最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる

ホロロン

文字の大きさ
8 / 12

第8話:心の距離

しおりを挟む
あの日、アルディスの部屋で彼の過去の痛みに触れてから、私たちの間を流れる空気は甘く、そして密やかな熱を帯びるようになった。

言葉を交わさなくても、視線が合うだけで互いの想いが伝わる。
彼が淹れてくれる朝の紅茶。書庫で本を読む私の隣に、いつの間にか座っている彼。どちらからともなく、指先が偶然触れ合う。

そのたびに、心臓が甘く跳ねた。

「過保護な護衛」と「守られる魔導士」という関係はとうに崩れ去り、私たちはゆっくりと、しかし確実に、恋人未満のその先へと歩みを進めていた。

そんな変化が、最も顕著に表れたのは、隣国の王太子を歓迎するために開かれた夜会の席だった。

最強魔導士として正式に認められ始めた私は、もはや離宮に隠れているだけの存在ではない。  

国王陛下の隣に立つことを許され、多くの貴族たちからの注目を一身に浴びていた。 

「素晴らしい魔力をお持ちだと伺っております、魔導士殿」 

「この前の魔物討伐、見事なご活躍でしたな」

次々と挨拶に訪れる貴族たちに、私は愛想笑いを浮かべて応対する。
その間、アルディスは少し離れた壁際に立ち、氷のような無表情で私を見守っていた。

だが、その完璧な仮面の下で、彼の独占欲が静かに燃えているのを、私は肌で感じていた。

やがて、一人の若い騎士が私の前に進み出て、恭しく手を差し出した。

「もしよろしければ、一曲お相手いただけませんか」

金色の髪に、人の好さそうな笑顔。断る理由も見当たらず、私が「ええ、喜んで」と答えようとした、その時だった。

「失礼。彼女は少し疲れているようだ」

低い声と共に、差し出された騎士の手に、別の手が重なった。
アルディスの、長い指が美しい手だ。

彼は騎士の手を静かに、しかし有無を言わさぬ力で押し返すと、私の手首を掴んだ。 

「っ……アルディス!?」

「少し、風にあたろう」

彼はそれだけを言うと、周囲の戸惑う視線など気にも留めず、私を連れて人のいない月明かりのバルコニーへと向かった。

冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。

「……どうして、あんなことを」

私が文句を言うと、彼は掴んでいた私の手首を解放し、代わりに両腕で私をバルコニーの欄干へと追い詰めた。逃げ場はない。

「なぜ、あの男の誘いを受けたのですか」

彼の声は、嫉妬の色で硬く尖っていた。 

「ただの挨拶よ。あなただって、さっきから色々な令嬢に囲まれていたじゃない」

私が少し意地悪く言い返すと、彼の蒼い瞳が、危険な光を帯びて揺らめいた。

「俺が他の誰と話していようと、俺の目はあなたしか見ていない。……だが、あなたは違った」

「え……?」 

「あなたは、あの男を見て、笑っていた」  

次の瞬間、彼の顔が近づき、唇が激しく奪われた。

それは、額への祈りのようなキスでも、囁きのような告白でもない。嫉妬と独占欲に燃える、雄の牙のような、情熱的な口づけだった。

角度を変え、何度も貪るように求められる。
彼の舌が私の唇をこじ開け、侵入してくる。
思考が痺れ、息が苦しい。彼のものだと主張するように、私の全てを味わい尽くそうとする彼の欲に身体の芯が蕩けてしまいそうだった。

長い、長いキスの後、ようやく解放された私の唇は、彼の熱で腫れているかのようだった。

「……他の男に、あんな顔を見せるな」

荒い息の中、彼は私の耳元で唸るように囁く。 

「あなたのその笑顔も、戸惑う顔も、……涙も、声も。その全てが、俺だけのものだ」

そのあまりにまっすぐな独占欲に、恐怖ではなく、どうしようもないほどの愛しさが込み上げてくる。

私は震える腕を伸ばし、彼の首に回した。

「……あなたのものよ、アルディス」

見つめ返して、はっきりと告げる。

「最初から、ずっと。私はあなたのもの」

その言葉が、彼の最後の理性を焼き切ったのかもしれない。

彼は再び私を激しく求め、今度は私のドレスの肩紐に指をかけた。
ひやりとした夜気と共に、私の肩が露わになる。彼はそこに、まるで印を刻むかのように、熱い唇を押し当てた。

「あっ……!」

吸い付かれ、軽く歯を立てられ、甘い痛みが全身を駆け巡る。私の肌に、彼だけの証が、赤い花のように咲いた。

これ以上は、いけない。場所が場所だ。
けれど、心が、身体が、彼をもっと求めている。

「アルディス……」

私が彼の名を呼ぶと、彼ははっと我に返ったように動きを止め、乱れた私のドレスをそっと直してくれた。その指先には、まだ名残惜しそうな熱が宿っている。

「……戻りましょう。皆が、心配します」 

そう言って差し出された彼の手を、私は強く握り返した。  

もう、私たちの間に距離はない。

王城の喧騒の中へ戻った時、私たちを見る周囲の目が変わったことに気づいた。

嫉妬や牽制の視線は消え、代わりに畏敬と、諦めのような空気が漂っている。
言葉にしなくても、私たちの絆は、誰の目にも明らかだった。

私は、王国最強の騎士の隣で、誇らしげに微笑んだ。この人の隣こそが、私のいるべき場所なのだから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

処理中です...