明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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最後の恋は神さまとでした

もっと自由に羽ばたけ/1

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 その頃、神界では、漆黒の長い髪が指でつままれて、弄ぶようにつうっと引っ張られていた。

「食堂はどうしてやめちゃったんだっけ?」

 スピーカーフォンにしている携帯電話から、相手の軽いノリの声が縁側に響く。

「味見してたら、いつの間にか食材を全部食べてるっす。仕入れして、客に出さないうちに破綻っす」

 黄金のススキが豊かな尻尾を振る秋まではまだ少しばかり時間がある。濃い緑色が生い茂った草原が、聡明な瑠璃紺色の瞳に映っていた。

「次は何したんだっけ?」
「金物屋をやったっす」
「で、どうしてやめちゃったんだっけ?」
「困ってる人にただで分けて、商品がなくなったす」

 人がよすぎて、商売に全く向いていない男を前にして、孔明はとうとうイラッときて強く言い放った。

「もう、張飛はいっつもそんな調子なんだから!」

 奥さんにベタ惚れで、他の宇宙へ飛び立ち、滅多に会うこともない親友。その近況をこうやって、携帯電話で聞くのはもう慣れっこだった。

 どんなことでも豪快に笑い飛ばす張飛だったが、堪えているらしく珍しく元気がなかった。

「さすがに俺っちも落ち込んだっす。奥さんと子供三人もいるのに、世のため人のために役に立てないと思うと……」
「もっと手堅くいかないと、夢は叶えられないよ」

 私塾の講師という商売をしている孔明は、友人として忠告を何度もしてきた。

「孔明の意見も少しは汲んで、考えてたっすよ。でも、いい出会いがあったす」

 七転び八起き。その言葉がまさにぴったりくるタフガイ――張飛。今日はどうやらいい話を聞けそうな雰囲気が漂っていた。

 文机のそばの板に間に座ったまま、紫の扇子を広げて、孔明はパタパタと仰ぐ。

「何があったの?」
「小学生が俺っちのそばにきて、『張飛さんだ』って言ったす」

 有名人みたいな話をしている親友だったが、地球という限られた場所で生きてきた過去のある孔明は違和感をぶつけた。

「どうして、違う宇宙なのに、張飛のこと知ってるの?」
「恋愛シミュレーションゲームに俺っちモデルで出たから、小学生の女の子が声かけてくれたっす」
「そのゲームは知ってるよ。ボクが主役のモデルだったんだから」

 数年前にモデル起用が出版社からきたテレビテームのことだ。地球で軍師として実行した作戦を学びながら、恋愛するというものだった。

 塾の宣伝になると思い了承したが、女性ファンが大きく増え、また感覚的でおしゃべりの彼女たちに囲まれ、誘いを断る作戦が孔明はより上手くなったのだった。

 電話の向こうから、「そうだったすね」と照れたように言ったあと、

「で、子供に元気づけられたんで、小学校の体育教師になったっすよ」

 あの恋愛シミュレーションゲームのキャラクターでは、張飛は金髪で天色の澄んだ瞳をして、さわやか好青年で女性に好まれそうな感じだった。

 本物はあの毛むくじゃらの大男だ。彼が小さい子供に囲まれている。そんな姿を想像して、孔明は陽だまりみたいな穏やかな笑みになった。

「そう。合ってるんじゃない?」
「そうっすか。孔明にそう言われると、自信が湧くっすね」
「武術とか体動かすことやってたから、向いてるよ」

 空港で見送った日から、もう数年が経過する。張飛は今となっては三人の子持ちだった。

 仕事仕事の孔明とは違う人生を、すぐに会える距離ではない宇宙で生きている。それでも、彼が幸せなら、孔明も幸せなのだった。

 張飛が孔明の気持ちに気づくことは一度もなかったが、今はこの距離でいいのだ。夏空の青が目にやけに染む。

「孔明の仕事はどうっすか?」

 張飛に聞かれ、孔明は珍しく力なく返事をした。

「うん……」

 扇子をゆっくりと畳んで、ゴロッと縁側に寝転がる。太陽がないのに明るい世界。人間として生きてきた自分が通用しないのは百も承知だった。

 あれこれ勉強を続けて、今ではキャンセル待ちが出るほどの盛況ぶりだった。しかし、先を見通せる孔明の頭では、手詰まりになりかけていた。

「やっぱり、神さまの世界の価値観を理解するのには時間がかかるかな?」
「そうっすか?」

 電話の向こうの男は無事に乗り切って、先を進もうとしている。失敗もするが、何でも前向きに取って、人のすることは全て善意に解釈する。

 それに比べて、自分は相手の隙をとあらばを狙っているような考え方で、孔明は腕枕をして、立て膝で足を組んだ。

「張飛は明るいから、いいけど。ボクはちょっと違うところがあるから……」
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