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36話 偶然の遭遇
しおりを挟むソウタは、ライエルが小さな女の子から貰ったピンクの花を大切にしたいと思い、それを長期保管できる箱を探しにライエルと共に市場を歩いた。
ライエルがいい箱を見つけたが、その値段を見て少し躊躇した。
騎士の給料ではなかなか手が出しづらい、少し高価なものだ。
別の箱にしようと提案しようとしたその時、ソウタがサッと店主に声をかけた。
「これください!」
ソウタはあっという間に代金を支払い、箱を購入してしまった。
ライエルは、ソウタの行動に申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、ソウタ。箱の代金は必ず返す」
「そんなこと、いいって! これは君へのプレゼントだから。僕たち、友達だろ?」
ソウタは、にこやかにそう言って、ライエルの肩をポンと叩いた。
「……ああ」
ライエルは、ソウタの「友達」という言葉に、嬉しいような、しかし少し残念なような、複雑な気持ちになり、苦笑いをしながら礼を言った。
ソウタの純粋な優しさは温かく響く一方で、それ以上の関係を望む自身の気持ちとの間に、遠い境界線を引く言葉でもあったからだ。
箱をライエルに渡し、「またね!」とソウタは明るく別れを告げた。
「またね」というソウタの言葉に、ライエルは胸の奥で温かいものが広がるのを感じた。
毅然とした、しかしどこか晴れやかな顔で、ライエルは力強く答えた。
「ああ! またな、ソウタ」
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「ソウタ、奇遇だな」
ソウタが振り返ると、そこに立っていたのは、皇太子ルースだった。
ソウタは、驚いて目を丸くした。
「殿下! なんでここにいらっしゃるんですか!?」
ルースは、少し口ごもりながら、平静を装って答えた。
「少し息抜きも兼ねて、市民の様子を見に来たところだ。ちょうどソウタがいたとは、本当に奇遇だな」
ルースの背後に控えているレオ・ロウとユノ・セリウスは、心の中で深くため息をついた。
(嘘つけ!さっきまで必死でソウタ殿を探せと仰っていたくせに……!)
ユノ・セリウスは、ライエルがソウタから離れた瞬間にルースと鉢合わせになったことに、そっと胸を撫で下ろした。
もしライエルといるところを見られていたら、どんな事態になっていたか想像もつかない。
ソウタは、ルースの言葉を聞き、目を輝かせた。
(なんて市民思いの、いい皇太子なんだ!)
ソウタは、ルースの「息抜きを兼ねて市民の様子を見に来た」という言葉を真に受け、深く感銘を受けた。
「もしよろしければ、殿下、僕と一緒に街を回られませんか?」
ソウタは、市民の様子を視察する手伝いをしようと、純粋な好意から提案した。
先ほどまでソウタが騎士といたことに不機嫌だったルースは、その提案を聞いた途端、すぐにご機嫌になった。
(やはり……ソウタは、私のことが好きなのだな。だから、私と街を回ることを提案してくれたんだ……!)
ルースは、またもやソウタの行動を自分への好意と結びつけ、満面の笑みで快諾した。
「ああ、喜んで。ソウタ、案内を頼む」
こうして、皇太子と補佐官、そして二人の近衛兵の、楽しい市街地散策が始まった。
――
ソウタとルース、そして近衛兵のレオ・ロウとユノ・セリウスは、一緒に市街地を散策していた。
賑やかな人々の声や、活気ある店の呼び声が、街中に響いている。
ソウタは、歩きながら、ふと過去の記憶を辿っていた。
そういえば、ルースがまだ皇太子の記憶を失っていた頃、二人でテーマパークに行って遊んだことがあった。
(ジェットコースターに乗って気絶するルース……
お化け屋敷に入っても全く怖がらないルース……
観覧車に乗って、綺麗な景色を見て微笑むルース……)
ソウタの脳裏には、記憶を失う前のルースの様々な表情が蘇る。
あの頃は、もっと気兼ねなく、彼と接することができた。
歩きながらぼーっとしているソウタに、ルースが優しい声で問いかけた。
「ソウタ。どうした?」
皇太子になったルースの顔を見て、ソウタは、彼の瞳を見つめた。
