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第2章 35歳にして、初のるーむしぇあ
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「部長ぉ、彼女ができたでしょう?」
にやりと目を細め、確信を持った口調できいてきた彼女に苦笑を零した。
「どうしたの、急に」
「だってぇ、部長、最近手作りのお弁当ばっかり持って来てるじゃないですかぁ。あの手の込んだ料理は絶対三十代の男が作れるものじゃないし、それに昼休みはいつもメールしてるし。女の子たちの間じゃ、ついに吉井部長が結婚するかも!? ってみんな悲鳴上げてるんですよぉ」
まさに阿鼻叫喚、とらしくもなく難しい言葉を使う美香を尻目に、晴仁は小さく笑った。
幸助と同居を始めてから、彼女ができたのでは、と訊かれることが増えた。
確かに、毎日昼食は外食だった晴仁が突然手作り弁当を持って来るようになればそう勘繰るのも無理はない。
「僕みたいのおじさんの恋愛なんてよくみんな気になるね」
「何言ってるんですかぁ! 部長みたいないい男はおじさんの類に入りませんよぉ」
めずらしく語気を強くして晴仁の言葉を否定した美香だが、「あ、でもぉ」と付け足した。
「ぶっちゃけるとぉ、あたしは部長はタイプじゃないんですよねぇ」
さっきはいい男と言っておきながら、次にはタイプでないと意見を翻す彼女に苦笑する。
「へぇ、じゃあ、石原さんはどんな人がタイプなの?」
「あたしはぁ、そうだなぁ、すっごくダメダメな人かなぁ」
「ダメダメ?」
「そう、すっごくダメな人。なんていうかぁ、あたしがいないと生きていけない、みたいな人」
「あー、なるほどね。それは分かるなぁ」
同意すると、美香は目を丸くした。
「え? 分かっちゃうんですかぁ? 意外。部長のタイプって絶対しっかりした知的な女性だと思ってましたぁ」
「そういう女性も魅力的だけど、僕はどちらかというと抜けている子の方がいいな。がんばっているんだけど何をしてもダメで結局僕に頼らないと生きていけない、っていうのが理想」
晴仁の言葉にぽかんとしていた美香だったが、一拍程間を置いて笑い始めた。
「ははははは! やばぁい! 部長ぉマジで歪んでますねぇ」
腹を抱えるようにしてひとしきり大笑いすると、「あれ?」と視線を晴仁の手元に視線を移した。
「そのファイル何ですかぁ?」
「ああ、そうだ、これのためにここに来たんだった」
美香に言われ、ここに来た目的を思い出した晴仁は、シュレッダーのスイッチに手を伸ばした。
シュレッダーが低く唸り始めた。
晴仁はファイルの中身を取り出し、シュレッダーの口にそれを差し込んだ。
興味津々といった様子でその紙を美香が覗きこむ。
そして、目を見開いた。
「ええ! これって履歴書じゃないですかぁ!」
美香が驚愕の表情で晴仁を見上げる。
「まさか、部長ぉ、転職を考えてるんですか?」
「まさか。それは僕のじゃないよ」
的外れな言葉に晴仁が苦笑しながら否定すると、美香はシュレッダーの中に流れ行く履歴書に再度目を遣った。
「あ、ほんとうだ。全然違う名前。えっと……、あおば、こうすけ?」
晴人は微笑を浮かべて頷いた。
「そう、友人の書いたものなんだ。でも、もういらないから僕が処理してあげてるんだ」
履歴書には個人情報が山ほど盛り込まれている。
普通に捨てて、変な輩に悪用されても困る。
特に幸助は騙されやすいので、自分が注意してあげなければ、と晴人は使命感すら覚えていた。
「へぇ、そうなんですか。でもぉ、すっごくいっぱい書いてるのにもったいなぁい」
「そうだね」
晴仁の脳裏に昨夜の記憶が蘇える。
履歴書作成の参考書を読み漁り、晴仁に助言を受けながら、ようやくできた文章を各欄に小さな文字で几帳面に書き込む幸助。
真面目な幸助は、想いを一文字一文字に込めるように、見ている側が気の遠くなるほど丁寧に書き込んでいた。
学生の就活とは違うのだからもっと手を抜いてもいいだろうに、とは思ったが、特に指摘はせず、晴仁は横に座ってその様子を眺めていた。
轟音が渦巻くシュレッダーの中へ、几帳面な文字が消えていく。
間違っては一から書き直し、間違ってはまた一から書き直し……を繰り返してようやくできた完璧な履歴書が、音を立てながら崩れていく。
晴仁は美香の方を向いて言った。
「でも、仕方ないよ。だってもういらないんだから」
シュレッダーの轟音が少し軽くなる。
