【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ

文字の大きさ
32 / 37

32話 氷漬けになる前に

しおりを挟む
 
 アデルの魔法によって家の前に転移されると、トオルは肩から力が抜けるように安堵の息をついた。胸の奥でまだ熱を持つ羞恥心に顔を覆い、深く呼吸を整えてから、扉を開けて家の中へと入った。

 落ち着きを取り戻すために湯を浴び、火照った頬を冷ます。清潔な服に着替えると、ようやく心が静まっていくのを感じた。

「……早く、エリクサーを作らないと」

 透は、テーブルの上に袋の中身を広げた。赤く艶めく神秘の葉。ハリからもらった金色に輝く人魚の涙。そして、消えない炎を宿した幻獣の宝珠。

 三つが揃った瞬間、テーブルの周囲には、それだけで神聖な空気が薄く漂い始めた。透は手を清め、繊細な作業に取り掛かる。

 まず、神秘の葉を両手で小さくちぎった。かすかな甘い香りが立ちのぼる。力を込め、丁寧にすり鉢ですりつぶすと、紅色の汁がじわりとにじみ出た。それを慎重に、小さなガラスの小瓶へと流し込む。

「次は……人魚の涙」

 小さな金色の真珠を手に乗せると、やわらかな光がほのかに揺らめいた。透は火を灯し、銀のスプーンの上に乗せる。

 熱が加わるにつれて、真珠はゆっくりと溶けていき、淡い金色の雫へと変わった。それを一滴もこぼさないよう、透は息を止めて瓶に注ぎ入れる。

 (もう少しだ……)

 最後に残ったのは、幻獣の宝珠。透は、ほのかに温かい丸い石を両手に包み込み、目を閉じた。魔力はないけれど、グレイドへの強い気持ちを込めた。

「……どうか、力を貸してください」

 すると宝珠がかすかに震えた。透の体温と願いに反応するように、宝珠から柔らかな白い光が溶け出し、瓶の中に静かに落ちた。その瞬間、淡い光が部屋中を満たした。

 瓶の中では、三つの素材が互いを求め合うようにひとつに溶け合い、赤と金と白が混ざり合ったような、言葉にできないほど美しい光の粒が舞っていた。光はやがて静まり、半透明な液体の中に星屑のようなきらめきだけが残った。

「完成した……!」

 透は震える手でその小瓶を掴み、宝物のように両手に包み込んだ。

「これで、グレイドさんを解毒できる……」

 小瓶を見つめたまま、透はしばらく動けずにいた。この薬を渡すことは、彼と繋がる唯一の理由を手放すことを意味するかもしれない。

(恥ずかしくて逃げてしまったけど、会えなくなるのは嫌だ……)

 湧き上がる寂しさを抑えきれず、透は支度を整えて家を出た。夜の山は息を潜め、木々の間を抜ける冷たい風の音が聞こえる。遠くには王国の灯りが、ちらちらと瞬いていた。

「もう遅いし、グレイドさん、眠っているかな……」

 透はため息をつきながら、近くの岩に座ってぼんやりと月を見上げる。すると茂みの向こうから小さな物音がした。視線を向けると、見覚えのある姿が見えた。

「アデルさん……?」

 呼びかけると、アデルは振り返った。まるで夜の散歩でも楽しんでいるかのように軽やかに近づいてくる。

「透くん! また会ったね」

 その手には、かつてグレイドを噛んだ赤い斑点を持つ白い毒蛇が、おとなしく収まっていた。透は思わず一歩後ずさる。

「そ、その蛇……!」

「うん、やっと捕まえたんだ」

 軽い調子で言いながら、アデルは蛇を頑丈そうなカゴの中へ戻した。透は安堵しながら、彼に深くお礼を言った。

「さっきは、家に送ってくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。夜道は危険なのに、これからどこかに行くの?」

 その問いかけに、透は手の中の小瓶をそっと見つめた。意を決したように口を開く。

「グレイドさんに、薬を渡そうと思って……」

 そこまで言って、透は再び目を伏せた。何か迷っているような様子を見て、アデルは柔らかく笑った。

「グレイド先輩のところに行くなら、送ってあげる」

「でも、今から行ったら、迷惑じゃないですか?」

 透は、グレイドの毒を早く完治させたかった。けれど、こんな夜更けに訪ねるのは迷惑だと思うと足がすくむ。アデルは彼に優しく言った。

「透くんが来たら、先輩は喜ぶと思うよ」

 そんなはずはないと、透は小さく首を振る。アデルはその反応を見て、口元にわずかな弧を描くと、ふと意味ありげに続けた。

「透くん、なんで君の家の周りに、モンスターが出ないのか知ってる?」

「え……?」

 突然の問いに透は首を傾げる。言われてみれば、ここに住んで一年、この周辺で魔物の姿を一度も見たことがなかった。アデルは透に微笑みながら告げる。

「この辺りだけ、グレイド先輩の魔力で覆われてるんだよ。まるで、君を守るみたいにね」

「……!」

 透は驚きに目を見開いた。自分の知らないところで、グレイドがそんなことをしてくれていたなんて。透は思わず胸の前で小瓶を強く握りしめた。

 アデルは笑顔で手を振った。その表情には、友人をからかうような悪戯心が見てとれる。

「だから、早く行った方がいいよ。騎士団寮が氷漬けになる前に」

「え、氷漬け……?」

 戸惑う透の目の前で、アデルが指を軽く鳴らした。パチンと響いた音の瞬間、透の体は淡い光に包まれる。

「……!?」

 透が目を開けると、そこはすでに騎士団寮の正面だった。夜風が頬を撫で、白い雪が舞い落ちる。石造りの建物は薄く雪をまとい、月光を反射して静かな輝きを放っていた。

(この薬を渡したら、告白できるかな……でも、フラれるかもしれない)

 伝えたい言葉が喉まで込み上げても、声にならない。グレイドが優しくしてくれるのは、きっと同情や親切心からだろう。もし毒の影響がなければ、ただの薬師である自分なんて、彼の目に映ることもなかったはずだ。

(……やっぱり、今は、言えない)

 透は俯いたまま、小瓶をしっかり掴んで、静かに一歩を踏み出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

猫になった俺、王子様の飼い猫になる

あまみ
BL
 車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?  猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。  転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?   *性描写は※ついています。 *いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。 これからも応援していただけると幸いです。 11/6完結しました。

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!

カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。 魔法と剣、そして魔物がいる世界で 年の差12歳の政略結婚?! ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。 冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。 人形のような美少女?になったオレの物語。 オレは何のために生まれたのだろうか? もう一人のとある人物は……。 2022年3月9日の夕方、本編完結 番外編追加完結。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...