高橋課長と佐藤君

琴葉

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高橋課長 4 制約とは

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今現在、俺の恋人は男だ。
しかも年下で部下で。
それまで女としか付き合ったことのなかった俺には大きな変化だ。
が。
意外とすんなりと受け入れてしまったことに、自分でもびっくりしてる。
それもこれも恋人、佐藤の策略に嵌ってすんなりと受け入れるよう仕向けられていたのだが、まあ、それは俺も途中で納得したし。
ただこの恋人が少し厄介だ。
全部、こいつの完璧を求める性格のせい。
何事にも計画をもって取り組む。
毎日の仕事にも計画というかノルマを設けて、それを果たすまで帰宅しようとしない。
その姿勢自体はいいことだと思う。
ただ俺たちの関係にまでそれを持ち込んでくるのは、どうかと思う。
拘りすぎて、計画通りに行かなかったときに面白いぐらいに崩れるが。
また理想の姿というものを作りたがる。
同期から見た理想の自分とか、部下としての理想の自分とか。
それに拘って、その理想の通りに振る舞おうとする。
俺の恋人としての理想の自分、てものも勝手に決めやがったらしい。
色々制約を作っているようだ。
それに気付いたのは最近だが。

まず、一緒に外出しない。
これも佐藤が自分に課した制約らしい。
変だ。
とは思っていたのだが。
休みの日、どちらかの部屋で過ごすが。
例えば食事の準備なんかで足りないものが出たとする。
じゃあ、一緒に買いに行くか、ってなるのが普通だと思うのだが。
「あ、じゃあ、俺、買ってきますよ」
と言われ、最初は「じゃあ頼む」なんて言っていたが、「じゃあ一緒に行くか?」と言ったときの慌てよう。
「い、いえ、俺が買ってきますから!」
とか。
「じゃあ、俺は続きをしてますね」
とか。
「映画でも見に行くか」
といえば。
「DVD借りてきてうちで見ませんか?俺、借りてきますよ」
と返ってくる。
どうやら俺たちの関係は人に知られてはいけないと思ってるらしい。
そりゃあ、自慢できる関係ではないが、買い物行ったり映画に行ったりとか、友人同士でもあることだろう?
そこまで気にして制約することはないと思うんだが。
他にも色々あるが。
それは夜の関係にも及ぶ。
俺が思っている以上に、年下、ということを気にしてるらしい。
だから俺を満足させるとか、余裕を見せるとかに拘る。
挿入までに何度も俺をイかせようとする。
二人でしてるのに、なんで俺だけイかされなきゃいけないんだ。
どうやら挿入してしまうと、佐藤の余裕がなくなってしまうらしいので、その前にと考えてのことだと思う。
この佐藤の制約に俺はどう向き合えばいいのか、悩みどころだ。
壊してやるのも面白そうだが。
黙って付き合ってやるのが、こいつにとって理想の俺なんだろうか。


きっかけは偶然の重なりだった。
週末目前の金曜日。
終業間近に必ず、佐藤からメールが来る。
『今日はどっちにしますか?』
最初は、これも佐藤の決め事だったのだろうが、週末に過ごすのは佐藤の部屋だった。
だが俺が佐藤のキッチンに文句を言ってから変わった。
なんもないんだ。
一回も使ってないみたいに綺麗なんだが。
それから必ずお伺いを立てて来るようになった。
『俺の部屋』
俺は返す。
『はい、わかりました。一旦帰ってきますね』
佐藤はフライパンを揃えたり、俺が使ってる調味料を揃えたりと可愛いことをして俺を招こうとしてるが、使い慣れたキッチンが落ち着くしな。
別に料理好きってわけではないんだが、自分好みの味付けを求めるならば作る方が早い。
そう言えば。

先日佐藤と外で落ち合って昼食とった時に、目の前で定食を食べていた佐藤が首を捻っていた。
「どうした?」
俺が聞くと佐藤は箸を置きこそこそと話し出す。
「俺、ここ前にもきたことあるんですけど、こんな味だったかなあ、って思って。すごく美味しかったはずなんですけど、なんか味が濃い?気が…」
そこまで聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。
「え?え?なんで笑うんですか?」
佐藤は困ったように眉を寄せて、俺を見た。
「そりゃあ、お前、俺の味に慣れたってことだろ」
そう言うと、佐藤はぽっと顔を赤くした。
時々可愛い反応をするよな、佐藤って。
どの辺に顔を赤くする要素があったんだか。
顔を赤らめたまま「そうか」と納得していた。

