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最後の恋は神さまとでした
気づいた時にはそばにいた/3
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後ろ向きで光命は歩き出した。転ばないという可能性が高いと踏んでいるのだろう。夕霧命は単純明快シンプルな回答をした。
「教えられたは、教えられただ。事実は事実だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そこから、可能性や何かを導き出すから、生きていることは楽しいんだろう?」
相手を変えたいとは思っていない。ただお互いの意見を言い合う。そして、夕霧命は相手を受け入れたいのだ。
「お前はそれでいい。それがお前だ」
「そうだな。君はあの芝生の上でじっとしているのが、君らしいってことだ」
光命から見ると、夕霧命はそう見えるようだった。何かに夢中になっていても、自分と違ってまわりの情報をもちゃっかり収集している光命。無感情のはしばみ色をした瞳はまた細められた。
「そうだ」
細い腕を組んで、光命は正面を向いて、ぶつぶつと思案し続ける。
「違っているのに共感できるというのは、どういう理由がそこに存在するんだろうな?」
「考えるな」
この従兄弟ときたら、さっき池に落ちたことはデジタルに切り捨てて、好きな思考回路にまた酔いしれている。言っても聞かないのだろうと、夕霧命は珍しく再び目を細めた。
*
大きなコンサートホールでたくさんの観客の前に、黒いグランドピアノが音色を人々に響き渡らせていた。
激しい雨を表すような十六分音符の六連符。雷鳴のように不規則に入り込むフォルティッシモの高音が、紺の長い髪を持つ十一歳になったばかりの、中学一年生の両手で奏でられてゆく。
天才という名がふさわしい少年が、両手を飛び跳ねるように鍵盤から離すと、曲はフィナーレを迎え、会場から拍手喝采が上がった。
全体的に線の細い従兄弟が演奏を終えて、お辞儀をしているのを、無感情のはしばみ色をした瞳が頼もしげに見つめていた。
コンクールは表彰式まで終了し、ロビーは親子連れでごった返していた。その中で、順調に背丈が伸びている夕霧命は、人々に囲まれ、カメラのフラッシュを浴びている一位を取った子に近づいていった。
「光、コンクール一位おめでとう」
テレビ局のカメラや雑誌の記者は仕事を終えたというように、光命から去っていった。緊張の多かったコンクールだが、いつも通りの従兄弟を前にしてほっとし、光命は上品に微笑んだ。
「ありがとう。君のことを思って曲を作ったんだ」
「感謝する」
「でも、僕と君は違うところが多いだろう? だから、弾きこなせるようになるまで、いつもよりも練習を多くした」
表現をするためには、それを演じる力も必要なのだと、すでに学んでいる将来有望なピアニストは、また理論を披露した。
「何回増やした?」
「五十二回だ」
「相変わらずだ」
花束に埋もれた光命はコンクールのたびに祝ってくれる従兄弟に、自分も同じことをしたくなった。
「君は何か習い事はしないのかい?」
「思いつかない」
「いちばん好きな教科は?」
「体育だ」
乗馬はするが、どうも学校の体育は得意とは言えない光命。あごに手を当てて、思案し始める。
「体を動かすことか。そうだな? 水泳なんかはどうだい? イルカの先生が教えてくれる塾があるって聞いた」
「参考にはしてみる」
嘘をつかない従兄弟が光命は好きだった。やらなければ、やらないだ。しかし、いつかは光命は今日彼がしてくれたように、夕霧命を応援する立場になりたいと願った。
お手伝いさんが花束をリムジンへ運び出した。
「今日、コンクールで一位を取った記念にお祝いを家でするんだ。夕霧もこないかい?」
「邪魔する」
荷物はすぐに運び終え、光命は近所に住んでいる従兄弟に振り返った。
「それじゃ、一緒にうちのリムジンで帰ろう?」
「家に連絡する」
中学生でも親に連絡をしないで、従兄弟の家に行くのは、躾が厳しい家庭で育っている夕霧命には許されていなかった。しかし、それはいつものことであり、光命は何が起きているか予測済みだった。
「僕の母親がもう連絡している可能性は99.99%だから、する必要はないかもしれないよ」
いつも自分たちだけの秘密だと思っていることが、母親二人まで知っている。しかも話題にして、楽しそうに笑っている姿を二人とも見てきた。
「そうだ。俺たちの母親たちは仲がいい」
