明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
898 / 967
Dual nature

眠り王子/4

しおりを挟む
 先生が振り返りそうになって、少女は慌てて視線をそらした。腰までの長い髪がベールのようになって、顔をうかがい見ることができない少年から。

(恋をしてるってことじゃなくて……)

 ノートの端に、適当な線をシャープペンで何本も落ち着きなく引いてゆく。

(すごく不思議な男の子で……)

 本当にそうで、女子に見える時があるるなすは。腰までの長い髪のせいなのか、雰囲気なのかはわからないが、人目を引く。背は高く、落ち着いてよく見ると骨格は男子なのだ。だが、

(女の子みたいに綺麗で、女子から……)

 どこか神秘的な男子生徒についた、異名を少女はノートに走り書きした。

(眠り王子――って呼ばれてる)

 いくら綺麗でも、眠っているだけの男子に、女子もそうそう注目するはずがないが、魔法と呼ぶべきか、月の奇怪な行動が今日も授業中に始まる。

 先生の説明とチョークのカツカツという音だけが、七月の教室に響いていた。

「ここは体言止め。こっちは倒置法を使っている」

 だが、黒板に書かれていた文字が止まると、教師は振り返り、

「あともうひと――」

 一番前の席で、眠っている生徒を見つけた。

「漆橋、聞いてるのか?」

 眠り王子のマゼンダ色の長い髪はもそもそと起き上がり、月のような美しい横顔はまどろんでいた。

「……あぁ、はい」

 その声色は凛として澄んだ儚げで丸みのある女性的だが、誰がどう聞いても男子のものだった。起きたばかり、熟睡していたのは誰が見てもよくわかる。

 教師は怒る口実を作るために、わざと言う。

「それじゃ、今説明したところ読んでみろ」
「くすくす……」

 できずに怒られる姿が容易に想像できて、クラス中から密かな笑い声がもれた。

 月が立ち上がると、椅子がズズーっという音を教室中に撒き散らし、開いてもいなかった教科書をめくり、平然と読み出した。

「――空の生き写しのような海は、淡く濃い真逆の青、瑠璃色。まるで僕の心を表しているようだった。恋に不慣れな僕の心を」

 教師は制裁を与えるつもりが、問題点は生徒によってかき消されてしまった。

 寝ていたから、どこを今やっているかわからないだろう。という予測を見誤った、生徒の見る目がない教師は、あっという間に倒されてしまった。

 気まずそうな表情も、他の生徒たちにはできるだけ隠して、

「う、んん……終わりにしていい」
「はい」

 月は教科書を閉じると、また椅子に座って、突っ伏して眠り始めた。マゼンダ色の綺麗な長い髪が、机の端から淫らに床に向かって落ちる。

 クラスメイトたちは顔を見合わせて、コソコソ話を始めた。

「どうして、寝てたのにわかるんだ?」
「本当は起きてるとか?」

 疑惑だらけの眠り王子を一人残して、ざわざわと強風に揺れる木々の葉音のように大きく広がってゆく。

「それだったら、机の上に突っ伏さないよな?」
「怒られるの目に見えてるしね」

 大人の教師にもさっぱりだった。月の言動の構造は。

「静かにしろ」

 先生の叱りが飛ぶと、生徒たちの話し声はピタリと止んで、授業はまた進み出した。

 黒板の字をノートへ写しながら、どこかずれている瞳の少女は今日も囚われる。マゼンダ色の長い髪持ち、女性的な声を持つ不思議な雰囲気の青年に。

(そうなんだ。寝てるはずのなのに、当てられるときちんと答える。どうなってるんだろう?)

 だからこそ、余計に噂が噂を呼び、眠り王子などというメルヘンティックでファンタジーな名前を、女子につけられてしまうのだった。

 その時だった。終業を知らせるチャイムが鳴り響いたのは。

「じゃ、今日はここまでだ」

 授業という拘束からの開放によって、生徒たちがそれぞれ席から立ち上がり、話や笑い声が波のように押し寄せ出した教室の端で、マゼンダ色の長い髪を持つ男子生徒は微動だにせず、まるで死んでいるように眠り続ける。

 平凡で頭がいいわけでもなく、他人のこと優先で自分のこと後回しの、どちらかというと損するタイプの少女の、どこかずれているクルミ色の瞳は、クラスメイトの隙間を縫って、眠り王子を見つめる。その視線は誰も知ることはない。

(動かない。休み時間もずっと椅子に座ったまま眠ってる。というか、起きてるとこをほとんど見たことがない)

 高校生の自分が見ても異常な行動。人は自分の価値観で相手を見る傾向がある。サボる人は、相手もサボっていると思う。

 いつでも一生懸命な彼女には、月の奇怪な言動には全て意味がある気がした。

(病気か何かなのかな?)

 首をかしげると、ブラウンの長い髪がワイシャツの背中で揺れ動き、盛夏の訪れを予感させる風が吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...