処理が終わったのだろう。
晴仁はにっこりと笑って、シュレッダーの電源を切った。
にやりと目を細め、確信を持った口調できいてきた彼女に苦笑を零した。
「どうしたの、急に」
「だってぇ、部長、最近手作りのお弁当ばっかり持って来てるじゃないですかぁ。あの手の込んだ料理は絶対三十代の男が作れるものじゃないし、それに昼休みはいつもメールしてるし。女の子たちの間じゃ、ついに吉井部長が結婚するかも!? ってみんな悲鳴上げてるんですよぉ」
まさに阿鼻叫喚、とらしくもなく難しい言葉を使う美香を尻目に、晴仁は小さく笑った。
幸助と同居を始めてから、彼女ができたのでは、と訊かれることが増えた。
確かに、毎日昼食は外食だった晴仁が突然手作り弁当を持って来るようになればそう勘繰るのも無理はない。
「僕みたいのおじさんの恋愛なんてよくみんな気になるね」
「何言ってるんですかぁ! 部長みたいないい男はおじさんの類に入りませんよぉ」
めずらしく語気を強くして晴仁の言葉を否定した美香だが、「あ、でもぉ」と付け足した。
「ぶっちゃけるとぉ、あたしは部長はタイプじゃないんですよねぇ」
さっきはいい男と言っておきながら、次にはタイプでないと意見を翻す彼女に苦笑する。
「へぇ、じゃあ、石原さんはどんな人がタイプなの?」
「あたしはぁ、そうだなぁ、すっごくダメダメな人かなぁ」
「ダメダメ?」
「そう、すっごくダメな人。なんていうかぁ、あたしがいないと生きていけない、みたいな人」
「あー、なるほどね。それは分かるなぁ」
同意すると、美香は目を丸くした。
「え? 分かっちゃうんですかぁ? 意外。部長のタイプって絶対しっかりした知的な女性だと思ってましたぁ」
「そういう女性も魅力的だけど、僕はどちらかというと抜けている子の方がいいな。がんばっているんだけど何をしてもダメで結局僕に頼らないと生きていけない、っていうのが理想」
晴仁の言葉にぽかんとしていた美香だったが、一拍程間を置いて笑い始めた。
「ははははは! やばぁい! 部長ぉマジで歪んでますねぇ」
腹を抱えるようにしてひとしきり大笑いすると、「あれ?」と視線を晴仁の手元に視線を移した。
「そのファイル何ですかぁ?」
「ああ、そうだ、これのためにここに来たんだった」
美香に言われ、ここに来た目的を思い出した晴仁は、シュレッダーのスイッチに手を伸ばした。
シュレッダーが低く唸り始めた。
晴仁はファイルの中身を取り出し、シュレッダーの口にそれを差し込んだ。
興味津々といった様子でその紙を美香が覗きこむ。
そして、目を見開いた。
「ええ! これって履歴書じゃないですかぁ!」
美香が驚愕の表情で晴仁を見上げる。
「まさか、部長ぉ、転職を考えてるんですか?」
「まさか。それは僕のじゃないよ」
的外れな言葉に晴仁が苦笑しながら否定すると、美香はシュレッダーの中に流れ行く履歴書に再度目を遣った。
「あ、ほんとうだ。全然違う名前。えっと……、あおば、こうすけ?」
晴人は微笑を浮かべて頷いた。
「そう、友人の書いたものなんだ。でも、もういらないから僕が処理してあげてるんだ」
履歴書には個人情報が山ほど盛り込まれている。
普通に捨てて、変な輩に悪用されても困る。
特に幸助は騙されやすいので、自分が注意してあげなければ、と晴人は使命感すら覚えていた。
「へぇ、そうなんですか。でもぉ、すっごくいっぱい書いてるのにもったいなぁい」
「そうだね」
晴仁の脳裏に昨夜の記憶が蘇える。
履歴書作成の参考書を読み漁り、晴仁に助言を受けながら、ようやくできた文章を各欄に小さな文字で几帳面に書き込む幸助。
真面目な幸助は、想いを一文字一文字に込めるように、見ている側が気の遠くなるほど丁寧に書き込んでいた。
学生の就活とは違うのだからもっと手を抜いてもいいだろうに、とは思ったが、特に指摘はせず、晴仁は横に座ってその様子を眺めていた。
轟音が渦巻くシュレッダーの中へ、几帳面な文字が消えていく。
間違っては一から書き直し、間違ってはまた一から書き直し……を繰り返してようやくできた完璧な履歴書が、音を立てながら崩れていく。
晴仁は美香の方を向いて言った。
「でも、仕方ないよ。だってもういらないんだから」
シュレッダーの轟音が少し軽くなる。
処理が終わったのだろう。
晴仁はにっこりと笑って、シュレッダーの電源を切った。
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