魔法務省の過労令嬢と残業嫌いな冷徹監査官の契約からはじまる溺愛改革

YY

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第二部:反逆の狼煙

第27話 嵐の夜の悪夢

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その夜、世界は嵐に飲み込まれていた。雨が窓板を叩いては跳ね返り、空が白く裂けるたびに冷たいオゾンの匂いが室内に入ってくる。稲光のあと、胸を揺らす雷鳴が遅れて届いた。
私は、幼い頃から雷が苦手だった。ベッドの中で毛布を頭まで引き上げ、小さな子供のように体を丸めて、ただ嵐が過ぎ去るのを待っていた。

ピカッと稲妻が窓を撫でた後、遅れて腹に響く雷鳴が続く。
その隙間に、隣室から頼りない呻きが漏れた。
風の音かと思った。けれど、雷鳴が遠ざかった後の静寂の中に、それは確かに、人の苦しげな声となって再び聞こえた。

見てはいけない。彼の完璧な仮面の下にあるものを、私が暴いてはいけない。でも、あの声を、聞かなかったことにはできない。
私は毛布を剥ぎ取り、音を立てぬように足を進める。心配が、罪悪感と恐怖を上回っていた。扉の下のわずかな隙間から覗き込むと、枕元のランプが頼りなく揺れ、カイン様は額に汗を光らせてシーツをぎゅっと握りしめていた。目は閉じられているのに、唇は震え、夢の中で見えない何かを焦って拾おうとしているようだった。そう、以前執務室で見た、針の止まった懐中時計を。そして、彼の唇から、私の知らない、女性の名前が苦しげな息と共に零れた。
「……エレナ……」

「……間に合わない……、あの人を、あの子を……!」

彼の顔には、普段の冷静な彼からは想像もできないほどの、苦悶と絶望の色が浮かんでいた。
額の汗がランプの光を跳ね返し、指先はシーツをぎゅっと握りしめるたびに微かに震えた。氷の仮面の下で、彼も傷つく人間なのだと、初めて突きつけられた。
あまりにも無防備で、あまりにも苦しんでいるその姿に、私の胸は締め付けられるように痛んだ。

私は静かに部屋に入り、ベッドのそばに膝をついた。彼をこの悪夢から引き上げてあげたい。その一心で、震える彼の手をそっと握る。
「カイン様……?」
呼びかけても、彼の意識は深い悪夢の底に沈んだままだ。

「なぜ、私だけが……」

絞り出すような、悲痛な声。
それは、誰かを見捨ててしまった者の、決して癒えることのない後悔の響きを帯びていた。
私は、どうすればいいのか分からなかった。ただ、私の掌から、ほんのりと温かい何かが、光のような何かが、彼に伝わっていくような気がした。彼の凍てついた心に、届けと祈りながら。

自分の掌で彼の手を包み込むと、硬かった指先が少しゆるみ、荒かった呼吸がひと息で落ち着くのを感じた。私の祈りが、届いたのだろうか。

(……良かった)

安堵した、その瞬間。
彼は眠ったまま、その震える手で私の手をぎゅっと握り返し、か細い声で言った。

「離れないでくれ」

いつも私を管理し、導き、時には支配してきた、あの絶対的な声が。今は、助けを求める迷子の子供のように、か細く震えていた。
その懇願するような呟きに、私は身動きできなくなった。窓の外の雨音だけが、部屋を支配している。
この手を振り払って、彼を再び悪夢の底に一人で置き去りにすることなんて、私にはできなかった。

私はそっと彼の隣に腰を下ろし、握られた手をそのままにした。荒れ狂う嵐の音を背景に、彼の温もりが胸の奥まで静かに届き、安堵と小さな絆を感じた。
嵐が遠ざかり、窓の外に静かな夜明けが差し込む。光に照らされたカインの横顔を見つめながら、私はまだ知らなかった――これが穏やかな夜の終わりに過ぎないことを。
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