限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

343.三月十七日 午後 待遇の違い

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 この短期間に三度やってくるとは、普段は事細かに思考を巡らせる八早月であってもさすがに予想できなかったことだ。なんせせっかく賊を退治し捕らえたと言うのにまたもや叱られているのだから。

「松平さん? 今回の件で私が責められることなど一つもございませんよ?
 あのような輩どうなろうと構わないではありませんか」

「いや言い分はわからなくもないがな、あのような時には人を呼ばなければ。
 今日は職員室に教師が何名も詰めていたのだから叫ぶなり出来ただろう?
 運よくあの不審者が転んで気を失ってくれたから良かったがこれは大問題だ」

「大問題だと言うならば賊の侵入を許した学園の責が一番でしょう。
 あの時、今にも愛甲さんが襲われそうな状況で人を呼ぶことも不可能でしたし。
 緊迫した場面で、私が出来る最善手を尽くしたつもりなのです」

 松平にしてみれば怪我人でも出ようものなら引責辞任までありそうだと頭をよぎっているが、八早月にとっては赤子の手をひねる程度の相手である。今回も瞬時に顎をはたいて脳震盪を起こし意識を刈り取ったわけだ。

「それにしても私だけがこうして叱られるのはおかしいのではありませんか?
 別に他のものを叱って欲しいわけではありませんが、不公平とはらしくありませんね」

「あのな? 愛甲一二三さんと植田南さんはまだ本学園生ではないだろうに。
 それにしても本当なんだな? 最初に愛甲さんが手を出したと言うのは」

「失敬な、私は決して嘘など付きませんよ?
 あれはおそらく柔術でしょうね。地を滑り足を取るとはなかなか」

「感心している場合じゃない、どうやら来年もお騒がせ生徒が入ってくるのか。
 ―― なに不思議そうな顔をしているんだ? 本年度ならば櫛田のことだぞ?」

 八早月が心外だと抗議している頃、応接室では他の三名が校長である富山雷蔵の保護の元、やってきた警察に事情を聞かれていた。いわゆる事情聴取なのだが中学生と言うこともあって、今回・・は警察署へ行かずに済んだのだ。

 通報を受けて来てくれた警官の中には、前回綾乃が巻き込まれた近名井村での事件で調書をとった刑事がおり、またかという顔をされてしまった。別に好きで事件に巻き込まれているわけではないので自分ではどうすることもできない。

 そしてなぜ八早月が別室にいるのかと言うと、昨年末の迷子事件以来、ドロシーと共に役所へ繋ぎを付けてあるからだ。金井町警察ではなくもっと上の県警以上からお達しが出ており、身分照会をされた段階で特別扱いである。

 だがそれはあくまで警察を含めたお役所絡みに限る。つまり松平には何の影響も与えず叱られ放題であった。とは言えさすがにいつまでも叱るほどの事はしておらず、松平は純粋に心配してくれているだけなのだ。本当は必要ないとしても。

 なかなか連絡のつかなかった八早月と綾乃の母がようやく学園へやってきたのは夕方になってからだった。案の定、母友たちで集まっており、寄時よりときの奥方である九遠麗奈と共に九遠本家で優雅な昼食とティータイムを楽しんでいたところへ連絡が入ったのだ。


「あらあら八早月ちゃん、またこのお部屋に入れられてしまったのね。
 それで? 大丈夫だったのかしら? うふふ」

「お母さま? 今の大丈夫だったと言うのは不審人物に向けたものですよね?
 ええ、わかっております、私はなんともありませんからご心配なく。
 ですが叔父様へお伝えください、学園の防犯体制はどうなっているのかと。
 たかが入学説明会が行われている程度で人の出入りがザルになっては困ります」

「確かにそれは由々しき問題よねえ。寄時君にはちゃんと伝えておきましょ。
 それと沙織さんには綾乃さんを責めないようお願いしておきましたよ。
 でも今回は本当に完全な被害者だからさすがに平気だと思うわよ?」

「でも綾乃さんは私と違ってか弱いですからね。
 それに彼女のお母さまは心配性ですからきっと感情が溢れるのでしょう。
 どこかの親とは違って子供想いなのですよ、お分かりですか?」

「うふふ、そうよね、うちには童女わらわめはいないもの、心配知らずだわ。
 八早月ちゃんは毎日いいお友達に囲まれて幸せね、ママもご相伴しょうばんあずかれて嬉しいのよ?」

 今まで山奥で独り暇をつぶすことが多かった手繰には、親類以外で新たに出来たママ友との時間が新鮮らしく、それはもうひっきりなしに出かけていた。これにはパートをしている夢路の母を除いた三人が専業主婦で九遠麗奈も会社役員ではあるものの実務は広報の書類整理くらいと、そこそこ暇を持て余していることにも関係がある。