俺一人だけならなんでもいいんだが、普段自炊などしてないであろう佐藤の健康を考えて、最近はバランスなんかも考えるようになった。
野菜も食わせないと。
ベッドは佐藤のが大きいんだが。
あれを見てると、何人女連れ込んでここでヤったんだ?などと考えてしまう。
俺は、部屋に招いたのは佐藤だけだぞ。
恋人としてなので、渡辺は、カウントしてないが。
色々な俺のエゴ的理由で週末は俺の部屋で過ごすことが多い。
まあ、佐藤の努力も認めて少しはあいつの部屋で過ごすこともあるが。
『何か食いたいのあるか?』
『肉がいいです』
いや、お前そればっかだな。
『魚にしろ』
『えー、でも先週も魚だったじゃないですか?』
だってお前、平日肉しか食ってないだろ?
…仕方ないな…
『わかった。じゃあお前食いたい物、食いたいだけ買ってこい』
『はーい』
と言っても佐藤の買い物じゃ偏るのは確実だからな、俺も買い物しないと…。
で、明日は魚だ。
「課長」
「わっ」
声をかけられて、びっくりした。
顔を上げると部下の田中がちょっと微笑みながら、見下ろしてる。
手には書類。
「あ、すまん。頼んでたやつだな」
俺が手を差し出すと、田中はその手に書類を乗せながらくすくす笑う。
「どうした?」
「いえ、最近、課長、よくメールしてますよね」
ぎくっ。
そんな部下にバレるぐらい?
か、隠れてしてるつもりなんだが…。
「みんな噂してるんですよ、課長、恋人が出来たんじゃないかって」
え、ま、まじか?
佐藤は何も言ってなかったが…。
「どうなんですか、課長」
ま、まあ、存在自体は隠すことないよな。
「まあ、な」
誰かは言えないが。
「やっぱり!課の人ですか?それとも…」
「こら。いい加減仕事に戻れ」
「はあーい」
田中はしぶしぶと返事をするとぺこりと頭を下げ、離れていった。
しかし、もしかして相手もバレてるんじゃないよな?
いや、さすがにそれは、まずいだろ…。
田中の書類に目を通しながら、ふと止まった。
グラフが添えられていたのだが…。
これは。
佐藤、手伝ったな!?
田中にしては早いと思ったんだ。
…………。
まあいい。
それも佐藤の中の理想だもんな。
俺は溜息吐きつつ、書類を置いた。


俺の部屋に佐藤の荷物が増えてきた。
部屋着は当然。
週明けに俺の部屋から出勤するために、スーツも2着ほど置いてある。
もちろん佐藤の部屋にも俺のスーツが1着あるが。
「え、田中さんにそんなこと言われたんですか?」
俺が料理する横で片付けや食器の準備をしながら佐藤が驚いた顔をした。
「なんだ、お前も知らなかったのか」
「いや、まあ、最近課長が変わったなあ、って話なら聞いたことがありますけど…」
言いにくそうに言う。
「は?どこが?」
「…え、と。色気が出てきたとか、表情が柔らかくなったとか…ですか、ね」
は?
そうか?
俺は変わらないつもりなんだが。
「わ、悪い変化じゃ、ないですよね?」
言いにくそうに、でも確認するように、佐藤が言う。
「ま、そうだな。仕事上部下に舐められたりとかなければ問題ない」
俺の返事に佐藤がほっと溜息を吐いた。
ん?
気になる溜息吐きやがるな。
じっと俺が見つめているのに気付いたのか、佐藤が慌てて体の前で両手を振った。
「な、なんでもないです」
なおも見つめていると、ちょっと項垂れる。
「いや、課長が俺とのこと後悔したりしないかなあ、なんて…」
「するわけないだろ」
即答した俺にまたほっと溜息を吐く。
だいたい後悔するぐらいなら、こんなことになってない。
引き返すタイミングは幾らでもあったからな。
出来上がった料理を佐藤に盛り付けさせて、テーブルに移動した。
「頂きます」
手を合わせ、頭まで下げる佐藤に「おう」と小さく返事をする。
これも決まりごとなのか、佐藤は律儀に毎度毎度繰り返す。
まあ、悪い気はしない。
TVを眺めながら、ふと来週の話になって、思い出した。
「俺、来週、出張だった」
「え?」
「…今、思い出した…」
「どこまで出張なんですか?」
「T市まで」
「へえ珍しいですね」
もぐもぐと箸を進めながら、佐藤は呑気に言う。
俺はちらりと佐藤を見た。
「だから来週は週末会えないぞ」
「ええ!?どうしてですか?!」
案の定、驚いた顔をする。
「だから出張だって」
「えー?!週末もですか?!」
「ああ。帰ってくるのは再来週の初めだ」
「…………」
ショックを受けたように放心する佐藤に、ちょっと身を寄せてみる。
「…その前に家に来るか?」
週末しか会わない。
これも佐藤の決め事の一つだと思う。
さて。
どうする?佐藤。
「いえ、おとなしく待ってます」
「…そうか…」
そう言われてしまったら、俺からは何も言えない。
別に出張は狂言じゃなく、先週ぐらいに決まってたことで、俺が忘れてただけだ。
佐藤の制約は俺との関係を良くしたい、長く一緒にいたいと言う気持ちの表れだと思うので、できれば文句をつけたくはない。
だが、二人の関係だろ?
制約、と言うかルールなら、二人で考えるべきなんじゃないのか?
片方だけに負担が出たり、押さえつけるだけなら、その方が長持ち出来なくなるんじゃないんだろうか。
いつかお前は、俺といることが苦痛になりはしないか。
その心配を、俺はしてる。
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