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最後の恋は神さまとでした
敵の大将は結婚なり/3
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自分の知らないところで、隣にいる男は成長している。孔明は扇子を唇にトントンと当てた。
「ふーん」
お互いをさえぎるものがなくなって、張飛はごろっと横向きになり、親友を冷やかす。
「孔明はまた相変わらず、仕事仕事っすか?」
扇子は勢いよく開かれ、孔明は前を向いたまま熱くなった頬を扇いだ。
「そう。家族はいらない。紅朱凛がボクの助手をしてくれるから仕事はできる。ずっとやりたかったことだし……」
結婚するという可能性の数値は、神をもうならせた天才軍師の中では上がらない。その数値を変える情報が前と変わったが、今の会話で可能性の数値は逆に大きく下がった。
頭の中で理論立てて考えている孔明の隣で、浮かれ気分の張飛は優しく添えるようにつけ加えた。
「でも、結婚もいいっすよ」
孔明の癖――手を軽く握って、自分の爪を見る。その本当の意味は、大きな手のひらの中で、銅色の懐中時計が時を刻んでいるのだ。
八月十四日金曜日、十四時七分五十秒――。
「ん~、ボクはいいかな?」
夏の日差しが草原の緑を濃く冴えさせるのに、孔明の心の中は土砂降りの雨みたいだった。
違う。ボクは結婚しない。ううん、ボクは結婚できない。
張飛は汗を両手で拭って、ガバッと起き上がった。
「そうっすか」
ただのうなずきで、孔明の感情は通過点――過去になってゆく。
「宇宙船でどのくらいかかるの?」
「そうっすね~? 一週間弱っすよ」
私塾を開いている孔明にとっては、片道一週間の休みはダメージが大きく、そうそう会いに行けない可能性が高く、
「そう……」
どうしても返事が失速して、床の上に落ちてしまうのだった。張飛は親友として、孔明を励ます。
「たまには遊びにくるっすよ」
「うん。ボクも行けたら行く」
雲ひとつない夏空が色褪せて、やけに苦い味がして、今でもそれは精巧な頭脳の中にはっきりと残っていた――。
*
空港へ見送りにきた孔明は、張飛が彼女と一緒に、まわりが目に入らない様子で去ってゆく後ろ姿に手を振っていたが、全く振り返らないものだから、細いブレスレットをした手を乱暴に下ろした。
「何、あれ……。あんなにデレデレしちゃって!」
ピンク色をしたハートが生まれては上へ上がってゆくようなふたりを見送りながら、孔明は珍しく憤慨した。
「もう! 張飛ったら、ボクの気持ち全然わかってないんだから……。ボクは、ボクは――」
全ての音が消えた。
(張飛を好きなんだ――)
聡明な瑠璃紺色をした瞳は涙でにじみ始めた。大先生だって泣くのだ。原動力は感情なのだから。
地上で生きていた時、感情に流されて大切なものをたくさん失った。それを繰り返さないために、感情をコントロールする術を探して探して、冷静な頭脳で抑える方法を思いついて、上手くなっていっただけなのだ。
タカがはずれれば泣くのだ。氷雨降る大地で一人きり佇むように、悲しみという熱は頬から消えてゆき、目の縁を超えそうだった涙はなくなっていった。
(地球で生きてた時は違ったんだ。あの日、神界で再会してから、ボクは少しずつ張飛に惹かれていった)
全てを覚えている頭脳の中で何ひとつもれず、会話の一字一句も間違えず再生されてゆく。
(最初は張飛と恋愛成就する可能性が高かった。でも、紅朱凛に出会って、彼女が追い越していった)
天才軍師の前にやってきたのは、愛の重複という作戦だった。
まわりの音はもう正常に戻り、行き交う人の群れに紛れそうになる張飛を見つめたまま、孔明は扇子を取り出し、唇をトントンと叩く。
(恋も命がけの戦争と同じ。相手が振り向く可能性を上げるための作戦を考えて、罠を仕掛けてゆく)
しかし、恋する軍師の前に立ちはだかったのは、失恋でも結婚でも何でもなく、法律だった。
孔明はそばにあったベンチにどさっと座り、ため息をついた。
「でも、作戦は実行できない……。みんな仲良くだから」
最初は、再会した親友が敵の本隊だと思った。しかし、それは一部隊で、紅朱凛と絆という四角関係になっていたのだ。
孔明は足を組んで頬杖をつき、もう見えなくなってしまった親友のあの大きな背中を思い出す。あの男を落とす戦術は簡単だったのだ。しかし、
(ボクと張飛だけが恋に落ちるのは、もうできない)
難易度は上がり、攻略が難しくなってしまった。聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられ、パンダの親子や龍が横切ってゆくのを、何ひとつ間違えることなく、脳に記憶してゆく。
(だってそうでしょ? ボクは紅朱凛も好き。張飛は絆が好き。紅朱凛はボクのことが好き。絆は張飛のことが好き)
円を描くように布陣がとられて、矢印があちこちに引かれる。
(みんながそれぞれを好きにならないと、法律違反になる。それは、張飛が紅朱凛とボクを好きになる。紅朱凛が張飛と絆を好きになる。絆がボクと紅朱凛を好きになる)
それぞれ三人ずつ好きにならないと、永遠の世界では勝利はやってこないのだ。あきらめて手を離すのは簡単だが、続けてゆくのは難しい。それはどの世界でも一緒だった。 自分の知らないところで、隣にいる男は成長している。孔明は扇子を唇にトントンと当てた。
「ふーん」
お互いをさえぎるものがなくなって、張飛はごろっと横向きになり、親友を冷やかす。
「孔明はまた相変わらず、仕事仕事っすか?」
扇子は勢いよく開かれ、孔明は前を向いたまま熱くなった頬を扇いだ。
「そう。家族はいらない。紅朱凛がボクの助手をしてくれるから仕事はできる。ずっとやりたかったことだし……」
結婚するという可能性の数値は、神をもうならせた天才軍師の中では上がらない。その数値を変える情報が前と変わったが、今の会話で可能性の数値は逆に大きく下がった。
頭の中で理論立てて考えている孔明の隣で、浮かれ気分の張飛は優しく添えるようにつけ加えた。
「でも、結婚もいいっすよ」
孔明の癖――手を軽く握って、自分の爪を見る。その本当の意味は、大きな手のひらの中で、銅色の懐中時計が時を刻んでいるのだ。
八月十四日金曜日、十四時七分五十秒――。
「ん~、ボクはいいかな?」
夏の日差しが草原の緑を濃く冴えさせるのに、孔明の心の中は土砂降りの雨みたいだった。
違う。ボクは結婚しない。ううん、ボクは結婚できない。
張飛は汗を両手で拭って、ガバッと起き上がった。
「そうっすか」
ただのうなずきで、孔明の感情は通過点――過去になってゆく。
「宇宙船でどのくらいかかるの?」
「そうっすね~? 一週間弱っすよ」
私塾を開いている孔明にとっては、片道一週間の休みはダメージが大きく、そうそう会いに行けない可能性が高く、
「そう……」
どうしても返事が失速して、床の上に落ちてしまうのだった。張飛は親友として、孔明を励ます。
「たまには遊びにくるっすよ」
「うん。ボクも行けたら行く」
雲ひとつない夏空が色褪せて、やけに苦い味がして、今でもそれは精巧な頭脳の中にはっきりと残っていた――。
*
空港へ見送りにきた孔明は、張飛が彼女と一緒に、まわりが目に入らない様子で去ってゆく後ろ姿に手を振っていたが、全く振り返らないものだから、細いブレスレットをした手を乱暴に下ろした。
「何、あれ……。あんなにデレデレしちゃって!」
ピンク色をしたハートが生まれては上へ上がってゆくようなふたりを見送りながら、孔明は珍しく憤慨した。
「もう! 張飛ったら、ボクの気持ち全然わかってないんだから……。ボクは、ボクは――」
全ての音が消えた。
(張飛を好きなんだ――)
聡明な瑠璃紺色をした瞳は涙でにじみ始めた。大先生だって泣くのだ。原動力は感情なのだから。
地上で生きていた時、感情に流されて大切なものをたくさん失った。それを繰り返さないために、感情をコントロールする術を探して探して、冷静な頭脳で抑える方法を思いついて、上手くなっていっただけなのだ。
タカがはずれれば泣くのだ。氷雨降る大地で一人きり佇むように、悲しみという熱は頬から消えてゆき、目の縁を超えそうだった涙はなくなっていった。
(地球で生きてた時は違ったんだ。あの日、神界で再会してから、ボクは少しずつ張飛に惹かれていった)
全てを覚えている頭脳の中で何ひとつもれず、会話の一字一句も間違えず再生されてゆく。
(最初は張飛と恋愛成就する可能性が高かった。でも、紅朱凛に出会って、彼女が追い越していった)
天才軍師の前にやってきたのは、愛の重複という作戦だった。
まわりの音はもう正常に戻り、行き交う人の群れに紛れそうになる張飛を見つめたまま、孔明は扇子を取り出し、唇をトントンと叩く。
(恋も命がけの戦争と同じ。相手が振り向く可能性を上げるための作戦を考えて、罠を仕掛けてゆく)
しかし、恋する軍師の前に立ちはだかったのは、失恋でも結婚でも何でもなく、法律だった。
孔明はそばにあったベンチにどさっと座り、ため息をついた。
「でも、作戦は実行できない……。みんな仲良くだから」
最初は、再会した親友が敵の本隊だと思った。しかし、それは一部隊で、紅朱凛と絆という四角関係になっていたのだ。
孔明は足を組んで頬杖をつき、もう見えなくなってしまった親友のあの大きな背中を思い出す。あの男を落とす戦術は簡単だったのだ。しかし、
(ボクと張飛だけが恋に落ちるのは、もうできない)
難易度は上がり、攻略が難しくなってしまった。聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられ、パンダの親子や龍が横切ってゆくのを、何ひとつ間違えることなく、脳に記憶してゆく。
(だってそうでしょ? ボクは紅朱凛も好き。張飛は絆が好き。紅朱凛はボクのことが好き。絆は張飛のことが好き)
円を描くように布陣がとられて、矢印があちこちに引かれる。
(みんながそれぞれを好きにならないと、法律違反になる。それは、張飛が紅朱凛とボクを好きになる。紅朱凛が張飛と絆を好きになる。絆がボクと紅朱凛を好きになる)
それぞれ三人ずつ好きにならないと、永遠の世界では勝利はやってこないのだ。あきらめて手を離すのは簡単だが、続けてゆくのは難しい。それはどの世界でも一緒だった。
「ふーん」
お互いをさえぎるものがなくなって、張飛はごろっと横向きになり、親友を冷やかす。
「孔明はまた相変わらず、仕事仕事っすか?」
扇子は勢いよく開かれ、孔明は前を向いたまま熱くなった頬を扇いだ。
「そう。家族はいらない。紅朱凛がボクの助手をしてくれるから仕事はできる。ずっとやりたかったことだし……」
結婚するという可能性の数値は、神をもうならせた天才軍師の中では上がらない。その数値を変える情報が前と変わったが、今の会話で可能性の数値は逆に大きく下がった。
頭の中で理論立てて考えている孔明の隣で、浮かれ気分の張飛は優しく添えるようにつけ加えた。
「でも、結婚もいいっすよ」
孔明の癖――手を軽く握って、自分の爪を見る。その本当の意味は、大きな手のひらの中で、銅色の懐中時計が時を刻んでいるのだ。
八月十四日金曜日、十四時七分五十秒――。
「ん~、ボクはいいかな?」
夏の日差しが草原の緑を濃く冴えさせるのに、孔明の心の中は土砂降りの雨みたいだった。
違う。ボクは結婚しない。ううん、ボクは結婚できない。
張飛は汗を両手で拭って、ガバッと起き上がった。
「そうっすか」
ただのうなずきで、孔明の感情は通過点――過去になってゆく。
「宇宙船でどのくらいかかるの?」
「そうっすね~? 一週間弱っすよ」
私塾を開いている孔明にとっては、片道一週間の休みはダメージが大きく、そうそう会いに行けない可能性が高く、
「そう……」
どうしても返事が失速して、床の上に落ちてしまうのだった。張飛は親友として、孔明を励ます。
「たまには遊びにくるっすよ」
「うん。ボクも行けたら行く」
雲ひとつない夏空が色褪せて、やけに苦い味がして、今でもそれは精巧な頭脳の中にはっきりと残っていた――。
*
空港へ見送りにきた孔明は、張飛が彼女と一緒に、まわりが目に入らない様子で去ってゆく後ろ姿に手を振っていたが、全く振り返らないものだから、細いブレスレットをした手を乱暴に下ろした。
「何、あれ……。あんなにデレデレしちゃって!」
ピンク色をしたハートが生まれては上へ上がってゆくようなふたりを見送りながら、孔明は珍しく憤慨した。
「もう! 張飛ったら、ボクの気持ち全然わかってないんだから……。ボクは、ボクは――」
全ての音が消えた。
(張飛を好きなんだ――)
聡明な瑠璃紺色をした瞳は涙でにじみ始めた。大先生だって泣くのだ。原動力は感情なのだから。
地上で生きていた時、感情に流されて大切なものをたくさん失った。それを繰り返さないために、感情をコントロールする術を探して探して、冷静な頭脳で抑える方法を思いついて、上手くなっていっただけなのだ。
タカがはずれれば泣くのだ。氷雨降る大地で一人きり佇むように、悲しみという熱は頬から消えてゆき、目の縁を超えそうだった涙はなくなっていった。
(地球で生きてた時は違ったんだ。あの日、神界で再会してから、ボクは少しずつ張飛に惹かれていった)
全てを覚えている頭脳の中で何ひとつもれず、会話の一字一句も間違えず再生されてゆく。
(最初は張飛と恋愛成就する可能性が高かった。でも、紅朱凛に出会って、彼女が追い越していった)
天才軍師の前にやってきたのは、愛の重複という作戦だった。
まわりの音はもう正常に戻り、行き交う人の群れに紛れそうになる張飛を見つめたまま、孔明は扇子を取り出し、唇をトントンと叩く。
(恋も命がけの戦争と同じ。相手が振り向く可能性を上げるための作戦を考えて、罠を仕掛けてゆく)
しかし、恋する軍師の前に立ちはだかったのは、失恋でも結婚でも何でもなく、法律だった。
孔明はそばにあったベンチにどさっと座り、ため息をついた。
「でも、作戦は実行できない……。みんな仲良くだから」
最初は、再会した親友が敵の本隊だと思った。しかし、それは一部隊で、紅朱凛と絆という四角関係になっていたのだ。
孔明は足を組んで頬杖をつき、もう見えなくなってしまった親友のあの大きな背中を思い出す。あの男を落とす戦術は簡単だったのだ。しかし、
(ボクと張飛だけが恋に落ちるのは、もうできない)
難易度は上がり、攻略が難しくなってしまった。聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられ、パンダの親子や龍が横切ってゆくのを、何ひとつ間違えることなく、脳に記憶してゆく。
(だってそうでしょ? ボクは紅朱凛も好き。張飛は絆が好き。紅朱凛はボクのことが好き。絆は張飛のことが好き)
円を描くように布陣がとられて、矢印があちこちに引かれる。
(みんながそれぞれを好きにならないと、法律違反になる。それは、張飛が紅朱凛とボクを好きになる。紅朱凛が張飛と絆を好きになる。絆がボクと紅朱凛を好きになる)
それぞれ三人ずつ好きにならないと、永遠の世界では勝利はやってこないのだ。あきらめて手を離すのは簡単だが、続けてゆくのは難しい。それはどの世界でも一緒だった。 自分の知らないところで、隣にいる男は成長している。孔明は扇子を唇にトントンと当てた。
「ふーん」
お互いをさえぎるものがなくなって、張飛はごろっと横向きになり、親友を冷やかす。
「孔明はまた相変わらず、仕事仕事っすか?」
扇子は勢いよく開かれ、孔明は前を向いたまま熱くなった頬を扇いだ。
「そう。家族はいらない。紅朱凛がボクの助手をしてくれるから仕事はできる。ずっとやりたかったことだし……」
結婚するという可能性の数値は、神をもうならせた天才軍師の中では上がらない。その数値を変える情報が前と変わったが、今の会話で可能性の数値は逆に大きく下がった。
頭の中で理論立てて考えている孔明の隣で、浮かれ気分の張飛は優しく添えるようにつけ加えた。
「でも、結婚もいいっすよ」
孔明の癖――手を軽く握って、自分の爪を見る。その本当の意味は、大きな手のひらの中で、銅色の懐中時計が時を刻んでいるのだ。
八月十四日金曜日、十四時七分五十秒――。
「ん~、ボクはいいかな?」
夏の日差しが草原の緑を濃く冴えさせるのに、孔明の心の中は土砂降りの雨みたいだった。
違う。ボクは結婚しない。ううん、ボクは結婚できない。
張飛は汗を両手で拭って、ガバッと起き上がった。
「そうっすか」
ただのうなずきで、孔明の感情は通過点――過去になってゆく。
「宇宙船でどのくらいかかるの?」
「そうっすね~? 一週間弱っすよ」
私塾を開いている孔明にとっては、片道一週間の休みはダメージが大きく、そうそう会いに行けない可能性が高く、
「そう……」
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「たまには遊びにくるっすよ」
「うん。ボクも行けたら行く」
雲ひとつない夏空が色褪せて、やけに苦い味がして、今でもそれは精巧な頭脳の中にはっきりと残っていた――。
*
空港へ見送りにきた孔明は、張飛が彼女と一緒に、まわりが目に入らない様子で去ってゆく後ろ姿に手を振っていたが、全く振り返らないものだから、細いブレスレットをした手を乱暴に下ろした。
「何、あれ……。あんなにデレデレしちゃって!」
ピンク色をしたハートが生まれては上へ上がってゆくようなふたりを見送りながら、孔明は珍しく憤慨した。
「もう! 張飛ったら、ボクの気持ち全然わかってないんだから……。ボクは、ボクは――」
全ての音が消えた。
(張飛を好きなんだ――)
聡明な瑠璃紺色をした瞳は涙でにじみ始めた。大先生だって泣くのだ。原動力は感情なのだから。
地上で生きていた時、感情に流されて大切なものをたくさん失った。それを繰り返さないために、感情をコントロールする術を探して探して、冷静な頭脳で抑える方法を思いついて、上手くなっていっただけなのだ。
タカがはずれれば泣くのだ。氷雨降る大地で一人きり佇むように、悲しみという熱は頬から消えてゆき、目の縁を超えそうだった涙はなくなっていった。
(地球で生きてた時は違ったんだ。あの日、神界で再会してから、ボクは少しずつ張飛に惹かれていった)
全てを覚えている頭脳の中で何ひとつもれず、会話の一字一句も間違えず再生されてゆく。
(最初は張飛と恋愛成就する可能性が高かった。でも、紅朱凛に出会って、彼女が追い越していった)
天才軍師の前にやってきたのは、愛の重複という作戦だった。
まわりの音はもう正常に戻り、行き交う人の群れに紛れそうになる張飛を見つめたまま、孔明は扇子を取り出し、唇をトントンと叩く。
(恋も命がけの戦争と同じ。相手が振り向く可能性を上げるための作戦を考えて、罠を仕掛けてゆく)
しかし、恋する軍師の前に立ちはだかったのは、失恋でも結婚でも何でもなく、法律だった。
孔明はそばにあったベンチにどさっと座り、ため息をついた。
「でも、作戦は実行できない……。みんな仲良くだから」
最初は、再会した親友が敵の本隊だと思った。しかし、それは一部隊で、紅朱凛と絆という四角関係になっていたのだ。
孔明は足を組んで頬杖をつき、もう見えなくなってしまった親友のあの大きな背中を思い出す。あの男を落とす戦術は簡単だったのだ。しかし、
(ボクと張飛だけが恋に落ちるのは、もうできない)
難易度は上がり、攻略が難しくなってしまった。聡明な瑠璃紺色の瞳はあちこちに向けられ、パンダの親子や龍が横切ってゆくのを、何ひとつ間違えることなく、脳に記憶してゆく。
(だってそうでしょ? ボクは紅朱凛も好き。張飛は絆が好き。紅朱凛はボクのことが好き。絆は張飛のことが好き)
円を描くように布陣がとられて、矢印があちこちに引かれる。
(みんながそれぞれを好きにならないと、法律違反になる。それは、張飛が紅朱凛とボクを好きになる。紅朱凛が張飛と絆を好きになる。絆がボクと紅朱凛を好きになる)
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