「その影響を受けて、僕たちもさ」
ピアノのコンクールに相応しく、正装をしている従兄弟二人は、運転手によって開けられたドアから、黒塗りのリムジンへ乗り込んだ。
「教えられたは、教えられただ。事実は事実だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そこから、可能性や何かを導き出すから、生きていることは楽しいんだろう?」
相手を変えたいとは思っていない。ただお互いの意見を言い合う。そして、夕霧命は相手を受け入れたいのだ。
「お前はそれでいい。それがお前だ」
「そうだな。君はあの芝生の上でじっとしているのが、君らしいってことだ」
光命から見ると、夕霧命はそう見えるようだった。何かに夢中になっていても、自分と違ってまわりの情報をもちゃっかり収集している光命。無感情のはしばみ色をした瞳はまた細められた。
「そうだ」
細い腕を組んで、光命は正面を向いて、ぶつぶつと思案し続ける。
「違っているのに共感できるというのは、どういう理由がそこに存在するんだろうな?」
「考えるな」
この従兄弟ときたら、さっき池に落ちたことはデジタルに切り捨てて、好きな思考回路にまた酔いしれている。言っても聞かないのだろうと、夕霧命は珍しく再び目を細めた。
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大きなコンサートホールでたくさんの観客の前に、黒いグランドピアノが音色を人々に響き渡らせていた。
激しい雨を表すような十六分音符の六連符。雷鳴のように不規則に入り込むフォルティッシモの高音が、紺の長い髪を持つ十一歳になったばかりの、中学一年生の両手で奏でられてゆく。
天才という名がふさわしい少年が、両手を飛び跳ねるように鍵盤から離すと、曲はフィナーレを迎え、会場から拍手喝采が上がった。
全体的に線の細い従兄弟が演奏を終えて、お辞儀をしているのを、無感情のはしばみ色をした瞳が頼もしげに見つめていた。
コンクールは表彰式まで終了し、ロビーは親子連れでごった返していた。その中で、順調に背丈が伸びている夕霧命は、人々に囲まれ、カメラのフラッシュを浴びている一位を取った子に近づいていった。
「光、コンクール一位おめでとう」
テレビ局のカメラや雑誌の記者は仕事を終えたというように、光命から去っていった。緊張の多かったコンクールだが、いつも通りの従兄弟を前にしてほっとし、光命は上品に微笑んだ。
「ありがとう。君のことを思って曲を作ったんだ」
「感謝する」
「でも、僕と君は違うところが多いだろう? だから、弾きこなせるようになるまで、いつもよりも練習を多くした」
表現をするためには、それを演じる力も必要なのだと、すでに学んでいる将来有望なピアニストは、また理論を披露した。
「何回増やした?」
「五十二回だ」
「相変わらずだ」
花束に埋もれた光命はコンクールのたびに祝ってくれる従兄弟に、自分も同じことをしたくなった。
「君は何か習い事はしないのかい?」
「思いつかない」
「いちばん好きな教科は?」
「体育だ」
乗馬はするが、どうも学校の体育は得意とは言えない光命。あごに手を当てて、思案し始める。
「体を動かすことか。そうだな? 水泳なんかはどうだい? イルカの先生が教えてくれる塾があるって聞いた」
「参考にはしてみる」
嘘をつかない従兄弟が光命は好きだった。やらなければ、やらないだ。しかし、いつかは光命は今日彼がしてくれたように、夕霧命を応援する立場になりたいと願った。
お手伝いさんが花束をリムジンへ運び出した。
「今日、コンクールで一位を取った記念にお祝いを家でするんだ。夕霧もこないかい?」
「邪魔する」
荷物はすぐに運び終え、光命は近所に住んでいる従兄弟に振り返った。
「それじゃ、一緒にうちのリムジンで帰ろう?」
「家に連絡する」
中学生でも親に連絡をしないで、従兄弟の家に行くのは、躾が厳しい家庭で育っている夕霧命には許されていなかった。しかし、それはいつものことであり、光命は何が起きているか予測済みだった。
「僕の母親がもう連絡している可能性は99.99%だから、する必要はないかもしれないよ」
いつも自分たちだけの秘密だと思っていることが、母親二人まで知っている。しかも話題にして、楽しそうに笑っている姿を二人とも見てきた。
「そうだ。俺たちの母親たちは仲がいい」
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