4 / 6
4,初出勤
しおりを挟む
秋葉は廊下のベンチに座り、ぼんやりと天井を見つめていた。時計の針が七時四十分を指す頃、廊下から聞こえてきた足音に、彼の注意が引き戻された。
角を曲がって現れたのは、一見すると年齢のわからない女性だった。門の前にいたあの二人のお姉さんたちよりは少し年上に見えるが、どこか若々しさも感じられる。しかし、彼女がまとっている雰囲気はまるで、幾度の修羅場を潜り抜けてきた手練れの戦士のように成熟していた。外見と内面がちぐはぐで、なんとも掴みどころのない人物だと秋葉は思った。
この人が二区の校長先生であることに、ほぼ間違いない。
秋葉は慌てて立ち上がり、ズボンを軽く整えてから校長先生と目を合わせ、にっこりと微笑んで会釈した。校長先生も無表情で軽く頷き、秋葉を一瞥したあと、口を開いた。
「あなたが、今日来ると聞いていた新しいリンクスか?」
彼女はそう言いながら、校長室のドアに近づき、左手の手袋を外して指紋ロックを解除した。
「はい、そうです。おはようございます、桜井校長先生。秋葉と申します。」
秋葉は待っている間に校長室の名札を確認していたので、彼女の名前を覚えていた。「桜井 美咲」という名前が、きれいな金色の文字で彫られていたのだ。
「中へどうぞ。」
校長先生に促され、秋葉は彼女の後ろについて校長室に入った。
「ずいぶん早く来たのね。どれくらい待っていたの?」
「いいえ、そんなに待っていません。遅れるのが怖くて、ちょっと早めに来ただけです。」
校長先生はデスクの向こう側に腰を下ろし、秋葉に向かいの椅子に座るよう指示した。
「秋葉さん、どうぞ座って。」
彼女の声は穏やかだが、表情は依然として硬く、まるで深い海の底のように静かだった。
「保護者は?一緒に来ていないの?」
突然の質問に、秋葉は一瞬目を見開いたが、すぐに準備していた答えを思い出した。
「一緒には来れませんでした……」
「魔獣の襲撃で、両親を……」
そう言うと、秋葉は顔を曇らせ、悲しみを内に秘めた表情を作った。魔人たちが用意してくれた偽の経歴は、魔獣の襲撃で両親を失った少女という設定だった。感情を表に出すこの演技は、秋葉が何度も練習してきたものだ。
校長は秋葉の様子に気づき、目に一瞬の同情の色を浮かべた。どうやら演技は成功したようだ。
「そう……申し訳ないことを聞いてしまったわね、秋葉さん。」
秋葉は小さく頭を振り、儚げに微笑んだ。
「大丈夫です、校長先生。これが私がリンクスになろうと思った理由でもありますから。」
口ではそう言いながらも、秋葉は心の中で密かに自分を慰めていた。この話は秋葉の設定に過ぎない。秋葉の本当の両親は、元気に隣町で暮らしている。
「両親、すみません。息子は今、仕方なく演技をしています……。」
校長先生はその話題を深追いすることなく、慎重な言葉遣いを選びながら話を続けた。どこかに共感と苦悩が滲んでいるようだった。
この世界には、魔人が作り出す“汚染”や、獰猛な魔獣たちの脅威が絶えない。そうした危険にさらされる人々の悲劇的な運命を、彼女は数え切れないほど見てきた。だが、どれだけ強大な力を持つリンクスでも、その悲劇のすべてを防ぐことはできないのだ。
「書類は全部持ってきているかしら?」
「はい、全て揃っています。」
秋葉は背負っていたリュックから、準備していた書類一式を取り出した。校長は、信頼しているのか簡単に確認を済ませると、デスクの引き出しから自身の名前が刻まれた校長印を取り出した。
秋葉はその印鑑を持つ校長の左手に気づいた。彼女は左手で作業をしており、右手にはずっと手袋がはめられていた。何か理由があるのかもしれないが、秋葉は余計な詮索はしないことにした。
「本当に覚悟はできているの?」
校長は印を押す前に、最後の確認をするように秋葉に尋ねた。
「リンクスになるということは、人類を守るために戦うということ。重い責任を背負い、これからの人生が大きく変わるわ。分かっているわね?」
