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リレーするキスのパズルピース
手紙と不意打ち/2
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差し伸べていた手をゆっくりと自分の胸に引き寄せ、カーキ色のくせ毛は首を傾げたことによってさらっと揺れ、にっこり微笑んで自分でボケを回収する。
「冗談です。今度、お花畑でランララ~ン♪庵の限定どら焼きをご馳走します」
犬の瞳がみるみる輝いていった。
「ありがとうございます。それじゃ、行っちゃってください」
二人の頭上を大きな雲がすうっと流れてゆく。まるで神が昼寝をするために、真っ白な毛布をかけたように。だがしかし、不思議なことに陽光がさえぎられることはなかった。
「それでは、お言葉に甘えて、瞬間移動です」
人々の喧騒と犬の隊員の前で、貴増参はその場でフィギュアスケートのスピンをするように、素早くくるっと回ると姿を消した。青空が広がる地面の上に散っていた桜の花びらが、小さな竜巻を起こしたようにふわっと円を描いた。
*
ヒュルルーという鳴き声を上げながら、大空をコンドルが悠々と飛んでゆく。カウボーイハットは節々のはっきりした手で抑えられながら、持ち主ははるか遠くまで仰ぎ見る。その目は鋭く刺すような眼光だが、どこか面倒見のよさと優しさが垣間見るアッシュグレーの瞳。
「太陽はなくても、明るいのがこの世界の法則ってか。夜は月があんのにな」
ガサツな声が乾いた風に乗った。足元の赤茶のウェスタンブーツが土を踏むたび、石臼で挽いたようなジャリジャリという音を生み出し、不意に吹いてきた夏風が土煙を上げながら汗を連れ去ってゆく。
「今日もいい風吹いてやがんな」
かかと部分についている小さなギザギザの丸い部分――スパーが、男の長いジーパンで踏み出すたびに金属音を歪ませる。
「年末の繁忙期は過ぎて、少しは落ち着いてきたがよ」
後ろポケットに気怠そうに親指だけ突っかけた両手には、太いシルバーリング三つずつが、まるで拳につける武器――ナックルダスターを連想させるようにつけられていた。
「生きモンが相手の商売だからよ、油断はできねえ」
グレーのカモフラシャツの裾で風が吹き抜けると、ベルトのバックルがくすんだ鉄色とともにバッファローのデザインを見せる。それと同時に、男のまわりに規則正しく植えられた大きな木が、ザワザワと船乗りの掛け声のように威勢よく揺れ動いた。
「がよ、野郎どものお陰で、いい仕事できてんだよ」
土の上でふと立ち止まった男の、カウボーイハットからはみ出した髪は藤色の剛毛。耳より下にかかる長めの短髪が、日焼けした頬をかすめる。まるでボクサーのパンチをギリギリで交わすように。
「まったく感謝しねえといけねえぜ」
あたりを見渡すと、大木の上に登って何かを収穫しているような男たちと、それを運んでいる男たち。女の姿はどこにも見えず、野郎だらけの広大な農場だった。
口の端でニヤリと男がすると、飛行機がすうっと着陸するようなヒューッという音と一緒に、喧嘩っぱやそうな若い男の声が後ろからかけられた。
「兄貴~!」
「ああ?」
これ以上ないくらい気だるそうな声を出しながら振り返ると、鋭いアッシュグレーの眼光の先には、さっき空を飛んでいたコンドルが二本足で立っていた。二メートル近くある背の高いウェスタンスタイルの男と、同じほどの大きさのコンドルだ。
翼を手の代わりにして身ぶり手ぶり――いや羽ぶりで説明がスタートする、男のふたつのペンダントヘッド――羽根型と雄牛のツノをデザインしたものの前で。
「宇宙の平和を守ろうぜデパートの取り引きの件っすが……」
男は笑いもせず、鋭い眼光を帽子の唾ギリギリのラインから光らせつつ、ガサツな声で聞き返した。
「あっちは何て言ってきやがったんだよ?」
「代金十倍出すから、等級落ちても構わないって言うんす」
何かの交渉で、金額が十倍に跳ね上がった。あきれた感じでコンドルに背を向ける男。どこまでも突き抜けそうな青空を見上げると、長めの藤色の髪が頬からさっと落ちた。まるで刑事が殺人事件のトリックと対峙するような緊迫感が漂う。
「何考えやがんだ? あっちはよ」
コンドルは男の背中に戸惑い気味に問いかけた。
「納期は……明日までっす」
まわりで作業していた男たちが手を止めて、二人の会話を聞くために、集まってきていた。そのほとんどの服装がまるで海賊みたいな粗野なものだった。
その中心に立つ男は海賊船の船長のように、危険がともなう宝島に上陸を許可するかどうかをうかがうみたいに、ひとりごちる。
「等級落としてまで、数欲しいってか?」
「どうしやっすか? 兄貴」
コンドルが問いかけると、あたりは静まり返った。聞こえるのは木々を揺らす風と葉音のみに。野郎どもの視線は、背が高くガタイのいい兄貴に集中し、ゴクリと生唾を飲み、最後の審判のような決断を迫られているボスの言葉を待ち続ける。
