限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

362.三月二十八日 深夜 タンデムで(閑話)

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 暦の上では春になっている三月だが、夜の海岸線はまだまだ冷える。借り物の革ジャンが無ければ凍えて震えていたことだろう。

「やはりまだ寒いですね、少々無謀だったのではないでしょうか。
 それに上着を借りてしまって…… 寒くないですか?」

 そんな風に相手を気遣ったつもりだったのだが、オートバイとは相当にうるさいものなので言葉は十数センチ前にいる運転手ライダーへすら届かない。

 結局それ以降は無言でしがみついている事しかできなかった。そのまま数キロ先に小さな灯台が見えてくる。ここが今晩の目的地、通称『絆の灯台』である。

「あそこに見える灯台、あれが目的地で――」

 と飛雄は叫んだのだが、どう見ても灯台の光とは思えないほどの明るさに驚いて言葉が続かない。今までこんなところは見たことないが一体何が起きているのだろうか。スルメイカ漁の季節ではないし、そもそも灯台の真下は波止場でもない。

 さすがに何かを言っているのかくらいはわかるものの、全く聞き取れないので一旦オートバイを止めて本当にこのまま進むのかを確認することにした。

「寒かったんで大分冷えたでしょう、ジャンバーを持ってきておいて正解です。
 それにしても随分と賑やかで、まるで祭りでもやっているようですね」

「いやいや、今までこんなところ見たことなくてオレも驚いてますよ。
 どうしましょうかね、人がいっぱいいるんじゃちょっと気まずいですから」

「まあでもせっかくここまで来ましたから様子がわかるところまで行きましょう。
 もし気まずさを感じる状況なら引き上げると言うことでどうですか?」

「オッケー、んじゃあ行ってみましょうか。
 どっち道あんまり騒がしかったら難しいと思いますけどね」

 再び二人でオートバイにまたがり絆の灯台へと向かう。するとどうやら予想していた気まずい・・・・状況のようである。しかも結構な人数がいるので下手をするとトラブルになりかねない。

 それでも何をしているのかが気になるもの、様子を伺おうとオートバイを止めて近づいて行った。するとなんのことは無い、中学生くらいの男女が七、八人集まってダンスやスケボーに興じているだけだった。さすがは春休みである。

 飛雄も似たような経験があるので咎めるつもりはなく、まして説教するつもりなどさらさらない。かと言ってこのまま放置できるわけもなかった。ここは防波堤よりは広くなっているが船着き場なのだ。つまりうっかりすると海に落ちてしまう。

「おーい、君ら白波中生か? こんなとこではしゃいでると危ねえがよ。
 この時期に夜の海へ落ちたら命ねえから向こうの公園でも行っとけ。
 別に通報とか学校へ連絡とかはしねえから安心しとけが」

「はあ? なんだお前は。高校生か? うるせえ構うんじゃねえが。
 ウチらがどこで何しよが関係ねえがよ、いい子ちゃんは帰って寝てろ!」

「オレは心配して言ってんだけどな。中学生ってのはなんでこう万能だと思いこんじゃうんだろうがねえ……」

 飛雄は自分の中学時代を振り返りながら苦笑いをした。だがやはり海に落ちられても困る。きっと見殺しになんて出来ないのだから飛び込む羽目になるだろう。もちろん誰一人落ちない確率の方が高いはずだが、もしもを考えられないくらいならお役目なんてやってられない。

「どれどれ、それでは大人・・が誠実に注意してみるとしましょう」

 そう言ってオートバイのそばで様子を見ていた板倉が前へと歩み出た。もちろん不審者と勘違いされないようヘルメットは脱いで置いてきている。

「君たち? ここは危ないから海から離れた広場で遊ぶことをお勧めしますよ。
 目の前で友達にもしものことでもあったら一生夢見が悪くなってしまいます。
 まだ若いから反発したくなるのはわかりますが五体満足あればこそですよ?」

