魔人に脅されて、まさか自分が魔法少女として潜入することになるなんて――

青山響

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4,初出勤

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秋葉は廊下のベンチに座り、ぼんやりと天井を見つめていた。時計の針が七時四十分を指す頃、廊下から聞こえてきた足音に、彼の注意が引き戻された。

角を曲がって現れたのは、一見すると年齢のわからない女性だった。門の前にいたあの二人のお姉さんたちよりは少し年上に見えるが、どこか若々しさも感じられる。しかし、彼女がまとっている雰囲気はまるで、幾度の修羅場を潜り抜けてきた手練れの戦士のように成熟していた。外見と内面がちぐはぐで、なんとも掴みどころのない人物だと秋葉は思った。

この人が二区の校長先生であることに、ほぼ間違いない。

秋葉は慌てて立ち上がり、ズボンを軽く整えてから校長先生と目を合わせ、にっこりと微笑んで会釈した。校長先生も無表情で軽く頷き、秋葉を一瞥したあと、口を開いた。

「あなたが、今日来ると聞いていた新しいリンクスか?」

彼女はそう言いながら、校長室のドアに近づき、左手の手袋を外して指紋ロックを解除した。

「はい、そうです。おはようございます、桜井校長先生。秋葉と申します。」

秋葉は待っている間に校長室の名札を確認していたので、彼女の名前を覚えていた。「桜井 美咲」という名前が、きれいな金色の文字で彫られていたのだ。

「中へどうぞ。」

校長先生に促され、秋葉は彼女の後ろについて校長室に入った。

「ずいぶん早く来たのね。どれくらい待っていたの?」

「いいえ、そんなに待っていません。遅れるのが怖くて、ちょっと早めに来ただけです。」

校長先生はデスクの向こう側に腰を下ろし、秋葉に向かいの椅子に座るよう指示した。

「秋葉さん、どうぞ座って。」

彼女の声は穏やかだが、表情は依然として硬く、まるで深い海の底のように静かだった。

「保護者は?一緒に来ていないの?」

突然の質問に、秋葉は一瞬目を見開いたが、すぐに準備していた答えを思い出した。

「一緒には来れませんでした……」

「魔獣の襲撃で、両親を……」

そう言うと、秋葉は顔を曇らせ、悲しみを内に秘めた表情を作った。魔人たちが用意してくれた偽の経歴は、魔獣の襲撃で両親を失った少女という設定だった。感情を表に出すこの演技は、秋葉が何度も練習してきたものだ。

校長は秋葉の様子に気づき、目に一瞬の同情の色を浮かべた。どうやら演技は成功したようだ。

「そう……申し訳ないことを聞いてしまったわね、秋葉さん。」

秋葉は小さく頭を振り、儚げに微笑んだ。

「大丈夫です、校長先生。これが私がリンクスになろうと思った理由でもありますから。」

口ではそう言いながらも、秋葉は心の中で密かに自分を慰めていた。この話は秋葉の設定に過ぎない。秋葉の本当の両親は、元気に隣町で暮らしている。

「両親、すみません。息子は今、仕方なく演技をしています……。」

校長先生はその話題を深追いすることなく、慎重な言葉遣いを選びながら話を続けた。どこかに共感と苦悩が滲んでいるようだった。

この世界には、魔人が作り出す“汚染”や、獰猛な魔獣たちの脅威が絶えない。そうした危険にさらされる人々の悲劇的な運命を、彼女は数え切れないほど見てきた。だが、どれだけ強大な力を持つリンクスでも、その悲劇のすべてを防ぐことはできないのだ。

「書類は全部持ってきているかしら?」

「はい、全て揃っています。」

秋葉は背負っていたリュックから、準備していた書類一式を取り出した。校長は、信頼しているのか簡単に確認を済ませると、デスクの引き出しから自身の名前が刻まれた校長印を取り出した。

秋葉はその印鑑を持つ校長の左手に気づいた。彼女は左手で作業をしており、右手にはずっと手袋がはめられていた。何か理由があるのかもしれないが、秋葉は余計な詮索はしないことにした。

「本当に覚悟はできているの?」

校長は印を押す前に、最後の確認をするように秋葉に尋ねた。

「リンクスになるということは、人類を守るために戦うということ。重い責任を背負い、これからの人生が大きく変わるわ。分かっているわね?」

その問いは、通常なら保護者に向けられるものだったが、秋葉の年齢がまだ若いため、校長は念を押していた。

「はい、覚悟しています。」

秋葉は心の中で「後戻りはできない」と自分に言い聞かせた。たとえ前方に深い闇が待ち受けていようとも、今さら引き返せないのだ。

印章が「ポン」と押された瞬間、全てが確定した。半月前まで20代の男性だった秋葉は、これで正式にリンクス――つまり、魔法少女として新たな人生を歩むこととなった。

「中島さん、先ほどお伝えした新入生が到着しました。はい、そうです。手続きは完了していますので、案内をお願いできますか?」

電話を切って数分後、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ。」

校長が言うと、入ってきたのは眼鏡をかけた背の高い女性。協会の制服を着ており、年齢は秋葉が変身前の姿と同じくらいだろうか。長身でスタイルも良いが、どこか頼りなさそうな印象を受ける。

「秋葉さん、こちらは中島愛さん。これからは彼女があなたのリンクス指導担当で、困ったことがあれば相談できるわ。また、彼女があなたのグループリーダーでもあるの。」

眼鏡に高身長、スーツ姿といった要素が合わさり、秋葉は昔観たAV動画の女優さんを思い浮かべた。中々の美人で・・・ボディーラインもばっちり・・・スーツ姿はそれはそれでまた・・・
しかし、どうしてか彼女からはまったく大人のエロスを感じない。むしろ、社会に出たばかりの新人のような初々しさがあった。

「こんにちは、中島さん。」心の中で失礼なことを考えつつも、秋葉は礼儀正しく立ち上がり、軽く頭を下げた。

「初めまして、秋葉さん。」

中島は柔らかく笑みを浮かべ、秋葉を一瞥した後、校長先生の方に向き直った。

「可愛い新入生ですね、校長先生。彼女を私に任せて大丈夫なんですか?」

その言葉に含まれる意味を、秋葉はまだ理解していなかったが、校長先生は少し不安げな表情を浮かべた。
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