納期は明日まで。金は十倍。どうする――。
「冗談です。今度、お花畑でランララ~ン♪庵の限定どら焼きをご馳走します」
犬の瞳がみるみる輝いていった。
「ありがとうございます。それじゃ、行っちゃってください」
二人の頭上を大きな雲がすうっと流れてゆく。まるで神が昼寝をするために、真っ白な毛布をかけたように。だがしかし、不思議なことに陽光がさえぎられることはなかった。
「それでは、お言葉に甘えて、瞬間移動です」
人々の喧騒と犬の隊員の前で、貴増参はその場でフィギュアスケートのスピンをするように、素早くくるっと回ると姿を消した。青空が広がる地面の上に散っていた桜の花びらが、小さな竜巻を起こしたようにふわっと円を描いた。
*
ヒュルルーという鳴き声を上げながら、大空をコンドルが悠々と飛んでゆく。カウボーイハットは節々のはっきりした手で抑えられながら、持ち主ははるか遠くまで仰ぎ見る。その目は鋭く刺すような眼光だが、どこか面倒見のよさと優しさが垣間見るアッシュグレーの瞳。
「太陽はなくても、明るいのがこの世界の法則ってか。夜は月があんのにな」
ガサツな声が乾いた風に乗った。足元の赤茶のウェスタンブーツが土を踏むたび、石臼で挽いたようなジャリジャリという音を生み出し、不意に吹いてきた夏風が土煙を上げながら汗を連れ去ってゆく。
「今日もいい風吹いてやがんな」
かかと部分についている小さなギザギザの丸い部分――スパーが、男の長いジーパンで踏み出すたびに金属音を歪ませる。
「年末の繁忙期は過ぎて、少しは落ち着いてきたがよ」
後ろポケットに気怠そうに親指だけ突っかけた両手には、太いシルバーリング三つずつが、まるで拳につける武器――ナックルダスターを連想させるようにつけられていた。
「生きモンが相手の商売だからよ、油断はできねえ」
グレーのカモフラシャツの裾で風が吹き抜けると、ベルトのバックルがくすんだ鉄色とともにバッファローのデザインを見せる。それと同時に、男のまわりに規則正しく植えられた大きな木が、ザワザワと船乗りの掛け声のように威勢よく揺れ動いた。
「がよ、野郎どものお陰で、いい仕事できてんだよ」
土の上でふと立ち止まった男の、カウボーイハットからはみ出した髪は藤色の剛毛。耳より下にかかる長めの短髪が、日焼けした頬をかすめる。まるでボクサーのパンチをギリギリで交わすように。
「まったく感謝しねえといけねえぜ」
あたりを見渡すと、大木の上に登って何かを収穫しているような男たちと、それを運んでいる男たち。女の姿はどこにも見えず、野郎だらけの広大な農場だった。
口の端でニヤリと男がすると、飛行機がすうっと着陸するようなヒューッという音と一緒に、喧嘩っぱやそうな若い男の声が後ろからかけられた。
「兄貴~!」
「ああ?」
これ以上ないくらい気だるそうな声を出しながら振り返ると、鋭いアッシュグレーの眼光の先には、さっき空を飛んでいたコンドルが二本足で立っていた。二メートル近くある背の高いウェスタンスタイルの男と、同じほどの大きさのコンドルだ。
翼を手の代わりにして身ぶり手ぶり――いや羽ぶりで説明がスタートする、男のふたつのペンダントヘッド――羽根型と雄牛のツノをデザインしたものの前で。
「宇宙の平和を守ろうぜデパートの取り引きの件っすが……」
男は笑いもせず、鋭い眼光を帽子の唾ギリギリのラインから光らせつつ、ガサツな声で聞き返した。
「あっちは何て言ってきやがったんだよ?」
「代金十倍出すから、等級落ちても構わないって言うんす」
何かの交渉で、金額が十倍に跳ね上がった。あきれた感じでコンドルに背を向ける男。どこまでも突き抜けそうな青空を見上げると、長めの藤色の髪が頬からさっと落ちた。まるで刑事が殺人事件のトリックと対峙するような緊迫感が漂う。
「何考えやがんだ? あっちはよ」
コンドルは男の背中に戸惑い気味に問いかけた。
「納期は……明日までっす」
まわりで作業していた男たちが手を止めて、二人の会話を聞くために、集まってきていた。そのほとんどの服装がまるで海賊みたいな粗野なものだった。
その中心に立つ男は海賊船の船長のように、危険がともなう宝島に上陸を許可するかどうかをうかがうみたいに、ひとりごちる。
「等級落としてまで、数欲しいってか?」
「どうしやっすか? 兄貴」
コンドルが問いかけると、あたりは静まり返った。聞こえるのは木々を揺らす風と葉音のみに。野郎どもの視線は、背が高くガタイのいい兄貴に集中し、ゴクリと生唾を飲み、最後の審判のような決断を迫られているボスの言葉を待ち続ける。
納期は明日まで。金は十倍。どうする――。
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