明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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リレーするキスのパズルピース

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 =制作=
 リレーするキスのパズルピース製作委員会


 ――――夕暮れ時という移りゆく時間。海沿いにあるカフェ。マリンブルーの光が降り注ぐ窓辺の席。時間に限りがある撮影シーン。

 カメラを向けられた銀の長い前髪は動きもせず、鋭利なスミレ色の瞳は、目の前に座っている冷静な水色の瞳を一度も見ていない。苛立っているようで、唇を噛み締めていた。

「…………」

 セリフのはずなのに何も言わず、スタッフが声をかけた。

「はい、カットー!」

 Take2。オレンジ色の空が夜に染まってゆく。急がないと、また明日になってしまう。みんなそれぞれ仕事がある中で、撮影している。それでも、天使のような可愛らしい顔は怒りで歪みきっていた。

「…………」
「はい、カットー!」

 緊張感が一旦緩み、イルカの店員が台拭きでカウンターをすうっとなぞる。男のスタッフが個性の強いアーティスを思って、出来るだけ優しく声をかけた。

「蓮さん、セリフ、お願いしま~す!」

 渡されていた台本をポンと投げ置いて、蓮の銀の長い前髪は不機嫌に横に揺れる。

「おかしい。俺はこんなことは言わない」

 さっきからこの繰り返し。スタッフたちも苦渋の表情をつき合わせた。

「困りましたね。どうしますか?」

 とにかく、蓮はひねくれ俺様なのだ。他の人ではどうにもならない。ということで、ここは妻の颯茄の出番である。

「よし、こうしてやる~!」

 持っていた台本をパッと開き、サラサラと何かを書き始めた。数分後、その台本を、イライラと両腕を組んでいる蓮の前に差し出した。

「はい、これ、新しく手直しした台本」

 鋭利なスミレ色の瞳にセリフが映ったが、ページを乱暴にどんどんめくっていくたびに、台本をバラバラに刻みそうに変わってゆく、今や刃物のような視線。蓮は顔をパッと上げて、颯茄に指を勢いよく突きつけた。

「……お前、どういうつもりだ? 俺のセリフを全てカットするとは! これじゃ、演技も何もないだろう!」

 颯茄は負けずににらみ返した。

「沈黙も演技のうちです」
「俺が選んでやる!」

 蓮は妻が持っていたペンを奪い取った。颯茄がそれをがしっとつかんで引っ張った。

「いい~!」

 すると、蓮が自分の方へ引き寄せる。子供が同じものを取り合って、自分へ引っ張るようにリピートし始めた。

「貸せ!」
「いい~!」
「貸せ!」
「いい~!」
「貸せ!」

 冷静な水色の瞳の前で、ペンが右へ左へ行ったり来たり。光命が遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声で注意した。

「蓮、颯、ふたりとも……」

 その時だった。颯茄に直感が下りたのは。目を一瞬大きく見開き、無理やり笑顔を作って、こんなことを言う。

「あ、あぁ、そうだ、そうだ。んんっ! セリフが少ない方が、光さんとのキスシーンに早くたどり着くよね? ね?」

 蓮は持っていたペンをテーブルに置いて、天使のような無邪気な笑顔に変わった。口の端は両端が上に上がり、目はキラキラと純粋色で輝く。

「…………」

 無言だが、リアクションは思いっきりあった。光命はわかりやすい我が夫を前にして、くすくす笑う。

「私とのキスシーンを蓮は喜んでいるみたいです」
「みたいじゃなくて、喜んでる、確定です!」

 颯茄は光命へかがみこんで、突き立てた人差し指を前に押し出した。その次の瞬間、蓮の可愛らしい顔は一気に怒りで歪み、

「っ!」

 颯茄の後頭部を遠慮なくパシンと叩いた。彼女の表情は痛みでいびつになる。

「痛っ!」

 必ず揉める配偶者ふたり。光命の白のカットソーの肩は笑ったため、小刻みに揺れ出した。

「おかしな人たちですね、あなたたちは」

 照明などが直されながら、エキストラの他の客たちが待機したまま、しばらく、蓮と颯茄のにらみ合いは続いていた――――


 *この作品は、七十三パーセントがノンフィクションであり、実在する団体名、人物も含まれています。団体または本人に了承を得た上で、制作しております。


 おしまい

    *

「カットー! オールオーバー!」

 スタッフの一人が台本を頭の上でくるくると回しながら言った。全ての撮影が終わって、颯茄がみんなに頭を下げる。

「ありがとうございました」

 急きょ台本に入れてもらった張飛は出演が極端に少ない分、さっきからカメラに映らない妻のそばに立っていた。

「颯茄さんが話を書いたってことになってたんすね?」

 八十センチも背丈の違う夫婦は一緒に並んで、仲良く話し始める。

「そうなんです。だから。最後、いっぱい出てきたんです」
「楽しそうだったすね」
「はい。楽しかった――あ!」

 そこで、妻はピンとひらめいた。張飛はかがんで、妻の顔をのぞき込む。

「どうかしたっすか?」
「自分でも書いてみたくなりました」
「いいじゃないっすか。颯茄さんも上手に書けますよ」

「ふふっ。ありがとうございます」妻は照れたように笑って、天色の瞳をまっすぐ見つめた。「それには張飛さんも出てきますよ」

「どんなのにするっすか」
「それは、台本ができ上がってからのお楽しみです」

 颯茄と一緒に張飛が顔を上げると、月明かりを向こうにした桜の花びらがハラハラと雪のように落ちてゆくのが見えた。
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