限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

360.三月二十六日 午後 リベンジマッチ

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 確かにこれはいい勝負で見ごたえがある。観客は概ねそのような感想を持っていた。とにかく読み上げから取るまでが早すぎる。藤樹は身長百九十センチをわずかに超える高身長でリーチが相当に長いため速いだけでなく迫力がある。

 対する八早月は半分くらいの大きさに見えるほど小さく、リーチも極端に短いため普通なら自分の近くしか届かないはず。それなのに瞬時に遠くまで飛んで行く瞬発力と正確性はまるで格闘技を見ているようだ。

 だが競技かるたと遊戯かるたの経験差が出ているのか、情勢はやや藤樹優勢と言ったところである。だが八早月がいちいちかるたを吹っ飛ばして並びが変わってしまう事に関して言えば、普段きちんとルールに則った競技をしている藤樹には不利な面と言えるだろう。

 こうして行われたかるた勝負は同数で終わり、まさか一度で決まらずリマッチとなった。少々の休憩を取ることになり一旦友人たちの元へ戻る八早月、方や藤樹は一人で集中力を高めている様子だ。

「どっちもスゴイね…… 読み上げた瞬間にもう動いてるもんなあ。
 確かにお手付きは痛いけど取られれば一緒って感じなのかな」

「お坊ちゃまだからぬるま湯かと思ったけどかなりやるわね。
 私の好みじゃないけど高等部にいるうちに知りたかったなあ。
 きっとモテるでしょうから面白い展開があったに違いない、悔しいー」

「夢はもう黙ってた方がいいよ…… 呆れてものも言えないっての。
 でもなんか違和感があって気になるんだけど何だろ。
 取りに行くのは八早月ちゃんのが早いはずなんだけどなあ」

「それはあの長い手脚ではない? 少し乗り出すだけでどこにでも届くのよ?
 私は離れたかるたの文字がななめで見づらいくらいだから相当違うわね。
 もちろんあの長い手が動きも早いのだからやはり達人の域でしょう」

「いや、それはそうなんだけどさ、アタシにはわからない世界だしなあ。
 陸上に例えるとフライング的な雰囲気を感じるのよね、わかんないかー」

「ふらいんぐとは合図の前に飛び出す反則でしょう?
 かるたでは札に手を付けなければすぐ動くことも許されているわよ?
 結局わからなければとれないわけだし問題ないでしょうから」

「何か上手く表現できないけど、その辺りにコツがありそうでさあ。
 綾ちゃんわかんない? 夢には期待できないでしょ?」

 美晴に話を振られた綾乃は、何とか八早月の力になりたいとは考えている。だが正直言ってこの二人がかるたを取りに行く動き自体がまったく追えておらずアドバイスが欲しいくらいである。

 結局休憩時間は終わり勝負再開となった。去年も見た光景だと楽しく見ている者、始めてみる光景に驚きをみせる者、そして自分もやってみたくてうずうずする者など様々だが、今はこの二人の戦いを見守ろうと真剣なまなざしが盤上を囲んでいた。


 再開後もお互いゆずらず一進一退で進んでいく。馬力の八早月とリーチの藤樹といったところか。だが八早月がお手付きをしてしまったところから少しずつ差が開いてしまう。九遠家での家庭ローカルルールではお手付きの次は一回休み、つまりタダで一枚取られてしまうのだ。

 一度お手付きをするとしばらくは反応が鈍くなってしまう。続けてのお手付きを恐れるためである。しかし八早月は臆することなく手を緩めないのだが、これが裏目に出て連続お手付きをしてしまった。

 半分ほど取り終って差は六、七枚、これはかなり厳しい展開だ。一息入れて水分補給をする二人だが、藤樹の表情には余裕が浮かんでいた。決して勝ち誇り油断しているわけではないのだが、八早月の反応が一度目よりも明らかに鈍いことが原因だろう。その鈍さはもちろんお手付きに委縮してきている証拠だった。

 水を飲んで一旦頭を冷やした八早月の元に美晴が近寄りチョコレートをひとかけら渡して食べさせた。これで気分転換になればいいと考えたわけだが、その時に二言三言ささやいて去っていく。どうやら気になっていた何かに気が付いたらしく、それを聞いた八早月の口元に笑みが浮かんだ。どうやら冷静さを取り戻したのだろう。

『さて、美晴さんの助言に沿って試してみましょうか。
 うまくすればまだ逆転が可能だわ』

 緊迫するパーティー会場は異様な雰囲気に包まれている。どちらも負けず嫌いだし、方やノッポ、方やチビだと罵倒し合う仲なのだから白熱しないわけがない。親同士、つまり姉弟は微笑ましい子供らだとのんきに眺めているが、子供同士は真剣だしはっきり言って犬猿の仲である。

