予定は終わり、出発地点の昇降口へ戻ってきた。この班が最初に出発したはずなのに、先に戻ってきている班がいたのは不思議であるが、これは書道部の展示を長々見ていたせいかもしれない。
「展示されていた習字、すごく上手でしたね、
中学生ならまだあたしと変わらないと思ったのにビックリガッカリです。
でも書道部って部員二人しかいないなんて意外でした。
金北は書道盛んなんですよ? 中学上がったらみんな辞めちゃうのかなぁ」
「植田さんは書道部に入りたいの? きっと歓迎されるよ。
だって一人は三年の先輩だから来年から二年生一人なんだもん。
その部員は私のお友達でとっても優しい女の子だから居心地いいと思う」
「そうね、他人の恋愛に首を突っ込みたがるところがあるけど確かにいい子だわ。
それに金井小出身なのに同窓と仲が良くないのが、あなたにとっては好都合ではないかしら?」
「また八早月ちゃんたら脅かすようなことを―― えっ!?
夢ちゃんって同じ出身小の子たちと仲良くないの? 大丈夫なの?」
「私も詳しくはわからないのだけれど、金井小卒業生の委員長とは犬猿の仲ね。
事あるごとに言い争いをするくらいには折り合いが悪いわよ?」
「あの、あたしやめときます…… そういうの苦手なので……」
「ああ、ダイジョブダイジョブ、今のは八早月ちゃんの冗談だからね。
入学後に体験入部とかから始めればいいし今決めなくてもいいんだってば。
えっと、愛甲さんはなにか気になるとか気に入ったのとかあったかな?」
「そうですね、いつみは櫛田先輩が気になります、お二人仲良さそうですよね。
寒鳴先輩とは学年も違うし話し方は怖そうだけど嘘つけ無さそう。
いつみも嘘つけないし、愛想笑いとかも出来ないから学校で浮いてたんです」
『やはり妖ではないかしら、いくら山奥の村でも宙を飛ぶなんておかしいでしょう?』
『八早月ちゃん、自分が普段していることを思い浮かべてから言ってよね。
しかも今は空飛んでるって話じゃないから余計なこと言っちゃダメだよ?』
「それで愛甲さん、なんで八早月ちゃんのことが気になるの?
自分と同じで村出身だからとか?」
「いいえ、その名札に書いてある名前、八に早いに月ですよね。
これでなんでやよいって読むのかなあって気になっちゃったんです。
いつみは自分で変だと思ってるけど櫛田先輩はどうなんですか?
親に文句言ったりしたことありますか?」
「文句も何も、名に使われた漢字の読みに決まりはないでしょう?
大体、自分の名を読み書きできるころにはすでに違和感を持ってないもの。
漢字などと言う物は所詮人の決め事、神に捧げるための言葉こそが大切なのよ」
「は、はあ、神ですか? もしかしてヤバい宗教とかにハマってませんか?
いつみの家は大おばあちゃんがちょっと変わってて困ってるんですよ。
だって玄関先になめくじが這っていたら吉兆とか言うんだもんなあ」
「でもあなたもなめくじの生まれ変わりでしょう、お仲間を嫌ってはいけません。
それに小さき生き物を大切にするのは素晴らしきこと、お婆さまが正しいです。
万物生ける物すべては神により作られたのですからね。
すなわち本来はすべてが神の遣い、なのに人はいつしか信仰を棄ててしまった。
まったく嘆かわしいことです、あなたも先祖を敬い脈々と紡がれてきた道筋を把握し血筋に感謝すべきでしょう」
「なっ、なめくじ!? いつみがですか!?」
八早月の言い出したトンデモない台詞に、卒倒しそうになる綾乃だった。
だが八早月はこの娘と一番近い波長の持ち主を他に知っていた。さらに言えばその力を思い出すと胸が締め付けられる気分にもなる。
「おはようございます、私は二年生の寒鳴綾乃、隣が一年生の櫛田八早月さん。
今日お二人を案内することになったのでよろしくお願いします。
ええっと、愛甲一二三さんと植田南さんですね、二人とも近所から?
私は久野町から来ていて、やよ―― 櫛田さんは八畑村からなの」
「寒鳴先輩、よろしくお願いします。でも私の名前は愛甲いつみですから。
読み辛い名前でゴメンナサイ、でもよく間違えられるんで気にしてません。
金井町にはついこの間やって来たばかりで、それまでは山の向こう側にいました」
「あ、ごめんなさい、名簿に振り仮名振って無くて……
山向こうって本久野? そんな都会から来たならビックリでしょうね」
「そうですね、本久野からだったら驚いたかもしれません。
でもいつみは越尾久郡からなのでもっと全然田舎ですよ。
郡内でも一番山に近い越奧村だし山と沢と山葵田しかないですから」
最初に名乗った愛甲一二三は、本当にまだ小学六年生なのかと思うくらいには物怖じしない性格らしく、雰囲気としては八早月に近いかもしれない。なんでもはっきりと物を言い、遠慮はしないけれど無礼ではないギリギリのラインである。
「えっとあたしは植田みなみ、です、出身は金北小、です……
よかったあ、担当が金井小の先輩だったらどうしようと思ってたんです」
「そう言えば昔から小学校同士が仲悪いなんて聞いたことがあったわね。
全ての人が仲良くできるわけではないのだから仕方のない話だわ。
それでも改善する気があるのか、取り組む気があるのかは重要でしょうね」
『ちょっと八早月ちゃん、新一年にそんなこと言ったら怖がっちゃうでしょ。
もっとリラックスできるよう優しく案内してあげようよ』
『ああそうだったわね、これが新入生の案内だと言うことを忘れていたわ。
でもいつの間にか眠気も覚めているし、これならもういつでも大丈夫よ?
