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リレーするキスのパズルピース
同僚と恋人/6
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百叡は自分が映り込むほど綺麗に磨かれたピアノのボディーの黒の前で、小さな首を傾げた。ピアノレッスンを自宅でしているパパが、外で活動するとは、いくら子供でもおかしいと思った。
「お仕事?」
子供がわざと不思議がる順番で言葉を巧みに操り、光命は優雅にうなずいて、代償を交換条件に納得させるという罠を密かに放った。
「えぇ。ですが、代わりに、今夜あなたを膝の上に乗せて、音楽を楽しみましょうか?」
百叡はピアノの楽譜をパッと自分へ引き寄せた。
「うん! またお膝の上~! 僕、家で待ってる~」
「あなたは素直で明るくていい子ですね。それでは、行ってきますよ」
銀の癖のある髪の柔らかさを、細く神経質な指先で惜しむようになでた。すると、百叡はピョンっと萌黄色の絨毯の上に降り立った。
「パパに会ってきてね、パパ!」
光命は優雅に立ち上がり、瞬間移動で消え去った。
*
オフィスビルの吹き抜けエントランス。大理石の乳白色の上に、濃い紫のロングブーツはクロスする寸前のポーズを取っていた。待合の応接セットの群れの奥には、天井高くから透明なカーテンのように滝が、流れ落ちるガラス張りの窓が立っている。
高級ホテル並みの豪華さが目立つ空間。白のカットソーのそばで、手に持ったままの鈴色の懐中時計に視線を落とす。
(十六時二十七分十七秒。予測を立てていた時刻よりも、五十四秒遅れ……。到着地点をズラして、瞬間移動しましょう、遅れを取り戻さなければいけない。彼はまだ彼に伝えていないみたいですからね。ですから、私が罠を仕掛けて、言いに行くように仕向けましょう)
全体的に白とガラスの透明色で統一されたビル。各部屋には色の三原色、赤、青、黄色のドアがアクセントを置いていた。それらを水色の瞳はぐるっと見渡す。
(彼の未来の到着点……?)
自身とほぼ同じ背丈でありながら、すらっとした印象を与える容姿。光命自身も細身だが、肩幅はあの男よりもある。冷静でデジタルな頭脳では全てが数値化されている。その中から男についての必要な情報を取り出す。
(あちらです)
斜め上を見上げると、吹き抜けに横顔を見せる二階の回路が映った。右手の奥に上へ登るための木や鉄骨をわざとむき出しにした、美的センスを促す造りの階段ある。
冷酷に合理主義者の光命。歩くなどということをするはずがない。高いところから飛び降りた映像を逆再生するようにすっと浮遊し、転落防止の柵を山なりに背中側から立ったまま飛び越え、カツンと廊下の大理石に優美な足音を響かせた。
紺の長い髪は捜索というようにあちこちに揺れ動いたが、銀の長めの前髪に隠された鋭利なスミレ色の瞳はどこにもいなかった。
まるでどこかの国の王子さまが、バルコニーから遠くの景色を眺めるように、細い両腕を柵の上に左右に寝そべらせた。少しかがみ込むと、十字のチョーカーが優雅にシルバーの光を放つ。
(少し早くきてしまったみたいです。ですから、こちらで待ちましょうか? 自身の身の振り方を考えながら……)
様々な姿形の人種が通り過ぎてゆく中で、それらをデータとして脳に記憶しながら、思考を同時進行してゆく。龍のアーティストが吹き抜けをすうっと空へ向かうように登ってゆく。
(私はピアニストとして、CDを二枚ほど出していました。ですが、不安定な体調から、ツアーなどは行えませんでした。仕事も結婚も全て中途半端……)
通常の生活が送れない。才能という泉があるのに、それは息吹を与えらることなく、沼のようになる日々。それでも、デジタルに感情を切り捨て、前に進める方法を、成功する、勝てる可能性の高いものを導き出しては、行動して、試して……。必死に生きてきた日々。今は二十三歳。だが、たった十四年しか生きていない。しかし、大人として、精一杯こなしてきた。
永遠の愛に出会える。別れることはない。だが、人生はそれだけではない。魔法のような夢みたいな世界でも、苦悩はそこにあるのだ。
しかし、転機が訪れた。あの皇帝陛下が在わす謁見の間に呼び出された、三年前のあの日。命令と言われている以上、拒否することは許されない。この帝国で生きている自分には。だが、そこにあったのだ、幸せへと続く道が。
自分が姿を現しても、気配を読み取れない人。何かつぶやいても、遊線が螺旋を描く独特な声も聞き取れない人。それなのに、自分に恋い焦がれている人。最初はただただ、命令に従ってそばに行っただけだった。
何とも想っていなかった。いつも背中からうかがっていた日々。その人の生き方は、まるで足を怪我して走れなくなったマラソンランナーが、地べたをはってでもゴールを目指そうとする。そういう生き方を、毎日何からも逃げ出さず、全力でぶつかってゆく人、だった。
他人優先で、自分のことは後回し。いわゆる、損をするタイプ。それなのに、他の人の幸せを心の底から喜べる人。心のとても澄んだ女。その人の面影が脳裏で揺れる。長い髪を持ち、どこか夢見がちな瞳。
(彼女を愛したほうがいいという可能性は最初はありませんでした。ですが、0.01%出てきたのです。その後、彼女が言動を起こすたびに、可能性の数値は上がり続け……。二年前の一月十五日、金曜日、十四時五十五分十九秒。99.99%になった。いいえ……私は新たに恋に落ちたのです。彼女を守るために、音楽活動を休止した。ピアノの講師の仕事だけを続けて――)
