魔人に脅されて、まさか自分が魔法少女として潜入することになるなんて――

５，ネズミと猫

桜井校長が話を終えると、中島愛は秋葉を連れて校長室を出た。歩きながら、秋葉は新しい環境に不安を感じていたが、何とか気を紛らわすために中島に質問した。

「中島さん……いや、桜井校長があなたを“リンクスの指導者”って言っていましたが、僕、いや私、あなたを“中島先生”と呼んでいいですか？」

秋葉の目論見は、これまでの社畜経験に基づいていた。上司との距離を縮めておけば、将来困った時にきっと便利だろう、と。やっぱり「先生」と呼べば、なんとなく親しみが持てそうだし、うまくいくはず……。

ところが――

「だめよ。」

中島愛は微笑みながら、しかしあっさりと断った。

「私は先生じゃないわ。私は小隊のメンバーの生活や戦闘時の指揮を担当しているの。つまり、私たちはもっと“戦友”みたいな関係ね。」

「あ、そうですか……」

秋葉はしょんぼりした。“仲良くなる作戦”が出鼻をくじかれたような気がして、ちょっと落ち込んだ。けれど――

「でも、秋葉ちゃん？私のことは“愛お姉ちゃん”って呼んでいいわよ～、秋葉ちゃん♡」

ニコッと不敵な笑みを浮かべる中島愛。その表情は明らかに悪戯っぽくて、秋葉の心の防御は一瞬で崩れた。

「愛お、お姉ちゃん……？」

秋葉は震えるような声で言った。顔は真っ赤になり、なんだか心がモゾモゾして落ち着かない。自分の「親しみ作戦」は成功したのか失敗したのか、分からなくなってきた。ただ、これは明らかに「近すぎる」。

「いやいや、俺ってば男なんだけど、なんでこんなことに……！」と心の中で叫びつつも、彼女の表情は可愛らしく困惑していた。

「ふふっ、可愛いわね～。よしよし、秋葉ちゃん。」

中島はまるで獲物を捕らえたかのように、優しく秋葉の頭に手を乗せて撫でた。秋葉のふわふわの黒髪を梳くたびに、彼女の瞳は一層輝いた。

「え、ちょっ、なんで撫でるんですか！？ちょっと、これって普通なんですか！？」と秋葉は内心大パニック。突然のスキンシップにどう反応したらいいのか、まるで分からなかった。思わず頭の中が真っ白になる。

「女の子同士って、こんなにフレンドリーなものなのか？」と自問自答してみるが、そもそも秋葉は恋愛経験ゼロ。女性の友達もほとんどいないため、女の子同士の距離感など知る由もない。

「まあ、男同士でこんなことされたら全力で拒否するけど、今は違うし……でも、え？これ、やっぱ変なのか？」と混乱し続ける秋葉。心の中ではツッコミを入れつつも、表面上はされるがまま、ただ赤面して立ち尽くすばかりだった。

「まあ、でも……ちょっと気持ちいいかも？」

そんな秋葉の葛藤が頭の中を駆け巡っていた――。

---

撫でられたのはほんの短い時間だったが、秋葉にとっては永遠のように感じられた。中島は、撫で終わった後も笑顔を浮かべながら、次の説明を始めた。

「さてと、この校舎の説明をするわね。あちらは学院の一区よ。普通の学生たちが勉強しているエリアで、壁で仕切られているけど、中庭の門から自由に行き来できるの。」

中島は手で示しながら、案内を続けた。

「ただし、向こうの子たちの授業を邪魔しないようにね。ここは二区の教室棟、義務教育の勉強をする場所よ。一区に比べると小さいけど、私たちリンクスは少人数だから、これでも余裕があるくらいなの。」

秋葉は「なるほど」と頷きつつ、複雑な気持ちを抱えていた。もう一度学校生活を送るなんて、予想もしていなかったからだ。

「で、あそこが一番大事な場所！北にそびえ立つ【総合戦闘センター】よ。連結者としての訓練や体調チェック、小隊の会議なんかは全部あそこで行うの。」

中島の説明に従い、秋葉は視線を向ける。すると、そこには高層ビルのような巨大施設が建っていた。無機質なデザインで、見ているだけで背筋が伸びそうだ。

「なんか……あそこだけ異次元みたいだな」と思わずつぶやく秋葉。確かに、あの施設はまるで未来都市から飛び出してきたような威圧感を放っていた。

その後、中島は秋葉を連れて教室へと向かう。秋葉の心臓はどんどん高鳴っていく。これから初めてクラスメートと対面するのだ――。

「あなたのクラスは二区で一番人数が多いの。20人以上はいるわね。私たちの小隊のメンバーもここにいるわ。」

秋葉は緊張しながら頷いた。そして、ついに教室の前に到着。ドアの向こうからは、女子生徒たちのざわつく声が聞こえてきた。

「ねえ、新しい子が来るって聞いた？」

「きっと、あの子だよね？」

秋葉はドキドキしながら、ドアをじっと見つめる。「頼むから、バレないでくれよ……」と心の中で祈りながら、深呼吸を一つ。

「おい、俺はただのスパイなんだぞ！こんな可愛い子たちに見られるの、耐えられないんだけど！？」と、心の声は絶叫していた。