その問いは、通常なら保護者に向けられるものだったが、秋葉の年齢がまだ若いため、校長は念を押していた。
「はい、覚悟しています。」
秋葉は心の中で「後戻りはできない」と自分に言い聞かせた。たとえ前方に深い闇が待ち受けていようとも、今さら引き返せないのだ。
印章が「ポン」と押された瞬間、全てが確定した。半月前まで20代の男性だった秋葉は、これで正式にリンクス――つまり、魔法少女として新たな人生を歩むこととなった。
「中島さん、先ほどお伝えした新入生が到着しました。はい、そうです。手続きは完了していますので、案内をお願いできますか?」
電話を切って数分後、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
校長が言うと、入ってきたのは眼鏡をかけた背の高い女性。協会の制服を着ており、年齢は秋葉が変身前の姿と同じくらいだろうか。長身でスタイルも良いが、どこか頼りなさそうな印象を受ける。
「秋葉さん、こちらは中島愛さん。これからは彼女があなたのリンクス指導担当で、困ったことがあれば相談できるわ。また、彼女があなたのグループリーダーでもあるの。」
眼鏡に高身長、スーツ姿といった要素が合わさり、秋葉は昔観たAV動画の女優さんを思い浮かべた。中々の美人で・・・ボディーラインもばっちり・・・スーツ姿はそれはそれでまた・・・
しかし、どうしてか彼女からはまったく大人のエロスを感じない。むしろ、社会に出たばかりの新人のような初々しさがあった。
「こんにちは、中島さん。」心の中で失礼なことを考えつつも、秋葉は礼儀正しく立ち上がり、軽く頭を下げた。
「初めまして、秋葉さん。」
中島は柔らかく笑みを浮かべ、秋葉を一瞥した後、校長先生の方に向き直った。
「可愛い新入生ですね、校長先生。彼女を私に任せて大丈夫なんですか?」
その言葉に含まれる意味を、秋葉はまだ理解していなかったが、校長先生は少し不安げな表情を浮かべた。
角を曲がって現れたのは、一見すると年齢のわからない女性だった。門の前にいたあの二人のお姉さんたちよりは少し年上に見えるが、どこか若々しさも感じられる。しかし、彼女がまとっている雰囲気はまるで、幾度の修羅場を潜り抜けてきた手練れの戦士のように成熟していた。外見と内面がちぐはぐで、なんとも掴みどころのない人物だと秋葉は思った。
この人が二区の校長先生であることに、ほぼ間違いない。
秋葉は慌てて立ち上がり、ズボンを軽く整えてから校長先生と目を合わせ、にっこりと微笑んで会釈した。校長先生も無表情で軽く頷き、秋葉を一瞥したあと、口を開いた。
「あなたが、今日来ると聞いていた新しいリンクスか?」
彼女はそう言いながら、校長室のドアに近づき、左手の手袋を外して指紋ロックを解除した。
「はい、そうです。おはようございます、桜井校長先生。秋葉と申します。」
秋葉は待っている間に校長室の名札を確認していたので、彼女の名前を覚えていた。「桜井 美咲」という名前が、きれいな金色の文字で彫られていたのだ。
「中へどうぞ。」
校長先生に促され、秋葉は彼女の後ろについて校長室に入った。
「ずいぶん早く来たのね。どれくらい待っていたの?」
「いいえ、そんなに待っていません。遅れるのが怖くて、ちょっと早めに来ただけです。」
校長先生はデスクの向こう側に腰を下ろし、秋葉に向かいの椅子に座るよう指示した。
「秋葉さん、どうぞ座って。」
彼女の声は穏やかだが、表情は依然として硬く、まるで深い海の底のように静かだった。
「保護者は?一緒に来ていないの?」
突然の質問に、秋葉は一瞬目を見開いたが、すぐに準備していた答えを思い出した。
「一緒には来れませんでした……」
「魔獣の襲撃で、両親を……」
そう言うと、秋葉は顔を曇らせ、悲しみを内に秘めた表情を作った。魔人たちが用意してくれた偽の経歴は、魔獣の襲撃で両親を失った少女という設定だった。感情を表に出すこの演技は、秋葉が何度も練習してきたものだ。
