明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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Dual nature

王子、姫が参りました/2

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 孔明に言い切られて、颯茄は清水きよみずの舞台から飛び降りた。恥ずかしさを誤魔化すために、ふざけた感じて言う。

「さようでございますか。月王子、失礼いたします!」

 さっとかがみこんで、颯茄は月に近づいてゆく。荒波に揺られる船のようにめまいがする。自分の鼓動がやけに大きく聞こえてうるさい。

 だが、颯茄は直前で交わした。マゼンダ色の前髪をそっとかき上げて、おでこにキス。

「…………」

 颯茄はそっと離れて、長いまつ毛のついたまぶたが動くのを待ったが、固く閉ざされたまま。唇が動くこともなく、手足が動くこともなく。眠り王子の魔法は解けない。

 だが、息はしている。颯茄はため息をついて、半ば投げやりになった。

「これで起きないなら、置いてくからね」

 これ以上付き合っていられるか。私服の女子高生はさっと立ち上がって、本気で研究室から出て行こうとした。

 呼び止めるように、凛とした澄んだ儚く丸みがあり女性的な青年の声がおどけた感じで響く。

「おや~? 君は手厳しいですね~」

 マゼンダ色の長い髪がソファーから持ち上がるのを見て、颯茄は月の肩を軽く叩いた。

「はい、立って」

 眠ったふりをして、キスを要求しやがってである。というか、バレやすい罠を張ってきやがってだ。

 月は何事もなかったように、床の上に降り立った。無事で何よりだ。

 颯茄は珍しく微笑んで、眠り――ではなく、目覚め王子と神主王子のふたりを交互に見て、

「はい、じゃあ、三人で帰ろう!」

 ふたりを両脇で腕組みして、研究室の出口へ向かって歩き出した。

 開けたドアから出て行く時に、月の指先が電気のスイッチに触れると、PCの画面もスリープになり、ブラインドの隙間から街灯が細い光を部屋へ落とすだけになった。

 もうこの研究室の電気が遺伝子操作のためにつくことはないだろう――

    *

 翌日、七月十八日、木曜日。明日で終業式を迎える、解放感の満ちあふれた高等学校の昼休み。

 邪魔をしにくる女子生徒もいない。颯茄と月、孔明だけの屋上の日陰。青空に白い雲が朝顔のような円を作って、あちこちに咲いている。

 昨日とは違う、少し乾いた風が吹き抜けてゆく。その度に、三人の制服の裾や袖はいこうように揺れ動く。

 チェック柄のミニスカートにも関わらず、颯茄はあぐらをかいて、朝買った冷めたハンバーガーを頬張る。

「レプリカの人たちはどうなるんだろう?」

 蓮香は今までも何人か世に送り出してしまっている。嘘の家族がもうすでに存在する。焼きそばパンをかじっていた孔明は、手を止めて空を仰ぎみた。

「神の御心は神のみぞ知るじゃないかなぁ~?」

 レプリカが生まれてくることも、未来を予測できる神は知っていたのだろう。長い目で見て、たくさんの人間が幸せになると判断したのかもしれない。

 世界はとても広く、神の手のひらの上で人は生きている。決して、自分たちの力で、レプリカの生産を止めたわけではない。

 だが、自分たちが動かなければ、大きな力も動かないのである。やる気のない人間には神も手は貸さないだろう。そこまで、神もお人好しではない。

 颯茄はハンバーガーを三日月型にかじって、ふと手を止めた。考える。この変な三人グループを。右におにぎりを食べている月。左にパンをかじっている孔明。そして、真ん中であぐらをかいている自分。

 一昨日まで、こんな構図は予測できなかった。そして、彼女は思い出した。このおかしな三角関係の発端を。

「そういえば、孔明くんは月くんを好きだったんじゃ?」

 ふたりの恋路を邪魔するのはどうかと思うのだ。退散するべきかと悩むのだ。聡明な瑠璃紺色の瞳がこっちに向く。

「ボク~?」
「そう」

 男の子同士の恋愛もいいと思うのだ。性別に関係なく、人を愛する気持ちは尊いもので、素敵なことなのだから。

 孔明の凛々しい眉と青空のさわやかさが素晴らしい絵画でも見ているような気分に、颯茄をさせる。

 彼女の背後から、月の凜とした澄んだ声があきれたように響き渡った。

「君は正直で素直な人ですね~」
「え……?」

 女子高生は振り返って、どこかずれているクルミ色の瞳には、マゼンダ色の髪を結んでいるリボンのピンと横に広がる線が映った。

「月の意識の中には、常に藍花 蓮香がいた」

 孔明から説明が始まる。颯茄は食べかけのハンバーガーを手に持ったまま、何を言っているのか理解した。

「あぁ、だから、夜寝てる間のことを、月くんが知らなくて、薬もいつの間にか飲んでたってことか」

 夜はよく眠っていると思っていた月。実際は蓮香として活動中。昼夜の逆転した生活。眠気の出る薬が、蓮香によって眠る前ではなく明け方に飲まれる。そして、朝から眠くなる。

 孔明は残りのパンを口の中に入れて、腰元で手を平気で拭く。

「ボクがいきなり転校してきて、月に近づいたら、彼女が警戒するかもしれないでしょ? だから、ボクが月に気があるのは嘘」

 蓮香の夜は昼だが、彼女の意識が月の中で目覚めないとは限らない。孔明が月に気があるは、口実作り。颯茄ははみ出していたチーズをちぎって、口に投げ入れた。

「勉強会も?」
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