明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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最後の恋は神さまとでした

空似は方向音痴だ/2

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 全てを記憶する頭脳の持ち主――焉貴にとっては不思議なことだった。途中に曲がる廊下もなく、一本道なのに迷っている。おそらく、帰り道は子供に正しい廊下を教えられているのかもしれない。

 それが返って、三百億年生きてきた男には新鮮だった。ナルシスト的に微笑んで、日の短い冬空を見上げる。

「面白いじゃん、あいつ」

 窓に近寄って鍵を開ける。寒さいっぱいの風にボブ髪を揺らしながら、サッシに両腕を預けて、斜めに寄り掛かった。

「いいね、あいつと友達になりたいね」

 教科書はさっさと瞬間移動をして、職員室へ戻してしまった。奥さんが向かいの渡り廊下を生徒たちに囲まれながら歩いてゆく。それに軽く手を振ると、生徒たちが可愛く応えた。

 三十分もせずに、蓮は百叡を連れて一緒に突き当たりの廊下へやってきて、真っ直ぐそのまま通り過ぎようとする。百叡に腕を引っ張られて、正面玄関へと続く廊下と訂正され、歩いてくる。焉貴へ向かって。

 すっかり冷えてしまった窓を閉めて、蓮と百叡が通り過ぎようとすると、焉貴は振り返って声をかけた。

「明智さん?」
「はい?」

 百叡のくりっとした瞳が、不思議そうにパチパチと瞬きされた。銀髪不機嫌王子に、舞踏会でダンスを申し込むように片膝をつくように、焉貴はナルシスト的に微笑む。

「お時間よろしかったら、今度フルーツのおいしい店に行きませんか? 見た目が似ているのも何かの縁かと思いまして、いかかでしょうか?」
「…………」

 蓮は微動だにせず、鋭利なスミレ色の瞳は焉貴を凝視したままだった。

 百叡は先生の話はよくわかったが、パパの反応がいまいちピンとこなかった。さっきより激しく瞬きをする。

 焉貴は蓮を上から下までまじまじと見た。

「何それ? 返事もないし、リアクションもない。俺わかんないんだけど……」
「ふんっ!」

 蓮は腰のあたりで両腕を組み、焉貴から顔を背けた。百叡にはパパが何をしているのかわからなかったが、先生はまるで運命みたいによく意思が伝わっていた。

「『わかった』って言葉言いたくないってこと?」
「…………」

 蓮の鋭利なスミレ色の瞳は落ち着きなくあちこち向けられて、気まずそうに咳払いをした。

「んんっ! いい」
「そう」

 ナルシスト的な笑みはデジタルに消え失せ、無機質な返事がマダラ模様の声で舞った。それに似ているように、奥行きがある低めの声は人間の最低限の発音で返した。

「ん」

 間に立っていた百叡の顔が見る見る笑顔になってゆく。パパと先生が友達になったのだと思って。

    *

 その週の学校が休みの日。いつか孔明を高級ホテル前から拉致した、中心街にあるフルーツパーラーへ、焉貴と蓮はプライベートでやってきていた。

「ここってくる?」
「いや」
「そう」

 マスカット大盛りの皿から、翡翠色の実を一粒つまみ上げて、焉貴はポンと口の中へ入れた。

 湯気が上がるティーカップをスプーンでかき混ぜ終えた蓮は、顔は似ているが性格の違う男を鋭利なスミレ色の瞳で捉えた。

「なぜ、誘った?」
「俺さ、遠くの宇宙からきてて、友達探してんの。だから、お前と友達したくてさ、声かけた」
「ふーん」

 一口飲んで、ソーサーへ戻すと砂糖をまた入れて、蓮はコーヒーをかき混ぜた。ロンググラスに入った氷をストローで、焉貴はカラカラと鳴らす。

「お前は何でついてきたの?」
「俺が何をしようと俺の勝手だ。お前には関係ない」

 そっぽを向く蓮の前で、無機質な焉貴は怒るでもなく、残念がるでもなく、「そう」とただ短くうなづいて、

「っていうか、お前そういうやつなのね。ひねくれてる。まぁ、ある意味、自分に正直ってことね」
「なぜ、そんなことを言う?」

 焉貴はつまんでいたマスカットを、斜め上に持ち上げるように見せつけた。

「そうじゃん? 俺とお前が話してから、お礼を言ったのは二回。道に迷ってるのに誰にも聞かないのは、ひねくれてるでしょ?」
「なぜだ?」

 砂糖の袋をまた開けて、蓮はカップの中へ注ぎ込む。焉貴は飲み物を飲んで、理論派であると証明するように話し出した。

「聞くのが一番早いじゃん。教師がそこらへんに歩いてるんだからさ。それをしないのって、お前が意地張ってんでしょ? 自分で見つけてやるとかなんとか、そんな気持ちで」
「なぜわかる?」

 目の前にいる男は超能力でも使っているように、言い当ててくるのだった。しかし、全てを記憶する焉貴の異名は策士なのである。

「そう聞いちゃうと、認めたと一緒。だから、お前は自分に正直」

 蓮は手のひらでバンとテーブルを不機嫌に叩く。

「そんなことはいいから、理由をきちんと答えろ」

 と言ったのに、焉貴は無意識の直感――策略で平然と違う話へ持っていった。

「お前いくつ?」
「二十三だ」
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