491 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
夜に閉じ込められた聖女/1
しおりを挟む
小さな裸足は床でピタピタという音を漂わせながら、ひんやりした空気が広がる長い廊下を歩いてゆく。
窓の外は夜――。ガラスから入り込む青白い月影は四角く切り取られ、規則正しく斜めに床へ差す。どこまでも続くように先に行けば行くほど遠近法で細く小さくなってゆく。燭台の明かりは今はどこにもなく、月明かりだけが頼りだった。
雲がかかってしまったら常闇と化して前へ進めないどころか、どこか別の世界へ連れ去られてしまいそうな夜降ち。
空間は歪み、同じ場所を永遠と歩かされる無限ループみたいな廊下を、グリーンのふんわりしたネグリジェがまるで幽霊のようにゆらゆらと戸惑い気味にそれでも前へ進んでゆく。
「誰もいない……」
漆黒のストレート髪は腰までの長さで、月明かりをしなやかに反射して、前髪は眉の上でパツンと綺麗にそろえられていた。
くりっとした若草色の純粋な瞳は、自分の行く手を恐る恐る見つめる。いつもなら通り過ぎる廊下に、一人やふたり使用人や召使がいるのに、素足で歩いてゆく床は冷たく今は誰もいない。
「夜遅いから……?」
ひっそりと真っ直ぐ伸びている廊下。角を曲がったつもりはないのに、いつの間にか曲がったことになっている。
そんな常世の迷路という名がふさわしい回路のある、深更の古く大きな屋敷。そこで出会しそうな百鬼夜行という震駭のようだった。
昼間には怖さなどなく心霊現象の話を聞いても平気で歩けた廊下。それなのに、夜の住人が背後から迫りくるような戦慄。
まったく違う霊臭という現実に存在していないはずの香りが漂う、牙城へと変わり果てていた。
体温の略奪という冷気は死が手招きをしているよう。圧迫死させるような霊気が否応なしにのしかかる。必死で振り払っても振り払ってもまとわりついてくるようだった。
キシキシと軋み続けている床板の音がさらに冴え渡り大きくなったようで、自分だけが別次元を歩いているような不思議な感覚がする。
足音は気が狂いそうになるほど、どこまでもいつまでも響き渡る真夜中の廊下。
その時、少女の背後でドアではなく、壁から何かが突如、物理的な法則を無視してすうっと出てきた。窓のほうへさあっと、煙が風で吹かれたように消え去ってゆく。
廊下の横断という怪奇現象が起きた。気配と視線に気づいて、六歳の少女は自分が歩いてきた後ろへふと振り返る。
「怖い……」
しかし、そこには誰もいなかった。吸い込まれそうな闇が遠くへ行けば行くほど細く濃くなり、恐怖に駆られて手に持っていた人形をきつく握りしめる。
再び前を向いて歩き出そうとすると、誰かと誰かが言い争っているような声が微かに耳へ忍び込んできた。
「ん?」
少女は息を潜め、廊下が軋まないように気をつけながら、口論の応酬に近づいてゆく。すると目の前に、一筋の明かりがドアからもれ出ているのを若草色の瞳で見つけた。
(どうしたんだろう?)
そろりそろり近づいてゆくと、よく知った女の声がささやきながら怒りに真っ赤に染まっていた。
「――瑠璃は伝染病に侵されているのよ!」
(ママ……!?)
自分の名前を呼ばれた少女は、冷たい風が吹き抜ける廊下でビクッと肩を震わせた。その場でガタガタと震え出す、声の主と内容が信じられずに。
(伝染病……?!?!)
今度は男のうなるようなささやき声がやり返した。
「だからといって……閉じ込めることはないだろう!」
(パパ……!?)
子供の自分がいないところで、召使や使用人もいない場所で、自身の事実が繰り広げられている深夜の部屋――。
忌による公にできない隔離を完全に指していた。六歳の瑠璃はあまりのショックで、出来事を受け入れることができなかった。
(閉じ込める……?)
