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第十二章 弥生(三月)
347.三月二十二日 丑三つ時 愚痴(閑話)
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彼岸が終わるまであと二日、どうやら今回も望んだ結果にはならなそうだと一人落ち込んでいた。そんなところへ追い打ちをかけるように勝ち誇る者もいる。
「ああ口惜しや、なぜこんなに想うておるのに気付かぬのだろうか。
大体あの娘は欲が無さすぎる、もっと力を欲していれば我を呼ぶやもしれぬ。
それなのに全く以って理解に苦しむわ、これも時代なのかのう」
「うむ、長い歴史の中、あの娘ほど立派な遣いはおらぬ稀有な存在よのう。
それと言うのも主の残してきた教え伝えが良かったのであろう」
「大蛇? それは嫌味でございましょう? 娘が我を呼ばぬのは己のせいだと。
まあ確かにそう言われてしまえば返す言の葉も無き自業自得。
だがそのおかげで今まで長きにわたり健やかに暮らしてこられたのだろうて」
そんな恨み節とも自画自賛とも判断つかない言葉を吐き捨てたのは、言わずと知れた初代のお櫛である。会話の相手はもちろん八岐大蛇、なのだが、最近は件の人形に乗り移り散歩に興じることが増えている。
「それにしても大蛇、二本の足で歩くことが随分楽しいようでございますね。
出来ればそこから僅かでいいので我にも自由をお貸し願えませぬかや?」
「何度言われてもそれは出来ぬ相談だ、常世の理に反しているのだと何度。
どこからか呼ばれでもしない限り肉体を持つことは出来ない、わかっておるだろう?」
「ですが呼ばれることの無いよう我をこの場に縛りつけているのはまさに大蛇。
我もたまには現世を自由に闊歩してみたいものでございます」
「主は人として尋常ではなく長く生きたであろうにまだ不足なのか?
お陰で人非ざる様が生き神として崇められたのだろうがな。
その分我にとってはうるさき隣人であることこの上なし。
だいたい特別も特別、目と耳だけはくれてやっているだろうに」
「だからこそ次に自ら動き近くへ参りたいのですよ。
ああ、これほど欲にまみれていると言うのに妖にもなれぬとは承服しがたし」
「まっこと物騒なことばかり言いおる。だからこそ手も足も与えられぬ。
つまり自ら首を絞めていると同じ、恐らくわかっていながら申しているのだろうがな」
口を開けば愚痴ばかり、欲求ばかりのお櫛だが、八岐大蛇とはかれこれ二千年ほどの付き合いであるだけに遠慮は無く絶妙な距離感を保っている。なにせお櫛が村から贄として差し出されてからの間柄なのだから当然だろう。
そのこと自体は八畑村の伝承として残されている古文書に載っているが、行動の記録のみで年月の記載は残されていない。そのためお櫛の活躍時期は不明と伝えられている。だが少なくとも現代の暦で二千年以上前であることは間違いなく、当時は穴を掘って藁を立て掛けた家に家族単位で住んでいた。
その家々がいくつか集まり集落となり、さらには生活を安定させようと集落を束ねた者たちが豪族である。お櫛はその豪族によって八岐大蛇へ贄に差し出されたわけなのだが、その行為は何の意味も持たなかったどころか、お櫛へ強大な力を持たせる切っ掛けとなってしまったのは言うまでもない。
八岐大蛇の力を得て村へと戻り、妖を討伐していったお櫛を人々が崇めないはずもなく、富を集め権力としていた豪族は信用を無くし求心力を失い、そして命までを失うこととなり一族全てが滅ぶ羽目となった。
期せずして豪族の役割を引き継ぐことになったお櫛の家だったが、集まってきた家々を助け施しはしても支配しようとは考えなかった。そのため治めた地域は八畑山とその周辺僅か、それが八畑村の前身である。
そんな村に住まう人々がすべて入れ替わり、お櫛の身内までもが寿命を迎えた後にお櫛もいよいよ寿命を迎えた。長々と生きながらえながら子、孫を見送ったお櫛の最後を看取ったのは彼女の玄孫世代であり既に孫もいたほどの年齢だった。
こうして生きたまま神とあがめられたお櫛は、今で言う相殿神として八岐大蛇と共に八岐神社へ祀られている。八畑山に残る古墳群はその時代のものとされているが、興味本位で訪れる学者を積極的に受け入れることが無かったため学術的な解明はなされていない。
その古墳に納められたお櫛は命が尽きて間もなく神としての目覚めを得た。生きながらにして神と崇められ続けていただけあって、長い年月を経て至る神格への道を一足飛びにしてしまったのだ。
しかしそのことが全てにおいて幸いしたとは言い難く、長い年月をかけて人々に尾ひれを付けられ伝承されゆく工程をも飛ばしたおかげで、姿に関する描写が完全に抜け落ちていた。そのため神格としてのお櫛は概念のみとなり、現在のように視覚と聴覚以外は何もない存在となってしまったのである。
自らの経験を鑑みると長生きはすればするだけいいと言うものではないと言うのがお櫛の持論である。そのため八早月には現世に早々見切りを付けこちら側にやってこいなどと暴論を言い放ってしまう。
八岐大蛇にしてみれば、こんなお櫛に言葉も自由に動ける肉体も与えられるはずがない。仕方なく今日もこうして現世を眺めながら、茶飲み友達のように八畑村の面々を見物するのだった。
「ああ口惜しや、なぜこんなに想うておるのに気付かぬのだろうか。
大体あの娘は欲が無さすぎる、もっと力を欲していれば我を呼ぶやもしれぬ。
それなのに全く以って理解に苦しむわ、これも時代なのかのう」
「うむ、長い歴史の中、あの娘ほど立派な遣いはおらぬ稀有な存在よのう。
それと言うのも主の残してきた教え伝えが良かったのであろう」
「大蛇? それは嫌味でございましょう? 娘が我を呼ばぬのは己のせいだと。
まあ確かにそう言われてしまえば返す言の葉も無き自業自得。
だがそのおかげで今まで長きにわたり健やかに暮らしてこられたのだろうて」
そんな恨み節とも自画自賛とも判断つかない言葉を吐き捨てたのは、言わずと知れた初代のお櫛である。会話の相手はもちろん八岐大蛇、なのだが、最近は件の人形に乗り移り散歩に興じることが増えている。
「それにしても大蛇、二本の足で歩くことが随分楽しいようでございますね。
出来ればそこから僅かでいいので我にも自由をお貸し願えませぬかや?」
「何度言われてもそれは出来ぬ相談だ、常世の理に反しているのだと何度。
どこからか呼ばれでもしない限り肉体を持つことは出来ない、わかっておるだろう?」
「ですが呼ばれることの無いよう我をこの場に縛りつけているのはまさに大蛇。
我もたまには現世を自由に闊歩してみたいものでございます」
「主は人として尋常ではなく長く生きたであろうにまだ不足なのか?
お陰で人非ざる様が生き神として崇められたのだろうがな。
その分我にとってはうるさき隣人であることこの上なし。
だいたい特別も特別、目と耳だけはくれてやっているだろうに」
「だからこそ次に自ら動き近くへ参りたいのですよ。
ああ、これほど欲にまみれていると言うのに妖にもなれぬとは承服しがたし」
「まっこと物騒なことばかり言いおる。だからこそ手も足も与えられぬ。
つまり自ら首を絞めていると同じ、恐らくわかっていながら申しているのだろうがな」
口を開けば愚痴ばかり、欲求ばかりのお櫛だが、八岐大蛇とはかれこれ二千年ほどの付き合いであるだけに遠慮は無く絶妙な距離感を保っている。なにせお櫛が村から贄として差し出されてからの間柄なのだから当然だろう。
そのこと自体は八畑村の伝承として残されている古文書に載っているが、行動の記録のみで年月の記載は残されていない。そのためお櫛の活躍時期は不明と伝えられている。だが少なくとも現代の暦で二千年以上前であることは間違いなく、当時は穴を掘って藁を立て掛けた家に家族単位で住んでいた。
その家々がいくつか集まり集落となり、さらには生活を安定させようと集落を束ねた者たちが豪族である。お櫛はその豪族によって八岐大蛇へ贄に差し出されたわけなのだが、その行為は何の意味も持たなかったどころか、お櫛へ強大な力を持たせる切っ掛けとなってしまったのは言うまでもない。
八岐大蛇の力を得て村へと戻り、妖を討伐していったお櫛を人々が崇めないはずもなく、富を集め権力としていた豪族は信用を無くし求心力を失い、そして命までを失うこととなり一族全てが滅ぶ羽目となった。
期せずして豪族の役割を引き継ぐことになったお櫛の家だったが、集まってきた家々を助け施しはしても支配しようとは考えなかった。そのため治めた地域は八畑山とその周辺僅か、それが八畑村の前身である。
そんな村に住まう人々がすべて入れ替わり、お櫛の身内までもが寿命を迎えた後にお櫛もいよいよ寿命を迎えた。長々と生きながらえながら子、孫を見送ったお櫛の最後を看取ったのは彼女の玄孫世代であり既に孫もいたほどの年齢だった。
こうして生きたまま神とあがめられたお櫛は、今で言う相殿神として八岐大蛇と共に八岐神社へ祀られている。八畑山に残る古墳群はその時代のものとされているが、興味本位で訪れる学者を積極的に受け入れることが無かったため学術的な解明はなされていない。
その古墳に納められたお櫛は命が尽きて間もなく神としての目覚めを得た。生きながらにして神と崇められ続けていただけあって、長い年月を経て至る神格への道を一足飛びにしてしまったのだ。
しかしそのことが全てにおいて幸いしたとは言い難く、長い年月をかけて人々に尾ひれを付けられ伝承されゆく工程をも飛ばしたおかげで、姿に関する描写が完全に抜け落ちていた。そのため神格としてのお櫛は概念のみとなり、現在のように視覚と聴覚以外は何もない存在となってしまったのである。
自らの経験を鑑みると長生きはすればするだけいいと言うものではないと言うのがお櫛の持論である。そのため八早月には現世に早々見切りを付けこちら側にやってこいなどと暴論を言い放ってしまう。
八岐大蛇にしてみれば、こんなお櫛に言葉も自由に動ける肉体も与えられるはずがない。仕方なく今日もこうして現世を眺めながら、茶飲み友達のように八畑村の面々を見物するのだった。
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