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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
魔除の香りはローズマリー/2
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天使の彫像が両側に飾られた正門に、黒塗りのリムジンが何台も横付けされていた。施錠は解かれ、凱旋パレードでもするように、洋風の甲冑を着た男たちが次々と中へ占拠するように押し掛けていた。
人々が驚いているのを脇目に、甲冑を着た人々は廊下を我が物顔で奥へ奥へと進んでゆく。
止めようとする者がいても、先頭にいる人間が紙を一枚見せると、信じられない顔をして、両脇へよけて心配げにただことの成り行きを、人々は見守るしかなかった。
――全体的に紫で統一された執務室。聡明な瑠璃紺色の瞳を持つ若い男は白いローブを着て、立派な椅子に座り、ただ待った。これだけの大騒ぎだ、もうすでに部下から報告は上がっている。
ドアの外の廊下が行進するような統制の取れた足音で、遠くの地震が近づくように地鳴りとなって扉へと迫ってくると、突進するような勢いでそれは開いた。
軍事国家と言わんばかりの完全武装をした人々が顔を表した。そばにいた黒いローブを着た男たちが、ここは執務室であり、出入りは制限されている旨を伝えようとする。
「何事ですか? ノックもせずに、猊下の部屋へ入るとは……」
「いくら陛下の部下であろうとも、神聖な場では――」
「私は構いませんよ」
誰がどう聞いても好青年という、穏やかな印象のする若い男の声が待ったをかけた。
「はい……」
黒いローブを着た初老の男たちはしかたなしにうなずいて、部屋の壁へとよけた。
猊下と呼ばれた男は、肘掛にもたれて顔の前で両手を組み、足を妖艶に組み替えた。
「完全武装で教会へいらっしゃるとは、どのようなご用件ですか?」
王家の騎士団が、この国のほとんどの人々が信仰する宗教団体の教祖への訪問だったが、いささか服装がおかしいうえに、猊下と陛下のやり取りなど今までほとんどなかったのだ。
いかにも武者というようなゴツい体の男は大きな剣を腰に挿したまま、丸腰の教祖に向かって問いかけた。
「とぼけるおつもりですか?」
猊下は思う。人の話はよく聞くようにと。顔色ひとつ変えず、好青年の声で言い返してやった。
「質問したのは私です。陛下は人権をも剥奪するようにおっしゃったのですか?」
「……くっ!」
陛下の名を陥れるようなことになってしまい、教祖の前でひとり撃沈した。騎士団たちはお互いを視線で見合わせて、誰が次にこの猊下に声をかけるかどうかうかがっていた。いや譲り合っていた。
聡明な瑠璃紺色の瞳は穏やかな執務室を、殺伐とした雰囲気に変えてしまった輩を見渡す。
「忘れてしまったみたいですから、もう一度言いましょう。どのようなご用件ですか?」
「そう言っていられるのも今のうちでございます」
負け犬の遠吠え。それがまさしく似合う言い草だった。
猊下はまた思う。人の話はよく聞くようにと。顔色ひとつ変えず、好青年の声で言い返してやった、さっきよりレベルを上げて。
「私の質問に答えていません。会話を成立させられないとは、どのような教育を受けたのですか? 用件の内容を先ほどからうかがっています」
「くっ!」
そうしてまたひとり撃沈され、後ろへ下がってゆく。少し頭が切れそうな騎士が一歩前へ進み出た。
「前国王暗殺の罪で、謁見の間までご同行願います」
半年前にこの国を襲った悲劇だ。突然のニュースで、何としても犯人を捕まえたいと躍起な騎士団たちだったが、悪戯に時が過ぎてゆくだけで、未だに未解決のままだった。
猊下は足をまた組み替え、騎士団を射るように鋭く見つめる。
「そうですか。なぜ私を犯人だとおっしゃるのですか?」
「猊下もご存知の通り、密室での事件でございます。ですから、その……」
冷や汗をかいているのが手に取るようにわかる戸惑い方だった。証拠となる品どころか、痕跡がどこにもないことは、この国の誰もが周知していることだ。
猊下は長い髪を指先ですいていたが、一向に相手が話してこないので時間の無駄だと思い、先を促した。
「どうかされたのですか?」
「人の仕業ではなく……」
今や冷や汗は滝のように流れているように思えた。
「人間ではないとなると、他に何かございますか?」
「幽霊……もしくは天使……ではないでしょうか?」
車が空を飛ぶ先進国家。ここが宗教団体の建物でなかったら、笑い飛ばされてしまうかもしれなかった。
「…………」