平民だった頃は真っ黒だった瞳が、今はこの美しい赤色になっている。
その変化に、ソウタは少し寂しさを感じながら見つめた。
ソウタに切なげに見つめられて、ルースは胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
(ああ、ソウタはやはり、私を深く愛しているのだな……。その想いが、彼の瞳に映っている……)
ルースは、ソウタの視線を、自分への愛情の証だと解釈し、内心で喜びを噛み締めていた。
後ろに控えているレオ・ロウとユノ・セリウスは、そんな二人の様子を見て、小さな声でひそかに呟いた。
(俺たち、邪魔なんじゃないか……)
(早く帰りたいですね……)
二人の近衛兵は、皇太子の恋路に巻き込まれることに、少々うんざりしていた。
ソウタは、ぼんやりと過去の思い出に浸っていたが、ふと、甘く香ばしい匂いに気づいた。
その匂いは、焼き芋だ。以前、ルースとテーマパークで食べたことがあり、記憶を失っていた頃のルースの好物でもあった。
ソウタは、その匂いに誘われるように屋台に近づき、焼き芋を二つ買った。
そして、温かい焼き芋をルースに差し出した。
「殿下。これは、殿下が以前、好んで食べていたものです」
ルースは、自分が食べた記憶がない焼き芋に、少し困惑した表情を浮かべた。
しかし、ソウタが勧めるものならと、一口食べてみた。
「……!」
一口食べると、その甘さと温かさに、ルースの目が輝いた。
「これは……すごく美味しい!」
ルースは、予想外の美味しさに、純粋な喜びの表情を見せた。
ソウタは、そんなルースの顔を見て、ふっと微笑んだ。
(平民の頃の記憶がなくなっても、変わってないところがあるんだな……)
ソウタの優しい眼差しには、記憶を失ったルースの中に、あの頃の面影を見つけたことへの、温かい喜びが込められていた。
ソウタは、焼き芋を美味しそうに食べる皇太子ルースを眺めた後、ふとレオ・ロウとユノ・セリウスの分を買い忘れたことに気づいた。
「レオ兄さん、ユノさん! 二人の分も買ってくるよ!」
ソウタが屋台に戻ろうとすると、ユノ・セリウスがにこやかに手を振って断った。
「ソウタ様、ありがとうございます。ですが、私たちは勤務中ですので、申し訳ございませんが食べられません」
ユノ・セリウスはあくまで職務に忠実だったが、レオ・ロウの顔には、はっきりと「食べたい」という欲望が浮かんでいた。
皇太子ルースは、その様子を見逃さなかった。ソウタの前で、部下にも優しい自分をアピールする絶好の機会だ。
「レオ・ロウ、ユノ・セリウス。私からの命令だ。お前たちも食べなさい」
ルースは、いつもよりずっと優しい口調で言った。
その魂胆を見抜いたユノ・セリウスは、苦笑いを浮かべた。しかし、焼き芋を食べられることに純粋に喜んでいるレオ・ロウは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下!」
ソウタは、追加でオリオンの分の焼き芋も買い、みんなで楽しく食べながら皇宮へと帰路についた。
――
帝国皇宮、補佐官室。
ソウタが補佐官室に訪れると、オリオンが驚いた顔で出迎えた。
「ソウタ君、今日は休みだと言っていたのに、どうしたんだい?」
ソウタは、オリオンに焼き芋を差し出しながら、楽しそうに話した。
「それがさ、別件で市街地に行ったら、偶然にも皇太子殿下にお会いしたんだよ!」
ソウタの言葉に、オリオンはルースの行動力に唖然とした。やはり、皇太子はソウタのことが好きなのだと、改めて確信した。
ソウタは、そんなオリオンの心情には気づかず、感謝の言葉を続けた。
「それに、いつも時間のかかる仕事を代わりにやってくれてありがとう!」
オリオンは、ソウタから差し出された温かい焼き芋を受け取りながら、礼を言った。
「ソウタ君、ありがとう。でも、これは僕が当然するべきことだから。ソウタ君の役に立てて、嬉しいよ」
ソウタは、オリオンの言葉を聞いて、微笑んだ。
(今日も、いい日だったな)
ソウタの周りには、彼を慕い、支える人々がいた。そして、ソウタは彼らの好意を、純粋な友情として受け止め、今日もまた、穏やかな一日を過ごすのだった。
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