「なんだよ今度はオッサンか? いちいちうるせえな、オレらは誰の指図も受け――」

 飛雄の時とは別の男子が意気がって板倉へ近づく。まるでいっぱしのチンピラのように、頭を大きく動かしながら視線を足元から顔までなぞる。きっと相手をビビらせてやる、などと考えているのだろう。

 さらにはその雄姿・・を後で見返すつもりなのだろうか、別の子がスマホを板倉へ向けている。その直後、撮影を始めたらしくライトでその顔が照らされた。

 急にライトで照らされた板倉は、思わず顔をしかめて片目を閉じるように眩しさを避ける。その仕草、表情を見た少年少女たちは思わずギョっとした表情を見せたじろいだ様子だ。そんな板倉を横目で見ていた飛雄までもがつい後ずさりしそうになった。

 いつもは帽子で隠しているので知っていてもあまり気にならない板倉の素顔。しかし今はオートバイに乗ってきてヘルメットを脱いだだけ、つまり素顔を遮るものはなにもない。

「う、うわああ、あああっ、や、やべえっ! 逃げろー!」

 蜘蛛の子を散らすと言うのはこう言うことを言うのかと、飛雄はおかしな感想を持ってしまったが、当初の目的は果たせたので一応は板倉に感謝し安堵していた。しかし叫びながら逃げられた板倉はさぞかしショックを受けているだろう。

「なんか地元のガキどもが失礼な態度取ってスイマセン……」

「いやいやこちらこそ悪いことを、うっかりと帽子を忘れてしまいましたから。
 しばしば脅かしてしまうことがあるんで普段は注意してるんですがねえ。
 慌てて走っていって事故にでもあわないことを祈っときやしょうか」

 全く気にした様子の無い板倉は、自分よりも相手の心配をする寛大さを見せていた。それを飛雄は大人だからなどと簡単に片づけず、人としての器がデカいと尊敬のまなざしで見つめる。

 八早月の周囲にいる男性陣は誰をとってもそれぞれ立派な男ばかりだ。今まではそのことをさすが八家の当主だなどと考えていた飛雄である。もちろんすでに引退した八早月の父であっても同じで素晴らしい人間だと尊敬の念を持っている。父娘の折り合いが悪い理由はまだ聞けていないがずっと気にしていた。

 そんなことよりこの板倉である。彼もまた八早月に近しい間柄、神職ではない運転手でさえこの風格、この人間性なのだ。まさに人格者だと言うにふさわしい。つまりは最低限、板倉くらいの男にならなければ、目の肥えた八早月に幻滅されてしまうと考えてしまうのも当然だろう。

 こうして勝手に考えすぎて勝手に決めつけ勝手にハードルを上げるのは、飛雄が常々やりがちなミスである。本来自分と誰かを比べてもプラスに働くことはあまりないのだから、比較するのではなく自身の研鑽だけを考えるのが吉である。

 ともあれ今はこのとっときの場所が開放されたのだから、お役目・・・を果たさなければならない。飛雄と板倉は気合を入れてお互いの健闘を祈り合った。


 そして翌朝――

◇◇◇

「それで? 板倉さんは飛雄さんの大切なえびを全部なくしてしまったと?
 きちんと弁償するのですよ? お代は私が払いますから心配せずにね」

「はあ、面目ありやせん、まったくもって上手くいかず……
 でも最後は大物を釣り上げたんですぜ?」

「それはなんですか? 地球よりも大きなものがあるとは思えませんけれどね。
 よろしいわかりました、それではオチを伺いましょう」

「へいっ、それはお嬢の大目玉ってやつでさぁ、っとお後がよろしいようで」

 どう考えても面白いところは何もないのだが、それでも八早月は満足したらしくケラケラと笑っている。飛雄はそれを見ながら言いかけた言葉を飲み込んだ。

『あれば海老じゃなくて餌木えぎなんだけど、まいっか』
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