 今日も九遠本家でランチをしてその後のティータイムを楽しんでいたところ、学園と警察から連絡が有り、綾乃の母沙織と共に駆けつけたのだ。もちろんお茶会はお開きとなってしまったので、美晴と夢路の母もついでにやってきている。

 幸い少女たちには非が無いため叱られることは無かったが、親たちは心臓が止まる思いだったと言うのが当然でごく普通の反応のはず。やはり手繰や八早月が変わっているというのは明らかである。そして事情聴取は八早月の番となった。

「では櫛田さん、先ほどの出来事を思い出せる範囲で全てお話下さい。
 あやふやなところは正直に言ってもらえたらそれで構いません」

「どこまで細かく話せばいいのかはっきり示していただけますか?
 秒単位でよろしくて? もっと細かい方が良いとなるとさすがに難題だわ。
 最初に綾乃さんが扉を開けました、ええ、更衣室のドアは引き戸ですね。
 三分の二ほど開けて中に人がいることを確認したところまでで三秒ほど。
 そこから全員が反応に困って静止していた時間が約一秒ほどかしら。
 お恥ずかしい話だけれど、私は泥棒だと言うのはわからなかったのよね。
 掃除係かなにかでお仕事をされているのかと思ったの。
 でも植田南さんが泥棒だと叫んだのよ? うわー泥棒、だれかーとね。
 その段になって初めて、なるほど、これが泥棒と言うものかと認識したわけです。
 叫び声から一秒弱で不審者が綾乃さんへ、狙いは扉でしょうが向かってきました。
 ええ、当然私は迎え撃つつもりで前へ立ち塞がろうと動きましたけれどね。
 ほぼ同時に動いた愛甲一二三さんが賊へ滑り込んだのです、あれは柔術ですね。
 体勢を崩された男が立ち上がり愛甲さんへと向かいました。
 ですのでその半秒ほど後、愛甲さんへ到達する前に掌底を一撃、つい。
 この間約一秒と言ったところでしょうか、彼の意識は無事に飛んでいきましたとさ」

「な、なるほどこれは詳細に―― ちょっと確認しますから少しお待ちを。
 ―― おい、ちゃんと書きとめられたか? うむ、わかった――
 大丈夫のようです、細かくありがとうございました。
 他の生徒さんたちとの証言とも整合性が取れておりすし問題ありません。
 お母さまもご心配だったでしょうが、本日はこれでお帰り頂いて大丈夫です」

「あらあら、私は侵入者の方の具合が心配なくらいです。
 先日のあの方、赤毛ののっぽさんが目を覚ますまで何時間かかったかしら。
 八早月ちゃんはもう少し他人を労わる気持ちを持った方がいいわね、うふふ」

 最後は手繰にチクリと嫌味を言われてしまったが、ようやく解放されることにホッとしていた。なんと言っても綾乃たちを放り出したままなのだから心配に決まっている。


「あ、八早月ちゃん戻ってきた! えへへ、ケーキおいしかったね。
 あれって女性の刑事さんの差し入れだってね、八早月ちゃんはどれにしたの?」

「ケーキ? 松平さんの小言では無くて? 私は散々な目にあったわ。
 こういう時は褒められるのかと思っていたのだけれど、どうも違ったようね。
 ところであの二人は大丈夫かしら、入学前から酷い目にあうなんて不憫だわ」

「ケーキ食べてないんだ…… 八早月ちゃんも不憫だねえ。
 植田さんも愛甲さんもお母さんが迎えに来てもう帰っちゃったよ。
 入学式でまた会いたいって言ってたから懲りずに入学はするんじゃないかな」

「それならいいのだけれどね、学園の責任は相当重いわ、叔父様平気かしら。
 ねえお母さま、もう来ているのでしょう? 校長先生たちとお話ですか?」

「もちろんよ、私たちと一緒に来たんだもの、綾乃ちゃんは見たでしょ?
 あの生意気で気難しそうな優男が私の弟で八早月ちゃんの叔父の寄時君なの」

「えー、随分ひどい言い様ですけどスマートでカッコいい方じゃないですか。
 会社の偉い人って聞いてたけどビックリするくらい板倉さんと似てますよね」

「綾乃さんはいいところに気が付いたわね、実は寄時叔父様は似せているのよ。
 板倉さんとは昔からの知り合いでその生きざまに憧れてたんですって。
 なんでしょうね、男の友情とでも言えばいいのかしら」

 八早月が若かりし頃の叔父と板倉の関係性について暴露をしていると、先に帰っていたと聞いたばかりの一二三が戻ってきたようだ。

「ちょっと、その男の友情を育んだ経緯辺りから詳しく!」

「まったくもう、そう言うのに興味持ちすぎるのって下品だと思うよ?」

 綾乃が一二三に向かって振り向きざまに諭すと、そこには瞳を輝かせて今にも飛びかかって来そうな猛獣並みの殺気を漂わせた夢路が立っていた。
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