いつでも本性を表しなさいと言ったところね』
今のところ本性はともかく、力を自認しているかさえも不明な状態だ。そのため藻孤も真宵たちも姿を見せることは出来ず、気配も姿も出さずに警戒を続けて待機している。
自己紹介も済んだところでいよいよ学校案内が始まった。八早月たちの班は一番にスタートするからなのか、三階にある音楽室が最初の案内施設である。そこから視聴覚室と進み二階、一階と下って行った。
予定通り順調に回って行き、各部室を終えたところで午前の予定は終わり、出発地点の昇降口へ戻ってきた。この班が最初に出発したはずなのに、先に戻ってきている班がいたのは不思議であるが、これは書道部の展示を長々見ていたせいかもしれない。
「展示されていた習字、すごく上手でしたね、
中学生ならまだあたしと変わらないと思ったのにビックリガッカリです。
でも書道部って部員二人しかいないなんて意外でした。
金北は書道盛んなんですよ? 中学上がったらみんな辞めちゃうのかなぁ」
「植田さんは書道部に入りたいの? きっと歓迎されるよ。
だって一人は三年の先輩だから来年から二年生一人なんだもん。
その部員は私のお友達でとっても優しい女の子だから居心地いいと思う」
「そうね、他人の恋愛に首を突っ込みたがるところがあるけど確かにいい子だわ。
それに金井小出身なのに同窓と仲が良くないのが、あなたにとっては好都合ではないかしら?」
「また八早月ちゃんたら脅かすようなことを―― えっ!?
夢ちゃんって同じ出身小の子たちと仲良くないの? 大丈夫なの?」
「私も詳しくはわからないのだけれど、金井小卒業生の委員長とは犬猿の仲ね。
事あるごとに言い争いをするくらいには折り合いが悪いわよ?」
「あの、あたしやめときます…… そういうの苦手なので……」
「ああ、ダイジョブダイジョブ、今のは八早月ちゃんの冗談だからね。
入学後に体験入部とかから始めればいいし今決めなくてもいいんだってば。
えっと、愛甲さんはなにか気になるとか気に入ったのとかあったかな?」
「そうですね、いつみは櫛田先輩が気になります、お二人仲良さそうですよね。
寒鳴先輩とは学年も違うし話し方は怖そうだけど嘘つけ無さそう。
いつみも嘘つけないし、愛想笑いとかも出来ないから学校で浮いてたんです」
『やはり妖ではないかしら、いくら山奥の村でも宙を飛ぶなんておかしいでしょう?』
『八早月ちゃん、自分が普段していることを思い浮かべてから言ってよね。
しかも今は空飛んでるって話じゃないから余計なこと言っちゃダメだよ?』
「それで愛甲さん、なんで八早月ちゃんのことが気になるの?
自分と同じで村出身だからとか?」
「いいえ、その名札に書いてある名前、八に早いに月ですよね。
これでなんでやよいって読むのかなあって気になっちゃったんです。
いつみは自分で変だと思ってるけど櫛田先輩はどうなんですか?
親に文句言ったりしたことありますか?」
「文句も何も、名に使われた漢字の読みに決まりはないでしょう?
大体、自分の名を読み書きできるころにはすでに違和感を持ってないもの。
漢字などと言う物は所詮人の決め事、神に捧げるための言葉こそが大切なのよ」
「は、はあ、神ですか? もしかしてヤバい宗教とかにハマってませんか?
いつみの家は大おばあちゃんがちょっと変わってて困ってるんですよ。
だって玄関先になめくじが這っていたら吉兆とか言うんだもんなあ」
「でもあなたもなめくじの生まれ変わりでしょう、お仲間を嫌ってはいけません。
それに小さき生き物を大切にするのは素晴らしきこと、お婆さまが正しいです。
万物生ける物すべては神により作られたのですからね。
すなわち本来はすべてが神の遣い、なのに人はいつしか信仰を棄ててしまった。
まったく嘆かわしいことです、あなたも先祖を敬い脈々と紡がれてきた道筋を把握し血筋に感謝すべきでしょう」
「なっ、なめくじ!? いつみがですか!?」
八早月の言い出したトンデモない台詞に、卒倒しそうになる綾乃だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる