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最後の恋は神さまとでした
男はナンパでミラクル/1
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三ヶ月近くあった夏休みもようやく開けて、今日は十月三日――焉貴の教師デビューの日だった。
彼はもともと緊張するようなタイプではなく、一クラス六十人の一年生とその保護者の前でもナルシスト的に微笑んで、山吹色のボブ髪を頭を後ろへ倒す要領で、落ちてきた前髪をよけた。
「本日、算数の担当教師になりました、森羅万象 焉貴です。よろしくお願いします」
「お願いします!」
教育がきちんと行き届いている子供たちは元気に返事を返した。焉貴は生徒たちを見渡して、右手を斜め上へ向かって勢いよく上げる。
「よい返事です。花丸差し上げます!」
いつもの通り、パパ友たちは教室の後ろで肩を並べていた。今日のメンバーは、ガタイのいいウェスタンスタイルで決めている明引呼。
「ったくよ、またふざけた苗字つけやがって」
半袖のポロシャツを着て、風で乱れたカーキ色の髪を手で整えている貴増参。
「とても丁寧な物腰の方みたいです」
その隣には独健――ではなく、深緑の短髪と無感情、無動の瞳を持つ夕霧命は、黒板に数字を書き出した、焉貴の彫りの深い顔をじっと見つめていた。
「どこかで見たことがある……」
「夕霧、君もですか?」
あごに手を添えていた貴増参は、シャープな頬のラインを見せる夕霧命をじっと見つめた。明引呼は一人挟んで向こうにいる男の顔をのぞき込む。
「てめえもってか?」
まったく別の宇宙にいたのだから、会ったことはないはず。それなのに、男三人が似ていると思っているどころか、他の保護者からも同じような話が上がり、教室はざわざわしていた。
「はい、次はこちらを解いてください」
「は~い!」
焉貴は気にせず、仕事は仕事と割り切って、普通に働いていた。
「僕たちは古い口説き文句を言っているみたいです」
貴増参が言うと、握りしめた拳を唇に当てて、夕霧命なりの大爆笑を始めた。
「くくく……」
噛みしめるように笑い声を上げている男を端に見て、真ん中に立っている貴増参の腕を、明引呼の節々のはっきりした手の甲でトントンと叩いた。
「てめえ、今は真面目に話してんだろ」
誰かに似ている焉貴先生の授業は平和に元気に続いてゆく。ただの教師と保護者として男たち四人の関係はどこまでも変わらないはずだった。
*
紅葉が枯れ葉に変わり、生徒たちは冬休みとなった。一ヶ月近くもある休みで、学校の敷地や校庭に雪が白い綿帽子をかぶせる。しかし、首都にある姫ノ館では、翌日は必ず晴れて、雪だるまは氷の世界へ帰ってゆくのだった。
そして、今年――神界では三百六十五日を一期と数える。今季も四月がやってきて、休みの間に五歳になった新入生の入学式が始業式に行われた。
休み明けは新しい友達が爆発的に増える時で、学校中がざわざわと落ち着きがなくなる日でもあった。
校舎のあちこちで、新しい友達にみんなが話しかけたり、誕生日パーティーに行くと約束している声が聞こえてくる。
休み時間。焉貴は中庭のベンチへ瞬間移動をして、昼寝をする要領で寝転がった。美しい曲線を見せる校舎の屋根を下から眺める。
「学校もすごいね、芸術センス抜群。才能のあるやつが世の中にはたくさんいるね」
階段も教室もただの四角く角ばったものではなく、まさしく神がかりなデザインのものばかりだった。
両腕を枕にして、黄緑色の瞳に春の日差しを招き入れる。
「俺、家出て思ったけどさ。子供好きなんだね。楽しいよ、仕事」
生徒のざわめきが心地よいさざ波のように耳に押し寄せては引いてゆくを繰り返す。
「あいつらがさ、学んでいく姿見んの好き」
太陽もないのに青い空をバックに遠くの宇宙へ行く宇宙船が銀の線を引いて、空港から飛び立ってゆく。
「やっぱ都会に出てきてよかったわ」
そっと目を閉じると、春風が頬をなでて、新緑の季節のはずなのに、実りを迎える稲の乾いた匂いがする故郷のようだった。
「長い間、親のそばで生きてきたけど、いい転機がきたね。陛下のお陰で」
焉貴の綺麗な唇が止まると、子供たちの声がこっちへ向かってやってきた。
「先生って結婚するの?」
「ううん、今のところはしないわよ」
聞いたこともない声は、とても優しげで、どんな子供の心でも大きく包み込んでしまうような女のものだった。
焉貴は目を開けて、あたりのベンチを見渡す。ここはラブラブ天国と言っても過言ではない、カップルだらけの中庭だった。
「彼氏は?」
「いないわよ」
小学校一年生でも運命の人に出会ってしまうような神界。生徒たちに囲まれながら、女性教師が焉貴の頭から足へ向かってベンチを通り過ぎてゆく。
「じゃあ、これからいい人に出会うね!」
「そうだね、そうだ!」
「ありがとう」
優しく微笑んで、生徒たちの間にしゃがみ込み、女はみんなの頭をなでた。焉貴はさっと上半身を起こして、
「……いい女」
デッキシューズで少し近づいて、会ったこともな女性教師に気軽に声をかけた。
「ねぇ? そこの彼女?」
小学校の中庭で堂々とナンパが行われたのだった。
彼はもともと緊張するようなタイプではなく、一クラス六十人の一年生とその保護者の前でもナルシスト的に微笑んで、山吹色のボブ髪を頭を後ろへ倒す要領で、落ちてきた前髪をよけた。
「本日、算数の担当教師になりました、森羅万象 焉貴です。よろしくお願いします」
「お願いします!」
教育がきちんと行き届いている子供たちは元気に返事を返した。焉貴は生徒たちを見渡して、右手を斜め上へ向かって勢いよく上げる。
「よい返事です。花丸差し上げます!」
いつもの通り、パパ友たちは教室の後ろで肩を並べていた。今日のメンバーは、ガタイのいいウェスタンスタイルで決めている明引呼。
「ったくよ、またふざけた苗字つけやがって」
半袖のポロシャツを着て、風で乱れたカーキ色の髪を手で整えている貴増参。
「とても丁寧な物腰の方みたいです」
その隣には独健――ではなく、深緑の短髪と無感情、無動の瞳を持つ夕霧命は、黒板に数字を書き出した、焉貴の彫りの深い顔をじっと見つめていた。
「どこかで見たことがある……」
「夕霧、君もですか?」
あごに手を添えていた貴増参は、シャープな頬のラインを見せる夕霧命をじっと見つめた。明引呼は一人挟んで向こうにいる男の顔をのぞき込む。
「てめえもってか?」
まったく別の宇宙にいたのだから、会ったことはないはず。それなのに、男三人が似ていると思っているどころか、他の保護者からも同じような話が上がり、教室はざわざわしていた。
「はい、次はこちらを解いてください」
「は~い!」
焉貴は気にせず、仕事は仕事と割り切って、普通に働いていた。
「僕たちは古い口説き文句を言っているみたいです」
貴増参が言うと、握りしめた拳を唇に当てて、夕霧命なりの大爆笑を始めた。
「くくく……」
噛みしめるように笑い声を上げている男を端に見て、真ん中に立っている貴増参の腕を、明引呼の節々のはっきりした手の甲でトントンと叩いた。
「てめえ、今は真面目に話してんだろ」
誰かに似ている焉貴先生の授業は平和に元気に続いてゆく。ただの教師と保護者として男たち四人の関係はどこまでも変わらないはずだった。
*
紅葉が枯れ葉に変わり、生徒たちは冬休みとなった。一ヶ月近くもある休みで、学校の敷地や校庭に雪が白い綿帽子をかぶせる。しかし、首都にある姫ノ館では、翌日は必ず晴れて、雪だるまは氷の世界へ帰ってゆくのだった。
そして、今年――神界では三百六十五日を一期と数える。今季も四月がやってきて、休みの間に五歳になった新入生の入学式が始業式に行われた。
休み明けは新しい友達が爆発的に増える時で、学校中がざわざわと落ち着きがなくなる日でもあった。
校舎のあちこちで、新しい友達にみんなが話しかけたり、誕生日パーティーに行くと約束している声が聞こえてくる。
休み時間。焉貴は中庭のベンチへ瞬間移動をして、昼寝をする要領で寝転がった。美しい曲線を見せる校舎の屋根を下から眺める。
「学校もすごいね、芸術センス抜群。才能のあるやつが世の中にはたくさんいるね」
階段も教室もただの四角く角ばったものではなく、まさしく神がかりなデザインのものばかりだった。
両腕を枕にして、黄緑色の瞳に春の日差しを招き入れる。
「俺、家出て思ったけどさ。子供好きなんだね。楽しいよ、仕事」
生徒のざわめきが心地よいさざ波のように耳に押し寄せては引いてゆくを繰り返す。
「あいつらがさ、学んでいく姿見んの好き」
太陽もないのに青い空をバックに遠くの宇宙へ行く宇宙船が銀の線を引いて、空港から飛び立ってゆく。
「やっぱ都会に出てきてよかったわ」
そっと目を閉じると、春風が頬をなでて、新緑の季節のはずなのに、実りを迎える稲の乾いた匂いがする故郷のようだった。
「長い間、親のそばで生きてきたけど、いい転機がきたね。陛下のお陰で」
焉貴の綺麗な唇が止まると、子供たちの声がこっちへ向かってやってきた。
「先生って結婚するの?」
「ううん、今のところはしないわよ」
聞いたこともない声は、とても優しげで、どんな子供の心でも大きく包み込んでしまうような女のものだった。
焉貴は目を開けて、あたりのベンチを見渡す。ここはラブラブ天国と言っても過言ではない、カップルだらけの中庭だった。
「彼氏は?」
「いないわよ」
小学校一年生でも運命の人に出会ってしまうような神界。生徒たちに囲まれながら、女性教師が焉貴の頭から足へ向かってベンチを通り過ぎてゆく。
「じゃあ、これからいい人に出会うね!」
「そうだね、そうだ!」
「ありがとう」
優しく微笑んで、生徒たちの間にしゃがみ込み、女はみんなの頭をなでた。焉貴はさっと上半身を起こして、
「……いい女」
デッキシューズで少し近づいて、会ったこともな女性教師に気軽に声をかけた。
「ねぇ? そこの彼女?」
小学校の中庭で堂々とナンパが行われたのだった。
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