限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
346 / 376
第十二章 弥生(三月)

342.三月十七日 午後 なめくじ娘

しおりを挟む
「なーんだ、四宮先輩はもう売約済みなんですね、残念。
 まあ三つ上は好みじゃないからいいんですけど! 他にイイ男子いませんか?」

「植田さんって随分積極的なのね、私はそう言うの得意じゃないから圧倒されちゃうよ」

「なんでそんなウブな先輩に許嫁がいるのかって、学園七不思議の一つですか?
 そっか、ということは先輩たちは義理のいとこってことになるわけですね。
 だから仲がいい以上の関係に見えたのかもしれないなー」

 すでに午後の部が始まり、再び校舎内を回り始めているところだ。しかし南のおしゃべりは止まらない。綾乃にしてみれば、下手をすると夢路よりも厄介な存在になるのではないかと戦々恐々である。

 そしてこちらは八早月と一二三いつみの組み合わせ。どうにも会話が進まずポツリポツリと言葉を交わす程度である。大体が他人に深く興味を抱かない八早月である。いわゆる塩対応なのだが、それでも社交的な一二三はどうしても話しかけたくて仕方がないらしい。

「そうだ櫛田先輩、なんで八早月と書いてやよいと読むのか教えてくださいよ。
 このままじゃ気になって夜しか眠れないじゃないですか」

「そうね、夜に眠れるならそれに越したことはないわ、ああ、また眠気が……
 ごめんなさい、朝が早すぎたもので寝不足なの、それで名前の由来?
 人の名前を聞いたところで面白くも何の参考にもならないでしょう?」

「いいじゃないですか、こういうのもコミュニケーションですって。
 カワイイ後輩がもっと仲良くなりたいって言ってるんですから」

「聞いても面白くないのだけれど、後になって苦情は受け付けませんからね?
 私の家では代々子供に八の字を含めるの、それに生まれた時間が宵の口なの。
 だから八宵で決まるはずが、母が好きな月の文字を入れたいとなってね。
 結局当て字にすると言う折衷案となったわけなの、面白くないでしょう?」

「面白さよりも学があるって言うか、情緒? 侘び寂びかな?
 話し方もですけど由緒正しい家柄ってのが伝わってきますね、ステキです!」

「褒められるほどの話ではないと思うのだけれど、素直にお礼をしておくわ。
 では私も一つよろしいかしら? 同じく名前について伺ってもよろしくて?」

「それこそつまらないと思いますけど、ドンとこいです!
 いつみの家も本家はそれなりの旧家なんですけどね?
 親戚全て繋がりのある範囲で百二十三番目の子供にはひふみと付けるんです。
 でも決められてるのは書物に残された漢字のみで一二三じゃないですか。
 いつみの父さんはひねくれ者なんで何とか別の読み方にしたかったらしく……
 だからって『いち』『ツー』『み』はちょっとなあって今でも思ってるんですよ」

「なるほど、真ん中だけ英語のトゥーから取ったと言うわけね。
 随分ハイカラなお父上じゃないの、個性を与える工夫に親の愛を感じるわ。
 でもそもそもなぜ一族で百二十三にこだわっているのかと言うことが重要ね。
 きっと先ほどおっしゃっていたお婆さまのお話と関連があるのだわ」

「それって例のナメクジのことですよね? あれホントに驚いちゃった。
 だって本家の大婆おおばっぱ」に同じこと言われてるんだもん。
 お前はナメクジの生まれ変わり、とうとうこの時が来たのだってね。
 んでなんか本家に取り上げられそうになったからって引っ越してきたんです。
 旧家で地元の名士でも村を離れれば大しこと無いらしいからって」

 一二三は少しうつむきながら身の上を語りだした。この様子だと自分に特殊な力が宿っている事には、本当に気づいていないようである。綾乃とは違い生きていく上で支障をきたすような影響が出ていないのが救いだろう。

