限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十二章 弥生(三月)

367.三月三十日 午後 崖下での暴露会

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 突如視界から消え去った八早月を目撃してしまった高岳雄二郎と磯吉は、慌てふためきながら崖下を覗き込んだ。しかし想定された場所磯の上に八早月の姿はない。と言うことは海へ落ちて流されたのかと考えるのは自然だろう。

 美晴と綾乃は驚きすぎたのか抱き合ったまま声も出ない。夢路は腰を抜かしたのか後ろ向きにひっくり返っていた。だが零愛だけは冷静、と言うよりは呆れ顔でヤレヤレと肩をすくめた。

 その態度を見て綾乃は我に返りすぐに念話を送る。もちろん皆を驚かせたことを叱るためである。しかし相変わらず悪いと思っている様子は感じられない。やはりもっと一般常識を教え込まないといけない、などと保護者のような思考になりがちな綾乃である。

『ちょっと八早月ちゃん、いきなり飛び降りたらびっくりするじゃないの!
 それに飛雄君のお父さんたちみたいにな普通の人もいるのにまずいよ』

『あら、驚かせてしまったのかしら、それはごめんなさい。
 でも義父たちは普通の人ではないのだから自覚を持たないといけないわね。
 そんなことより潮風が心地よいから皆降りてきたらどうかしら?
 大丈夫、ちゃんと迎えに行くわよ。綾乃さんはモコに捉まるだけでいいわ』

 綾乃は嫌な予感もあったが心地よいとの落とし文句に負けて藻孤をしっかりと抱きしめた。するとほぼ一瞬で八早月のすぐそばまで移動したではないか。これも藻の力なのかと思うと余計に尊敬の念に堪えない思いが強くなる。

「じゃあ三人を迎えに行ってくるわね。あまり動くと危ないから大人しくね。
 そうそう、板倉さんがこのおかしな魚を釣り上げたのですって。
 はんぺんで魚が釣れるわけないと笑ってしまった私は謝らなくてはいけないわ。
 これなら十分汚名返上出来たと言ったところかしら」

「ええ、これも飛雄さんのお蔭ですな、でもまさかはんぺんで魚が釣れるとは。
 釣りと言うのは単純そうでなかなか奥深いものだと感じます」

 綾乃がクーラーボックスを覗き込むと、さんまよりも少し長い白い魚が何匹も入っていた。そのほかには手を出したら刺されそうに刺々トゲトゲしいゴロっとしたのもいる。これらをはんぺんで釣ったとは本当だろうかと疑いを持ちつつも感心していた。

 綾乃が匹数を数え終わる前に戻ってきた八早月は、両肩に巳女と同じ姿の美晴と夢路を乗せている。と言うことは本体は上に置き去りと言うことだ。続いて零愛が真宵に連れられ、ふわりと岩場の上へと降り立つ。ここまでは何の問題もない、ない?

 崖の上からは心配そうにのぞきこむ中年男性二人、そしてよくよく考えると板倉も一般人である。とは言ってももはや何かを気にするなどと言う感情を棄てている板倉にとって、人が空を飛ぶことなどよくある・・・・日常的な出来事、そう思わないと八早月の元では働けない。

 そんな板倉は釣りに夢中になっている。また先に釣り上げていたのと同じ白い魚を釣りあげると、得意げな顔で器用に針を外しクーラーボックスへと放り込む。だがここで余計なひと言を漏らし多方面へと混乱を招く原因を作ってしまった。

「おっと、またかかりましたよ、こんな簡単に釣れると名人気分になりますな。
 八畑山の沢へ連れて行かれた時は、釣りあげるどころか魚の姿を見ることさえ出来ませんでしたからねえ」

「あれも随分前の出来事だわ、房枝さんが無理やり引っ張っていったときよね。
 結局お魚は臣人さんに貰って帰ってきたと記憶しています」

「へい、左様です、あれ以来釣りはしていませんから数年ぶりでしょうか。
 それにしても良く覚えてらっしゃいましたねえ。
 私が婆に突然駆り出された理由も覚えてますかな?」

