明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
560 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜

主人は執事をアグレッシブに叱りたい/1

しおりを挟む
 久しぶりに袖を通した瑠璃色の貴族服。腰元に下がる、聖なるダガーの重みは懐かしく、自室の深碧色をしたソファーへ沈み込んでいた。

 茶色のロングブーツは赤い絨毯の上で優雅に組み替えされる。大きな楕円形のローテーブルには、鮮やかな花色の縁取りをしたティーカップがひとつ。

 立ち上る湯気は柑橘系――ベルガモットの香り。アールグレーがリラックス効果を生み、落ち着きを与える。

 ソファーとセピア色の丸い水面みなもの間には、新聞紙が広げられていた。インクの文字の羅列。その奥から神経質な手がそっと伸びてくる。

 かちゃっと音を立てて、カップが持ち上げられ、紙面の向こう側へ消えた。陶器の食器は少し柔らかい唇へつけられる。

 開かれた窓には春の穏やかな日差しを受けた、レースのカーテンが寄せては返す波のように柔らかく揺れる。

 ティーカップをソーサーへ戻して、新聞紙はめくられる、冷静な水色の瞳が見つめる先で。

 その持ち主であり、紺の長い髪の奥にある全てを記憶する頭脳に、読む文字が滑るようにデジタルに記録されてゆく。

 シュトライツ王国、民衆による暴動が勃発――
 四月二十九日、金曜日。

 わかっているのに、何度も見てしまう日付。新聞紙をテーブルへ置いて、組んでいた足をとき、崇剛は珍しくため息をついた。

 目が覚めたのは、本日、三時十二分二十七秒前――
 瑠璃と話をしてから再び眠りにつき、次に起きたのは、七時十四分五秒――
 そちらより前の最後の日時は、四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒――

 懐中時計をポケットから取り出すこともしないで、崇剛は後れ毛を耳にかけ、真正面の青い抽象画を眺めた。

 過ぎた時間は、八日と五十八分三十三秒――。
 気を失っている間に、一週間以上が経過している……。

 死装束を着た女の情報欲しさに、判断を誤った結果はあまりにも大きな代償だった。一週間もあれば、状況が変わる可能性が十分にある。

 ソファーから優雅に立ち上がって、ロングブーツのかかとを鳴らしながら、崇剛は窓辺へと歩いてゆく。

 右手に巻かれた包帯に視線を少しだけ落とすと、血がにじんでいた。

「刃先で自身を傷つけたあと……。瑠璃に聞きました。死装束の女は四月二十一日の夜には見なかった。そちらのあとも、邪神界の者が屋敷へきたことはなかった」

 包帯から窓の外へ目をやると、濃淡の違うデルフィニウムが春風にスイングするように踊っていた。

 桜の木はすっかり花が散り、新緑が柔らかな色をさす。真下にある花壇には、マリーゴールドの華やかな山吹色が揺れていた。

 窓辺に佇んだまま、崇剛はあごに曲げた指を当て思考時のポーズを取る。自身が消滅しかけた樫の木近くの芝生を眺める。

 意識が途切れる寸前で見た、血のように真っ赤な目ふたつを崇剛は脳裏に浮かべながら、聞こえてきた言葉を一字一句間違えないように口にした。

「そう。魂の切断ってさ、放置すると消滅すんの。どこの世界からもいなくなる。本当の死ね。神さまも戻せない。本当の死。輪廻転生も叶わないの。お前これで終わりね」

 蝶がひらひらと風と戯れながら、部屋へと入り込んだ。

「死装束の女が最初に現れた日――四月十八日、月曜日、十七時十六分三十五秒――以降に霊視した時の男と同一人物である可能性がある。しかしながら……」

 冷静な水色の瞳は蝶を追うこともせず、ついっと細められた。

「おかしい――。魂の消滅を説明していました。ですが、私は死んでいませんし、消滅もしていません。そうなると、以下の可能性が31.27%で出てくる」

 言葉を一旦切った崇剛の長い紺の髪を、強い春風がビューっと揺らした。

「『終わりね』は、別のことを指している――」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...