1 / 70
1章
1ー1
しおりを挟む
***
今年の四月には桜が満開だった桜並木も、今ではすっかり緑へと様変わりした。
土から出るのが早すぎた蝉の声が、ひとつふたつ聞こえている。木々の隙間から朝の陽射しがまっすぐ射し込んでいる、いつもの通学路。
のんびりと歩く高校生たちの笑い声と足音で賑わう並木道を、椿叶太は猛烈な勢いで駆け抜けていた。
ヤバいヤバいヤバい。ヤバすぎるって!
叶太は家を出る時からずっと手に持ったスマホをチラッと見た。
現在時刻の八時が表示される。さっき見た時より二分進んでいて、焦りからヒエッと変な声が出た。
タイムリミットまであと五分。ここから普通に歩いたら、職員室まで十分はかかるところだ。無事間に合うかどうかは、この後の自分の走りにかかっている。
「どうか間に合ってくれ~!」
一人全速力で走りながら、叶太は夏晴れの空に向かって懇願した。
登校時間の十分前。八時五分までに職員室に日誌を取りにいかなければ、明日も日直をさせられる。日替わりであるはずの日直当番なのに、今日も間に合わなかったら明日で連続四日目を迎えてしまう。
後ろの席に座る寺嶋は「叶太がずっと日直やりゃーいいじゃん」と笑うけど、さすがに毎朝全力ダッシュはもう嫌だ。余裕をぶっこいている寺嶋に早く次の当番を回してやりたい。
こっちは背中で跳ねるリュックの重みに鞭打たれながら真剣に走っているっていうのに、同じ学校のやつらは慌ただしい自分の姿を、物珍しそうにちらちらと見ては笑っている。
ああ、もうクソ。なんかもう全部バカらしくなってきた。
汗だくの中走っていると、背中から軽快な自転車のベルがチリンと響いた。
叶太を追い越した自転車が、数メートル先でキュッとブレーキを鳴らして停まる。叶太が着ているものと同じ――紺の制服ズボンと半袖ワイシャツを着た男が、顔だけ後ろに向けてこちらを見た。
「はよ」
声をかけてきたのは幼なじみの五十嵐青だ。
淡褐色の瞳を囲む形のいい切れ長の目。スッと通った鼻筋。薄すぎない唇の先に続くのは、シャープな顎と男らしい筋が入った細身の首だ。額にかかった前髪はなぜか野暮ったく見えず、ちょっと影がある風に見えるから世の中は理不尽だと思う。
青は尻ポケットからスマホを出したかと思うと、片手でこちらに向けてきた。スマホからカシャッとシャッター音が鳴り響く。
叶太は「は?」と眉間にしわを寄せた。今こいつ写真撮ったよな?
「やば、めっちゃブスに撮れたわ」
青はクスクスと笑いながらスマホをこちらに向け、撮ったばかりの写真を見せてくる。
青のスマホに映っていたのは、ゲッソリした叶太の丸顔だ。一重に見える奥二重と小さな鼻、そして唇はなんて平均的な日本人顔を造り上げているんだろうか。
汗をかいているせいで前髪が額にペットリと張りつき、何日も風呂に入っていない人みたいだ。おまけに染めなくても明るい茶髪が、汗に濡れて虫の羽根みたいにテカっている。
青の失礼すぎる言動に、叶太のこめかみにピキッと血管が浮く。
「お、ま、え、な~! 朝から現実突き付けてくんじゃねーよ!」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の顔」
「もう一度言ってみろ?」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の――」
「二回言わなくていい! 本気にすんな!」
青はうんざりした顔で「めんどくせーな、どっちだよ」と、耳を小指でほじる真似をする。なんて舐め腐った態度なんだ。
今年の四月には桜が満開だった桜並木も、今ではすっかり緑へと様変わりした。
土から出るのが早すぎた蝉の声が、ひとつふたつ聞こえている。木々の隙間から朝の陽射しがまっすぐ射し込んでいる、いつもの通学路。
のんびりと歩く高校生たちの笑い声と足音で賑わう並木道を、椿叶太は猛烈な勢いで駆け抜けていた。
ヤバいヤバいヤバい。ヤバすぎるって!
