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第7話:過去の影
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「――俺の、ものだという、印だ」
あの夜、耳元で囁かれた熱い告白が、ずっと私の胸の中で燻り続けていた。
あれ以来、アルディスは以前にも増して私の側にいるようになった。
けれど、その意味合いは明らかに変わっていた。
ただの監視や警護ではない。彼の視線には、確かな熱と、慈しむような光が宿っている。
私たちは、まだ言葉で関係を定めたわけではない。
それでも、心は確かに繋がり始めている。だからこそ、私は知らなければならなかった。
彼が一人で抱え込んでいる、暗い過去の全てを。
「第一王子暗殺事件」
書庫で調べただけでは、あまりに情報が少ない。
私は意を決して、城の古株である侍女長のもとを訪ねた。長年王家に仕えてきた彼女ならば、何か知っているかもしれない。
「……あの事件のことを、お知りになりたいのでございますか」
私の問いに、侍女長は僅かに顔を曇らせた。
「アルディス様にとっては、今も癒えぬ傷でございましょう。あの方ほど、忠義に厚く、優しいお方はおりません。
あの日、アルディス様は確かに殿下をお守りしていた。しかし、敵はあまりに狡猾でした」
侍女長の話によれば、事件が起きたのは王子の誕生を祝う夜会の帰り道。
完璧だったはずの警護ルートに、突如として強力な結界が張られ、王子とアルディス、そして数名の護衛だけが分断されてしまったという。
「敵は、王子の魔力特性を完璧に把握していました。王子が最も苦手とする、魔力を霧散させてしまう特殊な毒を使ったのです。
王子は力を封じられ、アルディス様は殿下を守りながら、たった一人で数十人の暗殺者と戦わねばなりませんでした」
その光景を想像し、息を呑む。どれほど過酷で、絶望的な戦いだっただろう。
「……アルディス様は、鬼神の如く戦い、敵のほとんどを斬り伏せました。
しかし、ほんの一瞬……彼が他の敵に気を取られた、その一瞬の隙を突かれ、殿下は……」
侍女長は、そこで言葉を詰まらせた。
「アルディス様は、腕の中で冷たくなっていく殿下を抱きしめたまま、夜明けまで動けなかったと聞いております。その身にびっしりと返り血を浴びて……。
以来、あの方はご自身を責め続けておられます。『あの時、自分がもっと強ければ』と」
侍女長の話を聞き終えた時、私の心は決まっていた。
これは、彼一人が背負うべき傷ではない。
彼の後悔も、痛みも、私が半分引き受ける。
そして、彼の過去を、私が未来で塗り替えてみせる。
その夜、私はアルディスの私室を訪れた。
扉を開けると、彼は窓辺に佇み、静かに夜空を見上げていた。
その背中が、ひどく寂しげに見える。
「アルディス」
私が呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。
「……聞いたわ。第一王子のこと」
私の言葉に、彼の肩が微かに強張る。
「……余計なことを」
「余計なことじゃない。あなたのことだから」
私は彼に歩み寄り、その胸にそっと顔を埋めた。
彼の身体が一瞬、硬直するのがわかる。
「あなたは悪くない。一人で、全部背負わないで」
「……」
「私じゃ、王子の代わりにはなれないかもしれない。でも、もう二度と、あなたの目の前で誰かを失わせたりしない。私が、あなたの隣で戦うから。あなたを、守るから」
私の震える声を聞きながら、アルディスは何も言わなかった。
ただ、躊躇いがちに伸ばされた彼の腕が、ゆっくりと私の背中に回り、壊れ物を抱きしめるように、強く、強く抱きしめ返してくれた。
それは、彼の魂が上げた、声なき悲鳴のように聞こえた。
この温もりを、私はもう決して離さない。そう、固く心に誓った。
あの夜、耳元で囁かれた熱い告白が、ずっと私の胸の中で燻り続けていた。
あれ以来、アルディスは以前にも増して私の側にいるようになった。
けれど、その意味合いは明らかに変わっていた。
ただの監視や警護ではない。彼の視線には、確かな熱と、慈しむような光が宿っている。
私たちは、まだ言葉で関係を定めたわけではない。
それでも、心は確かに繋がり始めている。だからこそ、私は知らなければならなかった。
彼が一人で抱え込んでいる、暗い過去の全てを。
「第一王子暗殺事件」
書庫で調べただけでは、あまりに情報が少ない。
私は意を決して、城の古株である侍女長のもとを訪ねた。長年王家に仕えてきた彼女ならば、何か知っているかもしれない。
「……あの事件のことを、お知りになりたいのでございますか」
私の問いに、侍女長は僅かに顔を曇らせた。
「アルディス様にとっては、今も癒えぬ傷でございましょう。あの方ほど、忠義に厚く、優しいお方はおりません。
あの日、アルディス様は確かに殿下をお守りしていた。しかし、敵はあまりに狡猾でした」
侍女長の話によれば、事件が起きたのは王子の誕生を祝う夜会の帰り道。
完璧だったはずの警護ルートに、突如として強力な結界が張られ、王子とアルディス、そして数名の護衛だけが分断されてしまったという。
「敵は、王子の魔力特性を完璧に把握していました。王子が最も苦手とする、魔力を霧散させてしまう特殊な毒を使ったのです。
王子は力を封じられ、アルディス様は殿下を守りながら、たった一人で数十人の暗殺者と戦わねばなりませんでした」
その光景を想像し、息を呑む。どれほど過酷で、絶望的な戦いだっただろう。
「……アルディス様は、鬼神の如く戦い、敵のほとんどを斬り伏せました。
しかし、ほんの一瞬……彼が他の敵に気を取られた、その一瞬の隙を突かれ、殿下は……」
侍女長は、そこで言葉を詰まらせた。
「アルディス様は、腕の中で冷たくなっていく殿下を抱きしめたまま、夜明けまで動けなかったと聞いております。その身にびっしりと返り血を浴びて……。
以来、あの方はご自身を責め続けておられます。『あの時、自分がもっと強ければ』と」
侍女長の話を聞き終えた時、私の心は決まっていた。
これは、彼一人が背負うべき傷ではない。
彼の後悔も、痛みも、私が半分引き受ける。
そして、彼の過去を、私が未来で塗り替えてみせる。
その夜、私はアルディスの私室を訪れた。
扉を開けると、彼は窓辺に佇み、静かに夜空を見上げていた。
その背中が、ひどく寂しげに見える。
「アルディス」
私が呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。
「……聞いたわ。第一王子のこと」
私の言葉に、彼の肩が微かに強張る。
「……余計なことを」
「余計なことじゃない。あなたのことだから」
私は彼に歩み寄り、その胸にそっと顔を埋めた。
彼の身体が一瞬、硬直するのがわかる。
「あなたは悪くない。一人で、全部背負わないで」
「……」
「私じゃ、王子の代わりにはなれないかもしれない。でも、もう二度と、あなたの目の前で誰かを失わせたりしない。私が、あなたの隣で戦うから。あなたを、守るから」
私の震える声を聞きながら、アルディスは何も言わなかった。
ただ、躊躇いがちに伸ばされた彼の腕が、ゆっくりと私の背中に回り、壊れ物を抱きしめるように、強く、強く抱きしめ返してくれた。
それは、彼の魂が上げた、声なき悲鳴のように聞こえた。
この温もりを、私はもう決して離さない。そう、固く心に誓った。
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