教祖に何も言われず、まじまじと見つめ返された騎士は、なぜこんな非現実的なことを言ってしまったのだろうと、後悔をしながらひとりまた後ろへ下がった。
「猊下はそのような存在をも操れるという話でございますから……」
人とは面白いものだと、猊下は思う。自分は黒だと思っているのに、まわりが白だと言うと白に見えるのだから。
人々が驚いているのを脇目に、甲冑を着た人々は廊下を我が物顔で奥へ奥へと進んでゆく。
止めようとする者がいても、先頭にいる人間が紙を一枚見せると、信じられない顔をして、両脇へよけて心配げにただことの成り行きを、人々は見守るしかなかった。
――全体的に紫で統一された執務室。聡明な瑠璃紺色の瞳を持つ若い男は白いローブを着て、立派な椅子に座り、ただ待った。これだけの大騒ぎだ、もうすでに部下から報告は上がっている。
ドアの外の廊下が行進するような統制の取れた足音で、遠くの地震が近づくように地鳴りとなって扉へと迫ってくると、突進するような勢いでそれは開いた。
軍事国家と言わんばかりの完全武装をした人々が顔を表した。そばにいた黒いローブを着た男たちが、ここは執務室であり、出入りは制限されている旨を伝えようとする。
「何事ですか? ノックもせずに、猊下の部屋へ入るとは……」
「いくら陛下の部下であろうとも、神聖な場では――」
「私は構いませんよ」
誰がどう聞いても好青年という、穏やかな印象のする若い男の声が待ったをかけた。
「はい……」
黒いローブを着た初老の男たちはしかたなしにうなずいて、部屋の壁へとよけた。
猊下と呼ばれた男は、肘掛にもたれて顔の前で両手を組み、足を妖艶に組み替えた。
「完全武装で教会へいらっしゃるとは、どのようなご用件ですか?」
王家の騎士団が、この国のほとんどの人々が信仰する宗教団体の教祖への訪問だったが、いささか服装がおかしいうえに、猊下と陛下のやり取りなど今までほとんどなかったのだ。
いかにも武者というようなゴツい体の男は大きな剣を腰に挿したまま、丸腰の教祖に向かって問いかけた。
「とぼけるおつもりですか?」
猊下は思う。人の話はよく聞くようにと。顔色ひとつ変えず、好青年の声で言い返してやった。
「質問したのは私です。陛下は人権をも剥奪するようにおっしゃったのですか?」
「……くっ!」
陛下の名を陥れるようなことになってしまい、教祖の前でひとり撃沈した。騎士団たちはお互いを視線で見合わせて、誰が次にこの猊下に声をかけるかどうかうかがっていた。いや譲り合っていた。
聡明な瑠璃紺色の瞳は穏やかな執務室を、殺伐とした雰囲気に変えてしまった輩を見渡す。
「忘れてしまったみたいですから、もう一度言いましょう。どのようなご用件ですか?」
「そう言っていられるのも今のうちでございます」
負け犬の遠吠え。それがまさしく似合う言い草だった。
猊下はまた思う。人の話はよく聞くようにと。顔色ひとつ変えず、好青年の声で言い返してやった、さっきよりレベルを上げて。
「私の質問に答えていません。会話を成立させられないとは、どのような教育を受けたのですか? 用件の内容を先ほどからうかがっています」
「くっ!」
そうしてまたひとり撃沈され、後ろへ下がってゆく。少し頭が切れそうな騎士が一歩前へ進み出た。
「前国王暗殺の罪で、謁見の間までご同行願います」
半年前にこの国を襲った悲劇だ。突然のニュースで、何としても犯人を捕まえたいと躍起な騎士団たちだったが、悪戯に時が過ぎてゆくだけで、未だに未解決のままだった。
猊下は足をまた組み替え、騎士団を射るように鋭く見つめる。
「そうですか。なぜ私を犯人だとおっしゃるのですか?」
「猊下もご存知の通り、密室での事件でございます。ですから、その……」
冷や汗をかいているのが手に取るようにわかる戸惑い方だった。証拠となる品どころか、痕跡がどこにもないことは、この国の誰もが周知していることだ。
猊下は長い髪を指先ですいていたが、一向に相手が話してこないので時間の無駄だと思い、先を促した。
「どうかされたのですか?」
「人の仕業ではなく……」
今や冷や汗は滝のように流れているように思えた。
「人間ではないとなると、他に何かございますか?」
「幽霊……もしくは天使……ではないでしょうか?」
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「…………」
教祖に何も言われず、まじまじと見つめ返された騎士は、なぜこんな非現実的なことを言ってしまったのだろうと、後悔をしながらひとりまた後ろへ下がった。
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