【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ

文字の大きさ
24 / 37

24話 好きになる?

しおりを挟む


 トオルとハリは、にぎやかな市場へと足を運んだ。通りには、新鮮な魚や色鮮やかな果物、珍しい香辛料を売る露店が所狭しと並び、市場全体が活気に満ちていた。

「……すごい! 全部食べられるものなの?」

「そうですよ」

 ハリは、その光景がよほど珍しいのか、辺りを見回してときどき透の服を掴んでは、目を輝かせて品物を指差した。その無邪気な横顔に、透も思わず笑みをこぼす。

 市場の通りは人で溢れ、肩がぶつかり合うほどだった。ふいに後ろから押され、ハリの細い体がよろめき、透の方へと倒れかかる。

「わっ……」

 透は反射的に腕を伸ばし、自分の方によろけたハリをそっと支えた。

「大丈夫ですか?」

「……うん」

 耳元で響く透の穏やかな声に、ハリの胸がどくんと跳ねた。ほんの一瞬の出来事だったが、その温もりと安心感に、彼の心は幸福で満たされていく。頬が赤くなるのを感じながら、ハリはそっと透を見つめた。

 その時、隣を通りかかった男たちの会話が、ハリの耳に飛び込んできた。

「最近魚が獲れねえのは、きっと人魚のせいだ」

「そうそう。あいつらは海の魔物だ! 醜い姿で、人間を海に引きずり込んで食らうって話だぞ」

 近くの魚売りが、人魚の悪口を言い、周りの者たちも面白半分に同調する声を上げた。それを聞いて、透の心は冷たくなった。目を逸らして隣に立つハリに視線を向ける。

「ハリくん……?」

「……っ」

 ハリの様子は、先ほどまでとは一変していた。彼の顔は血の気を失い、青ざめている。透の服を掴む指先が震えていた。

「……行きましょう。ここは居心地が悪いです」

 その言葉に、ハリは驚いたように透を見た。金色の瞳は、悲しみに満ちて揺れている。透は、そっと彼の手を引いて歩き出した。

 人混みを抜け、海辺へとたどり着くと、朝日でキラキラと光る波が、二人を迎えるように寄せては返していた。透はハリと一緒に、静かに砂浜を歩いた。

 ハリの顔はずっと青ざめたままだったが、海の近くに来ると、彼の頬に少しずつ血の気が戻ってきた。透は、気遣うように優しい声で彼に話しかけた。

「ハリくん、気分は良くなりましたか?」

 ハリは俯き、透に向かって震える声で尋ねた。

「……透も、人魚が醜い化け物だと思う……?」
 
 透は即座に首を横に振った。そして優しい声で答える。

「まさか。人魚はとても美しくて、優しい存在です」

 ハリは信じられないといったように目を見開いた。彼の金色の瞳は、透の言葉で少しだけ柔らかくなる。ハリは、小さな声で期待を込めて再び聞いた。

「ほ、本当に……?」

 透は、ハリの不安を拭い去るように、心からの微笑みを浮かべた。元の世界で遊んでいたゲームの中で、人魚が美しかったことを覚えている。

 だから今、目の前のハリを見つめる瞳には一片の迷いもない。真っ直ぐな眼差しで、透はその想いを言葉に乗せた。

「はい。僕はそう思います」

 透の言葉に、ハリの胸は急に高鳴り始めた。透の優しい声、真っ直ぐな眼差しが、本当に心地よかった。自然と頬が赤くなり、金色の瞳が潤んでいく。

「ありがとう……透」

 ハリは目を伏せ、透にそっと近づき、恥ずかしそうに呟く。彼の瞳には、朝日の光と、そして透への恋心が映し出されていた。

「……もし、人魚に会ったら、透は好きになる?」

 どう答えたらいいか透が考えていると、少し離れたところから、グレイドの呼ぶ声が聞こえた。その声は、いつもの冷静さを失い、どこか切迫しているように聞こえた。

「……グレイドさんが呼んでるので、行ってきます」

 透はグレイドのもとへと歩き出した。ハリは、伸ばしかけた手をそっと引っ込め、離れていく透をただ見つめることしかできなかった。

 ハリは、グレイドと一緒にいる透の表情が、自分といる時よりも幸せそうなことに気づき、胸がズキズキと痛んだ。

「……透」

 そして、その痛みに耐えきれず、ハリの目から一粒の涙がゆっくりと流れた。それは頬を伝い、足元の白い砂浜に、金色の真珠となって落ちた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

猫になった俺、王子様の飼い猫になる

あまみ
BL
 車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?  猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。  転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?   *性描写は※ついています。 *いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。 これからも応援していただけると幸いです。 11/6完結しました。

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!

カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。 魔法と剣、そして魔物がいる世界で 年の差12歳の政略結婚?! ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。 冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。 人形のような美少女?になったオレの物語。 オレは何のために生まれたのだろうか? もう一人のとある人物は……。 2022年3月9日の夕方、本編完結 番外編追加完結。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...