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最後の恋は神さまとでした
神の御前で恋は散って/2
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光命の黒いエナメルの靴は階段をカツカツと、かかとを心地よく鳴らして、両親が所有している、待たせたままのリムジンへと歩き出した。
(誕生日が三日違いの従兄弟の結婚祝いに、帰ったらピアノで曲を作りましょうか? 結婚ブームで、幸せがあちらこちらに漂っている。素敵な日々です)
足取りは軽く、頭の中で五線紙に音符が描かれてゆく。絶対音感と記憶力で、楽器がなくても楽譜が出来上がっていきそうだったが、黒塗りのリムジンの隣で、エレガントなドレスを着た女がうろうろしていた。
「おや?」
大きな荷物を手に持ったまま、大通りの歩道で右に左に顔を向けて、何かを探している。
「え~っと、どこに行ってしまったんでしょう? こっちでしょうか? それともあっち――」
「どうかされたのですか?」
困っている人を放置するわけにもいかず、光命は遊線が螺旋を描く優雅な声で問いかけた。しかし、女はびっくりした顔をして、重力十五分の一の世界で、一メートルほど上へ飛び上がった。
「爆弾があるんですか!」
リアクションバッチリで、その上意味不明な言葉は返してきて、光命は神経質な手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。
「…………」
女は自分の言動に気づかず、地面に無事着地して、まぶたを瞬かせた。
「どうして笑ってるんですか?」
「…………」
光命はそれきり何も言えなくなって、肩を小刻みに揺らし、彼なりの大爆笑を始めた。しかしそれは、きちんとわかっているからこそだった。
(どうかされたを導火線に聞き間違ったみたいです)
今ここで出会ってわかるような会話の流れではないのに、恋という運命はいきなりやってきた。光命は笑うのをやめ、紺の長い髪を横へ揺らす。
「いいえ、何でもありませんよ」
家に帰ると、玄関へきて笑顔で出迎える人の、言動の全ては彼のデジタルな頭脳の中に入っている。どんな言葉をどう聞き間違えるのか。どんな罠を仕掛ければ、一メートルも飛び上がって驚くのか。
(母に似た女性がいるとは思いませんでした)
母親に悪戯をして、それを堪能することが趣味だと言い切れる、自分がいることも知っている。マニアックな趣味だと、夕霧命にもよくあきれられた。そして、何もなかった大地に恋は芽吹いた。
(――彼女を愛したほうがいいという可能性が0.01%出てきた)
光命はスマートに彼女の手から荷物を取り、レディーファースト精神でエスコートし始めた。
「よろしかったら、お手伝いしますよ」
「ありがとうございます!」
光命の中で恋の可能性は上がり続け、八十二パーセントを超える日が近づいていった。
*
季節をいくつか過ぎ、新緑が庭の草木に広がった。城の隣にある大きな屋敷に、到着したリムジンから運転手が降りてくると、ドアが慣れた感じで開けられ、この屋敷の息子――光命が降り、ふわふわのドレスを着た女が続いた。
正式に付き合うと決めてから、両親への初めての挨拶。この世界の愛は永遠で、いつかは結婚する。だからこそ、きちんとしようと決めて、彼女を迎えにいった息子が屋敷へ戻ってきた。
玄関のドアにもう少しで近づくところで、待ちかねていた両親が中から出てきた。天然ボケを極めている母が両手を胸の前で組んで、目をキラキラと輝かせる。
「あらあら? 素敵なお嬢さんじゃない?」
「いや~、光のことをよろしくお願いします」
子供たちと同じ年代に見える両親は、当の本人たちより大盛り上がりで、大人気なくはしゃいでいる。他の人のお宅で、しかも城の隣に建っている屋敷で、彼女は額に汗をにじませた。
「あ、あの……」
光命は両手を空へ向かって、頬の横まで上げて、降参のポーズを取る。
「困りましたね。自己紹介がまだですよ」
大人として最低限の挨拶のはずなのに、それをすっ飛ばして、母親はフライング気味で、彼女の手を優しく引っ張った。父親もすぐ脇で、言葉だけで便乗する。
「とにかく中にお入りなさいよ。座ってからでもいいじゃない?」
「さささ、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女が両親に半ば強引に廊下の絨毯の上を歩かされて、連れていかれる姿をゆっくり追いかけようと、光命はする。
「おかしな人たちですね。ですが、父と母も喜んでいるのかもしれない」
お手伝いさんがそばへきて、小さな四角い紙を差し出した。光命は神経質な手で受け取り、
「おや? 私宛の手紙……」
後ろへひっくり返すと、堂々たる獅子の紋章のシーリングスタンプで封をされていた。それはこの世界に住むものならば、誰でも知っているもの。
