ウミガメのスープを名探偵に

藤宮舞美

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謎解きと名探偵

謎を煮詰めた特製スープ

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「ふむ、まだ前菜ですか」
 乱歩は頷きながら呟く。
「ええ。それともあの程度で満足す方なのですか。大乱歩とまで称されるお方が」
 夢野は挑発する。
「本当に貴男からワタクシへの挑戦状のフルコースなのですね」
 乱歩はやれやれと頭を抱える。

「まぁ、良いじゃないか。乱歩君。夢野君が折角君の為に用意してくれたのだから」
「ドイルさんも共に如何です」
「ありがとう料理人ゆめの君。遠慮なく味わせて頂くよ」

「ドイルさんもこのくらい執念深いすばらしい作家仲間がいらっしゃれば、ここまで呑気ではないのでしょうが」
 乱歩は観念するように言った。
「それで、如何するのです。僕のスープを食べるのか。否か」

「食べましょう、食べましょう。この食卓に着いた以上、きっとこうなることが会うだろうとかくごしていました」
「では決まりですね」

「お手柔らかにお願いしますよ。夢野さん」
「何をおっしゃいます? 乱歩さん。乱歩さんにとって難しい謎などないでしょう」
 夢野は小馬鹿にしたように唇で三日月を描く。
「それに名探偵がお二人も居るのです。美謎家びしょくかが集まっているのです。料理人の僕をぞくぞくさせてくれるのでしょう。あゝ、こんなにも嬉しいことなどあるのかしらん」

「全く、好事家あくしゅみですね。夢野さんも」
 乱歩は二十面相が小林少年を追い詰めた様に笑った。

「では、問題特製スープです」
 夢野の声は先程までの空気をナイフの様に鋭く切り裂く。
 緊張。喜び。高揚感。理性。快楽。芸術。そして狂気。
 これら総て煮込まれた料理が、たった一言で目の前に出される。


---------------------------------------------------------------

『男は女を心の底から愛していた。
 ある時女は帰らぬ人となった。
 しかし、男は泣いて喜んだ。

 一体何故?』

--------------------------------------------------------------


「また、夢野さんらしい問題ですね」
「ええ、今回は私の好みです」
 夢野は清々しく健康的な笑顔を探偵たちに向けた。

「愛していたのに、死んで喜んだって事で良いのだよね」
 西洋の探偵は両手で口元を覆い考える。
「ええ、YESです。その解釈で間違ってはいません」

「男はサディストですか」
極東の探偵は左手で顎を覆う。
「NO、そんな趣味はありませんよ。乱歩さんみたいに」
「夢野さん、前から思っていたのですが、私の扱い雑ではないですか?」
「NOですよ、乱歩さん。僕は敬意だけで接していますよ、貴方に」

乱歩はやれやれと首を振る。
「夢野さん、そういう事にしておきますよ」

「話は変わりますが、その男は死体性愛者ですか?」
「NOです。さぁ、ゆっくりと味わって下さい。乱歩さん」
夢野は挑発する様に答えた。

「では特殊な性癖も無いのに愛する人が死んで喜んだのかい」
「YES、YES。その通りです」
 ホームズは冷静に要点を纏める。

「その男性は死んだ人間が美しいという思考の持ち主ですか」
「NOですよ。それは貴男でしょう、乱歩さん」

「ふむ、では彼女が死んだ方が良いほど追い詰められていたかい」
「ドイルさんは意外とお優しいのですね。しかし、NOです」
 夢野は残虐的サディスティクな笑みを浮かべる。

「それではつまらないでしょう。ふふふ。もし、僕の小説で、物語でそう言った人を楽にしてしまったら。苦しめてなお生かすのです。絶対に殺してはなりません。極限まで追い詰めた先の狂気。絶望。怒り。恐怖。僕は楽しいのです。それらを観るのが。ふふふ」
「夢野さん、ドイルさんが反応に困ってしましますから」
 乱歩は夢野の暴走を手練れた手付きでなだめる。

「日本の作家もまた狂っている者が多いね」
「イングランドには及びませんよ。ねぇ乱歩さん」
「ですがまぁ、まずはこの料理なぞを味わうことに全身全霊で及びましょう」

「では、頑張ってくださいね。お二人とも」



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