視線を彷徨わせる。人形を抱きしめる腕に力を入れる。立っていられないほどの悲しみを感じて、思わず冷たい廊下にしゃがみ込んだ。
片手で顔を覆いしゃくり上げないよう一人きりでボロボロと涙をこぼす。床に悲痛という水たまりができ上がっていった。
確かに、自分は人とは違うと薄々気づいていた。
太陽の光を浴びると、肌が真っ赤に腫れ上がる。
立っていることもできなかった。
友達と外で遊んでみたかった。でも、病気でできなかった。
いつも光のさえぎられた暗い部屋で、一人で人形遊びをしていた。
心のどこかではわかっていた、何かよくない病気なのではないかと……。
窓の外は夜――。ガラスから入り込む青白い月影は四角く切り取られ、規則正しく斜めに床へ差す。どこまでも続くように先に行けば行くほど遠近法で細く小さくなってゆく。燭台の明かりは今はどこにもなく、月明かりだけが頼りだった。
雲がかかってしまったら常闇と化して前へ進めないどころか、どこか別の世界へ連れ去られてしまいそうな夜降ち。
空間は歪み、同じ場所を永遠と歩かされる無限ループみたいな廊下を、グリーンのふんわりしたネグリジェがまるで幽霊のようにゆらゆらと戸惑い気味にそれでも前へ進んでゆく。
「誰もいない……」
漆黒のストレート髪は腰までの長さで、月明かりをしなやかに反射して、前髪は眉の上でパツンと綺麗にそろえられていた。
くりっとした若草色の純粋な瞳は、自分の行く手を恐る恐る見つめる。いつもなら通り過ぎる廊下に、一人やふたり使用人や召使がいるのに、素足で歩いてゆく床は冷たく今は誰もいない。
「夜遅いから……?」
ひっそりと真っ直ぐ伸びている廊下。角を曲がったつもりはないのに、いつの間にか曲がったことになっている。
そんな常世の迷路という名がふさわしい回路のある、深更の古く大きな屋敷。そこで出会しそうな百鬼夜行という震駭のようだった。
昼間には怖さなどなく心霊現象の話を聞いても平気で歩けた廊下。それなのに、夜の住人が背後から迫りくるような戦慄。
まったく違う霊臭という現実に存在していないはずの香りが漂う、牙城へと変わり果てていた。
体温の略奪という冷気は死が手招きをしているよう。圧迫死させるような霊気が否応なしにのしかかる。必死で振り払っても振り払ってもまとわりついてくるようだった。
キシキシと軋み続けている床板の音がさらに冴え渡り大きくなったようで、自分だけが別次元を歩いているような不思議な感覚がする。
足音は気が狂いそうになるほど、どこまでもいつまでも響き渡る真夜中の廊下。
その時、少女の背後でドアではなく、壁から何かが突如、物理的な法則を無視してすうっと出てきた。窓のほうへさあっと、煙が風で吹かれたように消え去ってゆく。
廊下の横断という怪奇現象が起きた。気配と視線に気づいて、六歳の少女は自分が歩いてきた後ろへふと振り返る。
「怖い……」
しかし、そこには誰もいなかった。吸い込まれそうな闇が遠くへ行けば行くほど細く濃くなり、恐怖に駆られて手に持っていた人形をきつく握りしめる。
再び前を向いて歩き出そうとすると、誰かと誰かが言い争っているような声が微かに耳へ忍び込んできた。
「ん?」
少女は息を潜め、廊下が軋まないように気をつけながら、口論の応酬に近づいてゆく。すると目の前に、一筋の明かりがドアからもれ出ているのを若草色の瞳で見つけた。
(どうしたんだろう?)
そろりそろり近づいてゆくと、よく知った女の声がささやきながら怒りに真っ赤に染まっていた。
「――瑠璃は伝染病に侵されているのよ!」
(ママ……!?)
自分の名前を呼ばれた少女は、冷たい風が吹き抜ける廊下でビクッと肩を震わせた。その場でガタガタと震え出す、声の主と内容が信じられずに。
(伝染病……?!?!)
今度は男のうなるようなささやき声がやり返した。
「だからといって……閉じ込めることはないだろう!」
(パパ……!?)
子供の自分がいないところで、召使や使用人もいない場所で、自身の事実が繰り広げられている深夜の部屋――。
忌による公にできない隔離を完全に指していた。六歳の瑠璃はあまりのショックで、出来事を受け入れることができなかった。
(閉じ込める……?)
視線を彷徨わせる。人形を抱きしめる腕に力を入れる。立っていられないほどの悲しみを感じて、思わず冷たい廊下にしゃがみ込んだ。
片手で顔を覆いしゃくり上げないよう一人きりでボロボロと涙をこぼす。床に悲痛という水たまりができ上がっていった。
確かに、自分は人とは違うと薄々気づいていた。
太陽の光を浴びると、肌が真っ赤に腫れ上がる。
立っていることもできなかった。
友達と外で遊んでみたかった。でも、病気でできなかった。
いつも光のさえぎられた暗い部屋で、一人で人形遊びをしていた。
心のどこかではわかっていた、何かよくない病気なのではないかと……。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる