明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
155 / 967
リレーするキスのパズルピース

同僚と恋人/11

しおりを挟む
 ティーカップをソーサーの上で両手で包み込み、静かに言葉を紡いだ、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声で。

「あなたとこちらの店へ、仕事が終わったあとよくきました。とても素敵な時間でした。このまま、帰りたくないと思ったことが何度もありました」

 様々な壁にぶつかる仕事。それが終わったあとの開放感。愛している男。お互いのお気に入りのカフェ。食事をしながらの楽しい会話。お酒も飲んだだろう。

 そして、夜はあっという間に更けてゆく。相手も自分を愛していると知っている。このまま夜の街にふたりきりで消えたい。そう望んで当たり前だった。

 だが、そこには大きな壁があった。ショコラの茶色をしみ込まされたナプキンは、きちんと端をそろえて折りたたまれる。

「俺が引き止めてやってもよかったが、結婚している。だから、不倫になる。だが、あれがいつもの直感で言ってきた」

 直感、天啓。それは光命も蓮も持っていないものだった。お互いが愛する、あの女の特徴のひとつ。しかも、外すことが少ない。結婚という契約をたもちながら、新しい愛を受け入れる。そんなことを可能にするすべを、あの女が思いついた。

 光命は組んでいた足はそのままに身を乗り出した。すると、十字のチョーカーがすうっと宙を横に泳ぎ、甘くスパイシーな香水がそよ風を起こした。

「どのように言ったのですか?」
「この世界の法律はただひとつ、みんな仲良くだと。結婚に関する規定はないと。だから、お前に、気持ちを伝えてやってもいいと思った」

「そうですか。そちらもそうだったのかもしれない……」

 いつもと違った言葉遣いになった光命の冷静な水色の瞳は、涙で視界がゆらゆらと揺れ始めた。ウッドデッキのテーブルの上に乗っているオレンジのランプの炎がにじむ。

 自分が悩んできた可能性の数値を、あの女は直感でひっくり返す。抱え込んでいた悲しみを、一瞬にして幸福に変えてしまう女。ビックバーンのように斬新ざんしんな影響を与えたかと思うと、自分と同じように声にも出さず、寒さに凍えるように静かに涙を頬に伝わせる。

 全てを記憶する頭脳。あの女が言ってきた言葉の一字一句、日付も何もかもが狂わず、光命の脳裏の浅い部分に、走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。

 物思いにふけっている光命の神経質な横顔に、蓮は問いかけた。

「何の話だ?」
「私と夕霧のことは、彼女がこちらのように言っていました」

 従兄弟同士。小さい頃からをやり直して、恋は芽生えて、それでも素直に受け入れられなくて、自分の中の罪悪感は光命からは消えなかった。それなのに、あの女は消し去ったのだ。

「ん?」

 蓮が不思議そうに首を傾げると、光命は真正面に顔を向けて、自身を後悔の泉から救ってくれた女の言葉を、一字一句間違えずに口にした。

「神様のお導きだったんですね。何度もお互いを意識することが起きたんだから、運命だったんですよ。神様にも神様はいるんですから。結婚するようにって言ってたんじゃないんですか? だから、これでよかったんです、と」

 神の導き――

 背徳感でも罪悪感でもなく、そこには神聖と慈悲があった。そう気づかされた時、光命は立っていられないほどの悦楽と、過ぎてきた哀傷の渦の相反する乱気流に見舞われた。

 彼女の前で思わずしゃがみ込んで、涙をいくつも流したのだ。ありのままの自分で生きていいと、ずっと赦されていたのだと知って。

 重複婚どころの話ではない私生活を、繰り広げているミュージシャンは、妻が他の男を愛していると知っても、平気な顔で話し始めた。

「あれは神を信じている。他のやつばかり優先して、自分のことは後回し」

 だが、あの女の自分への態度を思い出したら、イライラがつのり始め、天使のような綺麗な顔が怒りで歪んでいった。

「鈍臭くて、失敗ばかりで、見ててイライラする。だから、つい物を言いたくなる。だが、あれも引かなくて、毎回毎回、言い争いのケンカだった」

 自宅で、ふたりが言い争っているのを何度も見ている光命は、手の甲を唇に当ててくすくす笑い出した。

 どんぐりの背くらべみたいな微笑ましい限りのケンカ。配偶者のひとりとして、自分の目の前にいる夫が、あの女に対してどんな気持ちで接しているのか、光命は可能性からすでに導き出していた。

「あなたは彼女に甘えているのではないのですか?」
「なぜ、そんなふうに思う?」

 蓮にとっては意外な言葉で、ただただ自分の言いたいことを言ってるが、必ずカチンとくるようなことを言い返してくる、我が妻。

「私たち夫の前では、あなたはそのようなことはしません。ですが、彼女の頭を叩いたりするではありませんか?」

 蓮の両腕は腰のあたりで組まれ、人差し指をイライラとトントンと叩き始めた。

「あれがおかしなことを言うからだろう。ふたりでデートしに行くんだねとか、蓮も結構ボケてるよねとか、恋愛に鈍感だねとか、いちいち指図するなとか、あと……」

 まだまだ、話は続きそうだったが、銀の前髪はうんざりと言うように横に揺れた。

「あぁ~、思い出すと、またぶり返す。この話はもう終わりだ」
「あなたたちは、おかしな人たちですね、立場が対等なのですから」

 夫婦なら立場が対等、それが当然。だが、あの女は違うのだ。この世界への自由な出入りを禁止されている。ある場所から動くことができない。それなのに、関わってくる、自分たちの生活に言動に。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...