「なんだったかしら、房枝さんが食べたかったのか玉枝さんなのか。
 それともお母さまかしらねえ、どちらにしても素人に対し無茶な要求よ」

 ここで綾乃が大きな声で「あーっ!」と叫んでから答えを言いたそうに手を上げた。すると板倉がどうぞと言いながら笑顔を作る。

「きっと八早月ちゃんがどうしても食べたいってダダこねたんですよね?
 大体なんでも覚えてる事が多いのに知らんぷりしてるのが逆に怪しいもん」

「はい、ご名答! とは言ってもわがままではなかったんですがね。
 お嬢が前日に食べたいとおっしゃっていたのを婆が忘れてたってやつで。
 なんとか夕飯に間に合わせようと釣りに駆り出されたってことなんでさ」

「じゃあ八早月ちゃんのせいってわけでもなかったんだね、珍しい。
 八畑村のトラブルには八早月ちゃんの影が見え隠れするって思い込みなのかも」

「その思い込みをするに至った要因が私には気になりますけれどね?
 綾乃さんは意外に口が軽いと言うのか、滑らせやすいと言うのか。
 つまり臣人さんがそう言っていたのですよね? それとも直臣ですか?」

「えっ、あ、いや、ちがっ、そういうわけじゃ、ない、かなぁ…… えへ。
 でも小さい頃に車を崖下へ落としたって聞いたよ? しかも二回!」

「ええっ、車を崖下に落とすって大事じゃないか、それを二度もやってる!?
 そんなことありえるのか? いくら八早月でもそれはネタ話だろうよ」

 滅多なことでは動じないと自信のあった零愛だが、八早月と絡んでいると驚いてばかりだ。なんでこんなことになってしまうのか、どうにも自分のペースを保てないのが最近の悩みである。

「そりゃ運転して落としたわけじゃないらしいけどね、
 でもあの山道で目の前に子供が飛び出して来たら普通は焦って避けるってば。
 その先が崖だったとしても人を轢くよりはマシってなっちゃうんじゃない?」

「ああ…… そういうやつか、確かに飛び出すのはまずいな。
 下手したら自分がはねられて大怪我してたかもしれないんだぞ?」

 二人とももちろん八早月の心配をしてくれているのは間違いない。だが心のどこかでそんな必要ないだろうとも思っている。そして案の定、八早月からは予想通りに近い答えが返って来た。

「一度目は寄時叔父様がいらっしゃると言うから表へ迎えに出ていたのよ。
 それで車が走って来たから喜んで向かっていったと言うわけ。
 でも叔父様が逃げようとしたから追いかけたら落ちてしまったのよね。
 二度目は私が悪いわけではないのよ? でも警察まで来て大騒ぎだったわ」

「確かにあれは完全に先方さんが悪かったと思いますぜ?
 丁度今くらいの季節でぬかるんでましたね、三年前、いや四年前だったかな?
 興味本位で取材に来たテレビ局かなんかだったかと記憶してます」

「そうそう、うちではテレビが映らないから取材など受けないと言ったのにね。
 突然押しかけて生活風景を撮らせろだなんて言ってきたから断ったのよ?
 それなのに鍛造風景を撮りたいからやって見せろだなんて失礼してしまうわ。
 帰らないなら力ずくでも帰すと言って帰らせたら速度出し過ぎて滑落よ」

「えっ!? もしかして力ずくってテレビ局の人を斬ったのか? まさかな?」

「いくらなんでもそんなことはしませんよ? 零愛さんは私をなんだと……
 真宵さんに頼んで車の向きを変えただけだわ。帰り道に向かってくるっとね」

「それは驚いただろうね…… その光景が想像できちゃうよ。
 驚きついでに崖下へ落ちちゃったってことだろ? 悪くはない、のかねえ」

 すっかり八早月のやらかしで盛り上がってしまっていたが、ここまで下りてきた本筋を忘れてはいけない。と言っても覚えているのは夢路くらいのものだった。

「ねえねえ八早月ちゃん、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。
 例の話を聞きたいからって降りてきたんだよね?」

「例の? ああ、そうでしたね。さ、板倉さん、それだけ釣れば十分でしょう。
 飛雄さんもありがとうございました。上がって一休みいたしましょう」

 そう言いながらにやりと不敵に笑う八早月の視線は、しっかりと板倉を捉えていた。
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