 本家とやらは地元の越奧えつおう村では権力のある家柄らしく、そこへ一二三を迎え入れる、つまり本家の養子にすることが一族の中で決まりかけていたと言う。だが小学校を卒業するこのタイミングで父親が一念発起し、本家へ反旗を翻したと言うわけだ。

「そのせいで仕事変えたり家も借家になったりしちゃったけどね。
 両親がいつみのこと大切にしてくれてるのがわかってうれしかったなあ」

「それであなた達の一族、愛甲家かしらね、なにか特別な儀式はしていないの?
 村のものだけでひっそり行うような祭りだとか使う言ったものよ?
 私の見立てではなめくじに関連する奇祭があるのではと睨んでいるわ。
 ああ、別に気にしなくてもいいのよ、うちの村だって似たようなものだから」

「う、うん…… あるにはあるんだけど口にも出したくない……
 察してもらえるかわかんないけど、すごく気持ち悪い儀式だとだけ……」

 さすがの八早月も想像しただけで身震いしてしまった。もともと蛇とナメクジは相性が悪いとされている。実際はそんなこともないのだが長年伝えられてきた民間伝承の力は相当で、現代においても『蛇』『蛙』『蛞蝓ナメクジ』の三すくみは誰でも知っているほど有名だ。

 ここで八早月はようやく気付いた。おそらくこの愛甲一二三にはなめくじが憑いているのだろう。もしかしたら本当に生まれ変わりの可能性もある。神道しんとうには輪廻転生りんねてんせいの概念は無いが、魂としての存在は真宵たちのようにいつでもすぐ近くにいるのだから、何かのはずみで現世うつしよへ産まれ出てしまってもおかしくは無い。

 百二十三と言う数字が何を意味しているのかは分からないが、猫が二千回生まれ変わると霊猫れいびょうになるように、百二十三年か百二十三代、もしくはその掛け合わせでなにかが起きると言う伝承であれば合点がいく。

 つまり一二三は蛞蝓が人の肉体を得た姿と言うのが八早月の推察である。もちろん雨の後その辺に出てくるナメクジではない。すでに天寿を全うし他界してから常世で長く暮らし神になった、もしくは神の予備軍となっている者たちのことだ。

 そう考えれば一二三から金鵄きんしと同じ気配を感じるのも不思議ではないのだが、これが八早月にとっては飛雄を思い浮かべてしまう要因になっていた。これは別に彼女が悪いわけでもなんでもない。

 ではなぜ八岐大蛇は八早月を遣わすほどに警戒したのだろうか。いや、別に警戒したわけではないかもしれない。どちらにせよ早々に知っておくべき存在だと考えたとみるべきか。八早月と一二三の邂逅かいこうが早いにこしたことはないと言うことだ。

 八早月がそんな深い考察を行っている間、当然黙っていることになる。それがどうも一二三が責任を感じることに繋がってしまったらしく、バツが悪そうに後ろをついていく。

 だがここで運よく助け舟が現れた。

「ほら二人ともぼーっとしてると行きすぎちゃうよ、ここで最後だからね。
 と言っても特に何することもないけど、頻繁に使うから忘れないように。
 自分の教室からここまで来て校庭や体育館へ移動するから時間かかるのよね」

 綾乃が愚痴っぽいことを言いながら女子更衣室のドアを開けると、そこには先客がいた。だがそれはどう見ても生徒にも教師にも見えない若い男性であり、次々にロッカーを開けている最中だった。

「うわー! 泥棒! 誰かー!」

 南が真っ先に叫んだため男は入口へ向かって走ってきた。そこにはもちろん綾乃がいて道を塞いでいるが躊躇う様子はない。このままでは綾乃に害が及んでしまうため、仕方ないなと八早月は取り押さえるつもりで前に出ようとした。

 しかしそれよりも早く一二三が飛び出していって不審者の足元をすくう。当然あっけなく転んだ男は開き直って一二三へと飛びかかる。

「コイツめ、邪魔するな!」

 そう叫んだ男が次の瞬間目にした光景は留置場の天井だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...