校長は秋葉の様子に気づき、目に一瞬の同情の色を浮かべた。どうやら演技は成功したようだ。
「そう……申し訳ないことを聞いてしまったわね、秋葉さん。」
秋葉は小さく頭を振り、儚げに微笑んだ。
「大丈夫です、校長先生。これが私がリンクスになろうと思った理由でもありますから。」
口ではそう言いながらも、秋葉は心の中で密かに自分を慰めていた。この話は秋葉の設定に過ぎない。秋葉の本当の両親は、元気に隣町で暮らしている。
「両親、すみません。息子は今、仕方なく演技をしています……。」
校長先生はその話題を深追いすることなく、慎重な言葉遣いを選びながら話を続けた。どこかに共感と苦悩が滲んでいるようだった。
この世界には、魔人が作り出す“汚染”や、獰猛な魔獣たちの脅威が絶えない。そうした危険にさらされる人々の悲劇的な運命を、彼女は数え切れないほど見てきた。だが、どれだけ強大な力を持つリンクスでも、その悲劇のすべてを防ぐことはできないのだ。
「書類は全部持ってきているかしら?」
「はい、全て揃っています。」
秋葉は背負っていたリュックから、準備していた書類一式を取り出した。校長は、信頼しているのか簡単に確認を済ませると、デスクの引き出しから自身の名前が刻まれた校長印を取り出した。
秋葉はその印鑑を持つ校長の左手に気づいた。彼女は左手で作業をしており、右手にはずっと手袋がはめられていた。何か理由があるのかもしれないが、秋葉は余計な詮索はしないことにした。
「本当に覚悟はできているの?」
校長は印を押す前に、最後の確認をするように秋葉に尋ねた。
「リンクスになるということは、人類を守るために戦うということ。重い責任を背負い、これからの人生が大きく変わるわ。分かっているわね?」
その問いは、通常なら保護者に向けられるものだったが、秋葉の年齢がまだ若いため、校長は念を押していた。
「はい、覚悟しています。」
秋葉は心の中で「後戻りはできない」と自分に言い聞かせた。たとえ前方に深い闇が待ち受けていようとも、今さら引き返せないのだ。
印章が「ポン」と押された瞬間、全てが確定した。半月前まで20代の男性だった秋葉は、これで正式にリンクス――つまり、魔法少女として新たな人生を歩むこととなった。
「中島さん、先ほどお伝えした新入生が到着しました。はい、そうです。手続きは完了していますので、案内をお願いできますか?」
電話を切って数分後、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
校長が言うと、入ってきたのは眼鏡をかけた背の高い女性。協会の制服を着ており、年齢は秋葉が変身前の姿と同じくらいだろうか。長身でスタイルも良いが、どこか頼りなさそうな印象を受ける。
「秋葉さん、こちらは中島愛さん。これからは彼女があなたのリンクス指導担当で、困ったことがあれば相談できるわ。また、彼女があなたのグループリーダーでもあるの。」
眼鏡に高身長、スーツ姿といった要素が合わさり、秋葉は昔観たAV動画の女優さんを思い浮かべた。中々の美人で・・・ボディーラインもばっちり・・・スーツ姿はそれはそれでまた・・・
しかし、どうしてか彼女からはまったく大人のエロスを感じない。むしろ、社会に出たばかりの新人のような初々しさがあった。
「こんにちは、中島さん。」心の中で失礼なことを考えつつも、秋葉は礼儀正しく立ち上がり、軽く頭を下げた。
「初めまして、秋葉さん。」
中島は柔らかく笑みを浮かべ、秋葉を一瞥した後、校長先生の方に向き直った。
「可愛い新入生ですね、校長先生。彼女を私に任せて大丈夫なんですか?」
その言葉に含まれる意味を、秋葉はまだ理解していなかったが、校長先生は少し不安げな表情を浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる