限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

356.三月二十六日 午前 終了式の後

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 こんなにご機嫌な八早月は珍し、くもないのだが、この程度で喜んでいて本当に中学二年生はすぐ目の前なのだろうかと友人たちはいらぬ心配をしていた。

「たまには松平さんも気の利いたことをして下さるのですね。
 考えてみれば至極当然のことですが、無駄を省くと言うものは実に気分が良い」

「八早月ちゃん大げさすぎだよ、そもそも荷物溜め過ぎなのが悪いんでしょ?
 なんでそんなにいつもロッカーや机の中がいっぱいなわけ?
 アタシでもそんなにアレコレ詰め込んでないよ?」

「当然、学校でしか使わないものはすべて置いてありますよ?
 辞書や道具箱、美術セットや教科書にノート、それに――」

「ちょっとまった! 今なんて言ったのよ、辞書までは百歩譲って構わない。
 スマホで調べられるからさ。でも教科書、それにノートまで置き去り!? アリエナイ!」

「いやだわ、毎日ではないのだからそんなに驚かないでもらいたいわね。
 夢路さんのノートをお借りして写す際には持って帰っているのだから。
 それより今言ったことをもう一度教えてちょうだい、すまほで辞書を調べると?」

「辞書を調べるんじゃなくてスマホで検索して辞書サイトで確認するの。
 他にも用例や例文も検索できるし、文章の添削も出来るんだよ?
 もちろん英語だってできるし翻訳も出来るんだから活かさないと損だよ」

「家に帰ってまで勉強することが時間の浪費では無くて?
 私はこう見えてもそこそこ忙しい身なのよ、勉強なんかに構っていられないわ」

 間違いなくこれは中学生の吐いた台詞だ。どう考えてもおかしいと綾乃は突っ込んでいるが、授業中を含め一日中面倒を見ている美晴は知らんぷり、もう悟りを開いたかのような夢路も相手にせずと言ったところである。

 だが面倒見の良い綾乃はどうしても改善させたくてたまらないらしく、またもや・・・・八早月の家まで行って環境を整えると息巻いた。それを聞いて黙っていられないのは美晴と夢路に共通すること、しかも綾乃は八早月の家から日曜に帰って来たばかり、これでは嫉妬されても仕方ない。

「みんな落ち着いて、私はいつ誰が何人来ようが困りはしないし歓迎するわよ?
 でも週末のことを忘れていないかしら? 今週はとても忙しいでしょう?」

「そっか、確かにそうだった。じゃあ明後日は―― もう夢ちゃんちだったね。
 でさ、結局土曜はどうするの? 夜帰ってくることになりそう?」

「今回は代わりを送りつ、コホン、手配するのが難しかったのよね。
 耕太郎さんの腰が思ったよりも良くないからドリーだけに押し付けられないわ。
 宿おじさまが面倒見てくれるとは言ってくれたけれど筆頭として恥ずかしい真似は出来ないしね」

「相変わらず真面目なのか無茶苦茶なのかわかんないねえ。
 じゃあ深夜に帰ってくるなら八早月ちゃんちに泊まって日曜帰るでも平気?」

「ええもちろん、私はハナからそのつもりだったわ。
 そうすれば日を跨ぐギリギリまで向こうにいられるものね」

 この三月末、なんとも多くのイベントが目白押しで、少女たちはアレコレと調整をするのに大忙しだった。

 まず最初に本日の修了式は無事に終了し、いつもなら最終日に大荷物を抱えて帰宅する八早月の不満が爆発するのが通例なのだが、今回は二年一組のロッカーへ移動させておいていいという達しが出た。

 これは今期に限って清掃業者が入らないからなのだが、理由はあまりいいことではない。先日の不審者侵入を受けて学園内をくまなく調査した結果、大きな問題は無いものの、死角となる場所が多く侵入が容易だとの判断に至ったのだ。

 そんなこともあり入学説明会以降は学園に業者の出入りが多く、おちおちロッカー前でたむろできない日々が続いた。業者による調査が一段落したのは昨日、つまり修了式の前日であるため、ほぼ全員が大量の荷物を置き去りにしていたのだ。

 よって特例として、持ち帰りではなく次の教室へ運ぶことが許された次第である。これは全クラス共通だったので、綾乃も例に漏れず三年一組の教室へと荷物を移動していた。

「それにしてもクラス替えがないって事前情報はなんだったのかしらね。
 確かに私たちは無かったようだけれど綾乃さんは一組へ移動したわけよね?
 クラスメートが変わってしまって心細いようなら三階まで遊びに行くわ」

「うん、ありがとう、でもクラス替えがないなんて言われてなかったけどね
 他の子の話だと大学進学希望者と外部高校進学組は一組なんだってさ。
 他は進路調査とか三者面談で決められたみたいよ?」

「おかしいわね、松平さんは成績でのクラス替えは廃止と言っていたのよ?
 もしかして今年と言うのは今年の入学者からということなのかしら。
 去年のことは何も知らないから判断しようもないわね」

「まあ多分そうなんじゃない? でも一組同士なら階段が近いからいいよね。
 休み時間は間の踊り場が集合場所ってのが好都合だと思わない?
 綾ちゃんもハルと八早月ちゃんがそっち行くより自分が降りてくる方が気楽でしょ?」

「なんか夢の言い方とげがあるなあ、ちょっと酷いんじゃない? ねっ八早月ちゃんもそう思うでしょ?」

「でも三年一組には勉強を頑張る生徒が集められているのでしょう?
 その空気にてられるくらいなら少々の棘くらい我慢できるわ」

 相変わらず意味が分からず他の三人はキョトンとしてから見合って笑い出した。もちろん八早月も一緒に笑っている。


 そんな綾乃の移動先である三年一組だが、これは言うまでも無くつい先日まで直臣が学んでいた教室だ。少々並びの崩れた机といすが、既に使用者が去っていったことを表しているようでもの悲しさを誘う。

 早速荷物をロッカーへ移動させ、何の気なしに机に座り真っ直ぐに整えてから席を立とうとした綾乃の眼にふと映るものがあった。それは机のへりに書かれた数々の落書きである。

 今まで使っていたのは、転入生だからか新たに運び入れたらしい綺麗な机といすである。さすがに他の生徒が使っていたものと比べると明らかに綺麗で、それこそ落書きなんてひとつもなかった。

 だが来年から綾乃のパートナーとなるこの机には、全員ではないにしろ今まで使ってきた生徒たちの思い出が込められているように感じる。もちろん備品に落書きなんて褒められたものではない。それでもなぜか温かみを感じたのも本音だ。

 それは一年間ありがとうと言うお礼の言葉だったり、もっと勉強しておけばよかったなんて言葉もあった。単に顔文字やイラストが描いてあったりもしてなんだか楽しくなってくる。

 その中に見つけた一文が綾乃の視線を捕らえて離さない。誰が書いたものか断定はできないものの、綾乃はきっとこの人物を知っていると直感した。控えめに小さな文字で書かれた筆ペンによる一文。

『この机を次に使う誰かへ
 きっとがんばれる
 僕もがんばれたから大丈夫
 誰かは見てくれているし認めてくれる
 だから大丈夫』

 そこに書いてある言葉を二度三度と頭の中で繰り返してから綾乃は呟いた。

『なんからしい・・・ですね、先輩』


「おーい綾ちゃーん! まだ終わんないのー!? 階段とこで待ってるからねー」

「はーい、今行くー!」

 生徒がまばらとなった校舎に女生徒たちの声が響いた。
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