「城から?」
役所ではなく城からの手紙。個人的に呼び出されることなど、一般市民として生きている自分にはなかった。デジタルに記憶する光命のルールを、大きな運命の荒波が狂わせるとは予期できなかった――
(誕生日が三日違いの従兄弟の結婚祝いに、帰ったらピアノで曲を作りましょうか? 結婚ブームで、幸せがあちらこちらに漂っている。素敵な日々です)
足取りは軽く、頭の中で五線紙に音符が描かれてゆく。絶対音感と記憶力で、楽器がなくても楽譜が出来上がっていきそうだったが、黒塗りのリムジンの隣で、エレガントなドレスを着た女がうろうろしていた。
「おや?」
大きな荷物を手に持ったまま、大通りの歩道で右に左に顔を向けて、何かを探している。
「え~っと、どこに行ってしまったんでしょう? こっちでしょうか? それともあっち――」
「どうかされたのですか?」
困っている人を放置するわけにもいかず、光命は遊線が螺旋を描く優雅な声で問いかけた。しかし、女はびっくりした顔をして、重力十五分の一の世界で、一メートルほど上へ飛び上がった。
「爆弾があるんですか!」
リアクションバッチリで、その上意味不明な言葉は返してきて、光命は神経質な手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。
「…………」
女は自分の言動に気づかず、地面に無事着地して、まぶたを瞬かせた。
「どうして笑ってるんですか?」
「…………」
光命はそれきり何も言えなくなって、肩を小刻みに揺らし、彼なりの大爆笑を始めた。しかしそれは、きちんとわかっているからこそだった。
(どうかされたを導火線に聞き間違ったみたいです)
今ここで出会ってわかるような会話の流れではないのに、恋という運命はいきなりやってきた。光命は笑うのをやめ、紺の長い髪を横へ揺らす。
「いいえ、何でもありませんよ」
家に帰ると、玄関へきて笑顔で出迎える人の、言動の全ては彼のデジタルな頭脳の中に入っている。どんな言葉をどう聞き間違えるのか。どんな罠を仕掛ければ、一メートルも飛び上がって驚くのか。
(母に似た女性がいるとは思いませんでした)
母親に悪戯をして、それを堪能することが趣味だと言い切れる、自分がいることも知っている。マニアックな趣味だと、夕霧命にもよくあきれられた。そして、何もなかった大地に恋は芽吹いた。
(――彼女を愛したほうがいいという可能性が0.01%出てきた)
光命はスマートに彼女の手から荷物を取り、レディーファースト精神でエスコートし始めた。
「よろしかったら、お手伝いしますよ」
「ありがとうございます!」
光命の中で恋の可能性は上がり続け、八十二パーセントを超える日が近づいていった。
*
季節をいくつか過ぎ、新緑が庭の草木に広がった。城の隣にある大きな屋敷に、到着したリムジンから運転手が降りてくると、ドアが慣れた感じで開けられ、この屋敷の息子――光命が降り、ふわふわのドレスを着た女が続いた。
正式に付き合うと決めてから、両親への初めての挨拶。この世界の愛は永遠で、いつかは結婚する。だからこそ、きちんとしようと決めて、彼女を迎えにいった息子が屋敷へ戻ってきた。
玄関のドアにもう少しで近づくところで、待ちかねていた両親が中から出てきた。天然ボケを極めている母が両手を胸の前で組んで、目をキラキラと輝かせる。
「あらあら? 素敵なお嬢さんじゃない?」
「いや~、光のことをよろしくお願いします」
子供たちと同じ年代に見える両親は、当の本人たちより大盛り上がりで、大人気なくはしゃいでいる。他の人のお宅で、しかも城の隣に建っている屋敷で、彼女は額に汗をにじませた。
「あ、あの……」
光命は両手を空へ向かって、頬の横まで上げて、降参のポーズを取る。
「困りましたね。自己紹介がまだですよ」
大人として最低限の挨拶のはずなのに、それをすっ飛ばして、母親はフライング気味で、彼女の手を優しく引っ張った。父親もすぐ脇で、言葉だけで便乗する。
「とにかく中にお入りなさいよ。座ってからでもいいじゃない?」
「さささ、どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女が両親に半ば強引に廊下の絨毯の上を歩かされて、連れていかれる姿をゆっくり追いかけようと、光命はする。
「おかしな人たちですね。ですが、父と母も喜んでいるのかもしれない」
お手伝いさんがそばへきて、小さな四角い紙を差し出した。光命は神経質な手で受け取り、
「おや? 私宛の手紙……」
後ろへひっくり返すと、堂々たる獅子の紋章のシーリングスタンプで封をされていた。それはこの世界に住むものならば、誰でも知っているもの。
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