 そして八早月の狙ったチャンスは数枚後の読み上げで訪れた。かるたは読手によって読み上げられた上の句に対応する札を取ると言う単純な遊戯だが、先頭に同じ文字が来る句が一種類ではないのが、文字を覚えるための子供用かるたとの大きな違いだろう。

 そのため決め打ちしてしまうとお手付きをしてしまうのだが、最後まできっちり聞いていたら先にとられてしまうものだ。つまり確実に早く判別し場所を確認しつつ正確にはたくことが必要な複合的遊戯と言える。これを突き詰めてルール化したものが競技かるたなのだ。

 そして――

『あららむ~』『パーン!』

『ひとをし~』『パーン!』

『よのなか~』『パーン!』

 なんとここにきて藤樹が連続でお手付きをしてしまった。今まで一度もしていなかったのに、焦りでもあったのか油断なのか、はたまた――

 八早月はにやりと不敵な笑みを浮かべて美晴へと目配せした。どうやら読みは当たっていたようだと美晴は大声で叫びたいほどだ。そのまま勝負は続いたが、一度崩れた気持ちを立て直す手段を持たない藤樹にはもはや勝ち筋は無い。

 あの長い手が縮こまり思うようにかるたへ手が伸ばせなくなってしまったのだ。こうなると八早月の勢いは止まらず、あれだけあった枚数差はあっという縮まりそのまま逆転、最終的に大量リードで八早月が勝利を収めた。

 絶対的な自信を持っていた藤樹は今にも悔し涙を流しそうなくらいに体を震わせている。これが競技かるたならまったく勝負にならなかったのだろうが、所詮は家庭でワイワイと囲む遊戯かるたの延長、嘆くことは無いと言うのが本当のところではある。

 しかしそんな生ぬるいことは言えないのがこの勝負だった

「どうかしら、感じの良さだけに頼っているから私程度に負けるのだわ。
 大学でせいぜい揉まれて技術を磨くことね、この技無しノッポ!」

「くっ、ち、チクショウ、来年の正月に倒しに行く、絶対に倒す!
 約束だから負けはちゃんと認めるさ、オマエも少しは練習しておけよ。
 競技かるたなら絶対に負けないのに八早月・・・はズりいんだよ」

「ええ、楽しみに待っているわよ、デクノッポさん、うふふ、アハハハ」

 勝って恥を晒すと言うのはこう言うことなのかと誰にも思わせる八早月の小物感である。もちろんわざと大げさにやり合っているのだが、なにも無理やり罵倒し合わなくてもいいのにと事情を知る親たちは苦笑いをしていた。


 藤樹が初めて八畑村へ連れて行かれたのは八早月が四歳の正月だった。庭で木刀を振り鍛錬をする年下の従妹を見下すようにチャンバラ勝負を挑み、当然のように返り討ちにあっただけでなく、泣きながらおもらししてしまったのが発端である。

 それからというもの、毎年のようにやってきては泣かされ続け、力勝負は無理だとようやく悟ったのが中学に入ったころだ。そしてかるたを覚えたてだった八歳の八早月に向かって真剣勝負を挑み圧倒的に負かせてやったのだ。

 だが八早月は悔しがるだけで泣くことはなく、さらには暴れて殴られ藤樹は再び泣かされてしまった。それ以降は絶対に暴力は振るわないと約束させ再戦を受けることにしていた。

 かるた勝負をする前までは八早月がノッポだのおもらしだの泣き虫などと言って藤樹を馬鹿にしていたのだが、かるたで勝った藤樹はそれまでの罵倒をやめさせ、今度は自分がする番だと言ってチビだチビだと見下すような態度を取ってきた。

 それがまた逆転してしまったのだが、一番得意なかるたで負けたショックは相当のものである。敗因はわかっているのだが、自分の武器である感じのよさ、つまり耳で聞いてから札を取りに行く反応速度を利用されてしまったのだから対策は容易でない。

 美晴が気付いたフライングと言うのはそのことで、八早月のほうが早かったとしても、その初動を察知して先回りしてしまうほどの早さだった。そこで八早月はいわゆるフェイクを入れながら取るようにし、この作戦が見事に当たったと言うわけである。

 長々と続いたこの意地の張り合いは、また次回となってしばらく続くのかもしれない。何かと張りあう犬猿の仲ではあるが、こうして勝負を繰り返すくらい仲が良いとも言え、同族嫌悪なだけで実は気が合うのかもしれない。

 この勝負を見た保護者の中から、九遠学園にも『かるた部』を設立しようと言う機運が高まるのはもうしばらく後のことである。
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