「お仕事?」
子供がわざと不思議がる順番で言葉を巧みに操り、光命は優雅にうなずいて、代償を交換条件に納得させるという罠を密かに放った。
「えぇ。ですが、代わりに、今夜あなたを膝の上に乗せて、音楽を楽しみましょうか?」
百叡はピアノの楽譜をパッと自分へ引き寄せた。
「うん! またお膝の上~! 僕、家で待ってる~」
「あなたは素直で明るくていい子ですね。それでは、行ってきますよ」
銀の癖のある髪の柔らかさを、細く神経質な指先で惜しむようになでた。すると、百叡はピョンっと萌黄色の絨毯の上に降り立った。
「パパに会ってきてね、パパ!」
光命は優雅に立ち上がり、瞬間移動で消え去った。
*
オフィスビルの吹き抜けエントランス。大理石の乳白色の上に、濃い紫のロングブーツはクロスする寸前のポーズを取っていた。待合の応接セットの群れの奥には、天井高くから透明なカーテンのように滝が、流れ落ちるガラス張りの窓が立っている。
高級ホテル並みの豪華さが目立つ空間。白のカットソーのそばで、手に持ったままの鈴色の懐中時計に視線を落とす。
(十六時二十七分十七秒。予測を立てていた時刻よりも、五十四秒遅れ……。到着地点をズラして、瞬間移動しましょう、遅れを取り戻さなければいけない。彼はまだ彼に伝えていないみたいですからね。ですから、私が罠を仕掛けて、言いに行くように仕向けましょう)
全体的に白とガラスの透明色で統一されたビル。各部屋には色の三原色、赤、青、黄色のドアがアクセントを置いていた。それらを水色の瞳はぐるっと見渡す。
(彼の未来の到着点……?)
自身とほぼ同じ背丈でありながら、すらっとした印象を与える容姿。光命自身も細身だが、肩幅はあの男よりもある。冷静でデジタルな頭脳では全てが数値化されている。その中から男についての必要な情報を取り出す。
(あちらです)
斜め上を見上げると、吹き抜けに横顔を見せる二階の回路が映った。右手の奥に上へ登るための木や鉄骨をわざとむき出しにした、美的センスを促す造りの階段ある。
冷酷に合理主義者の光命。歩くなどということをするはずがない。高いところから飛び降りた映像を逆再生するようにすっと浮遊し、転落防止の柵を山なりに背中側から立ったまま飛び越え、カツンと廊下の大理石に優美な足音を響かせた。
紺の長い髪は捜索というようにあちこちに揺れ動いたが、銀の長めの前髪に隠された鋭利なスミレ色の瞳はどこにもいなかった。
まるでどこかの国の王子さまが、バルコニーから遠くの景色を眺めるように、細い両腕を柵の上に左右に寝そべらせた。少しかがみ込むと、十字のチョーカーが優雅にシルバーの光を放つ。
(少し早くきてしまったみたいです。ですから、こちらで待ちましょうか? 自身の身の振り方を考えながら……)
様々な姿形の人種が通り過ぎてゆく中で、それらをデータとして脳に記憶しながら、思考を同時進行してゆく。龍のアーティストが吹き抜けをすうっと空へ向かうように登ってゆく。
(私はピアニストとして、CDを二枚ほど出していました。ですが、不安定な体調から、ツアーなどは行えませんでした。仕事も結婚も全て中途半端……)
通常の生活が送れない。才能という泉があるのに、それは息吹を与えらることなく、沼のようになる日々。それでも、デジタルに感情を切り捨て、前に進める方法を、成功する、勝てる可能性の高いものを導き出しては、行動して、試して……。必死に生きてきた日々。今は二十三歳。だが、たった十四年しか生きていない。しかし、大人として、精一杯こなしてきた。
永遠の愛に出会える。別れることはない。だが、人生はそれだけではない。魔法のような夢みたいな世界でも、苦悩はそこにあるのだ。
しかし、転機が訪れた。あの皇帝陛下が在わす謁見の間に呼び出された、三年前のあの日。命令と言われている以上、拒否することは許されない。この帝国で生きている自分には。だが、そこにあったのだ、幸せへと続く道が。
自分が姿を現しても、気配を読み取れない人。何かつぶやいても、遊線が螺旋を描く独特な声も聞き取れない人。それなのに、自分に恋い焦がれている人。最初はただただ、命令に従ってそばに行っただけだった。
何とも想っていなかった。いつも背中からうかがっていた日々。その人の生き方は、まるで足を怪我して走れなくなったマラソンランナーが、地べたをはってでもゴールを目指そうとする。そういう生き方を、毎日何からも逃げ出さず、全力でぶつかってゆく人、だった。
他人優先で、自分のことは後回し。いわゆる、損をするタイプ。それなのに、他の人の幸せを心の底から喜べる人。心のとても澄んだ女。その人の面影が脳裏で揺れる。長い髪を持ち、どこか夢見がちな瞳。
(彼女を愛したほうがいいという可能性は最初はありませんでした。ですが、0.01%出てきたのです。その後、彼女が言動を起こすたびに、可能性の数値は上がり続け……。二年前の一月十五日、金曜日、十四時五十五分十九秒。99.99%になった。いいえ……私は新たに恋に落ちたのです。彼女を守るために、音楽活動を休止した。ピアノの講師の仕事だけを続けて――)
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