叶太は家を出る時からずっと手に持ったスマホをチラッと見た。
現在時刻の八時が表示される。さっき見た時より二分進んでいて、焦りからヒエッと変な声が出た。
タイムリミットまであと五分。ここから普通に歩いたら、職員室まで十分はかかるところだ。無事間に合うかどうかは、この後の自分の走りにかかっている。
「どうか間に合ってくれ~!」
一人全速力で走りながら、叶太は夏晴れの空に向かって懇願した。
登校時間の十分前。八時五分までに職員室に日誌を取りにいかなければ、明日も日直をさせられる。日替わりであるはずの日直当番なのに、今日も間に合わなかったら明日で連続四日目を迎えてしまう。
後ろの席に座る寺嶋は「叶太がずっと日直やりゃーいいじゃん」と笑うけど、さすがに毎朝全力ダッシュはもう嫌だ。余裕をぶっこいている寺嶋に早く次の当番を回してやりたい。
こっちは背中で跳ねるリュックの重みに鞭打たれながら真剣に走っているっていうのに、同じ学校のやつらは慌ただしい自分の姿を、物珍しそうにちらちらと見ては笑っている。
ああ、もうクソ。なんかもう全部バカらしくなってきた。
汗だくの中走っていると、背中から軽快な自転車のベルがチリンと響いた。
叶太を追い越した自転車が、数メートル先でキュッとブレーキを鳴らして停まる。叶太が着ているものと同じ――紺の制服ズボンと半袖ワイシャツを着た男が、顔だけ後ろに向けてこちらを見た。
「はよ」
声をかけてきたのは幼なじみの五十嵐青だ。
淡褐色の瞳を囲む形のいい切れ長の目。スッと通った鼻筋。薄すぎない唇の先に続くのは、シャープな顎と男らしい筋が入った細身の首だ。額にかかった前髪はなぜか野暮ったく見えず、ちょっと影がある風に見えるから世の中は理不尽だと思う。
青は尻ポケットからスマホを出したかと思うと、片手でこちらに向けてきた。スマホからカシャッとシャッター音が鳴り響く。
叶太は「は?」と眉間にしわを寄せた。今こいつ写真撮ったよな?
「やば、めっちゃブスに撮れたわ」
青はクスクスと笑いながらスマホをこちらに向け、撮ったばかりの写真を見せてくる。
青のスマホに映っていたのは、ゲッソリした叶太の丸顔だ。一重に見える奥二重と小さな鼻、そして唇はなんて平均的な日本人顔を造り上げているんだろうか。
汗をかいているせいで前髪が額にペットリと張りつき、何日も風呂に入っていない人みたいだ。おまけに染めなくても明るい茶髪が、汗に濡れて虫の羽根みたいにテカっている。
青の失礼すぎる言動に、叶太のこめかみにピキッと血管が浮く。
「お、ま、え、な~! 朝から現実突き付けてくんじゃねーよ!」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の顔」
「もう一度言ってみろ?」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の――」
「二回言わなくていい! 本気にすんな!」
青はうんざりした顔で「めんどくせーな、どっちだよ」と、耳を小指でほじる真似をする。なんて舐め腐った態度なんだ。
234
あなたにおすすめの小説
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話
雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。
主人公(受)
園山 翔(そのやまかける)
攻
城島 涼(きじまりょう)
攻の恋人
高梨 詩(たかなしうた)
唇を隠して,それでも君に恋したい。
初恋
BL
同性で親友の敦に恋をする主人公は,性別だけでなく,生まれながらの特殊な体質にも悩まされ,けれどその恋心はなくならない。
大きな弊害に様々な苦難を強いられながらも,たった1人に恋し続ける男の子のお話。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる