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離宮1
アンフェールと『至上命令』
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そうして時間は離宮二日目から、三日目の晩に戻る。
アンフェールは、家政婦長ミセス・ガーベラの後ろを着いて歩きながら、引き続き独居計画について思考を巡らす。
(全員を離宮から遠ざければ森にも入りたい放題になる。
古代竜時代の住居は『隠匿』と『保存』を掛けていたけど残っているだろうか……。
あそこは二部屋だし過ごしやすい。離宮は広すぎて一人では孤独感が強すぎる。ただでさえ子供が一杯いる教会の寮で育ったのだ)
アンフェールは戻ることの出来ない教会を思い出して、少し悲しくなった。涙が出ないように、顔を少し上向けて、すん、と息を吸う。
泣いてはいけないのだ。
泣いたら色仕掛け隊こと、メイド連中が母親面をして構ってくる。内情を知っている分、それは不快でしかない。寮長エドワードの裏の無い母親面とは違うのだ。
(もっと成長すれば、幼体ならではの甘ったれな部分は解消するだろうか。人格は爺もいい所なのに心は幼体だ。ちょっとしたことで感情が大きく動く。
教会でぬくぬく生活していたからこんなだなんて想像もしていなかった。私は存外寂しがりなのだな……)
感傷的な気分に浸っている内に食堂に着いてしまった。三人のメイドが世話を焼く為に、花に群がる虫のように寄ってくる。
食事はとても寂しい。料理は美味しいのだが。
大きな長テーブルだというのに着座するのはアンフェール一人。マナーとして使用人は一緒に食べないんだろう。
(マナー云々関係なく、こいつらと食卓を囲みたいとは思わないが……)
あと、目の前のシチューにはアリウムが多めに入っている。
今夜までアリウムと遭遇しなかったから、好き嫌いを把握されていると思っていたのに。
避けて食べると量が少ない。多く入ってるせいでスープ部分からアリウム臭がするし。アンフェールは臭いに対する不快感で眉を寄せる。
「殿下、アリウムはお嫌いですか? ふふ、お嫌でしたら食べなくても大丈夫ですよ。誰も殿下を叱りません。怖がらずに、嫌いなものは教えてくださいね。すぐ作り直してまいりますから」
そう言って給仕役のメイドはアンフェールに対し優しそうに見える笑顔を向ける。
メイドはシチュー皿を手にし、厨房へと戻っていく。その後ろ姿は心なしか楽しげだ。点数を稼いだ、とでも思っているのかもしれない。
(誰も叱らない……、か)
メイドの言葉を考えるに、教会でのアンフェールの情報は聞き取り済みなんだろう。好き嫌いだけでなく、嫌いなものを寮長エドワードに叱られながらいつも残していた件も。
メイドはアンフェールに近づく為に、エドワードと逆のやり方を選択したのだ。
今日の夕食にアリウムを盛ったのも、様子を見た感じワザとだ。
『自分たちは教会の人間と違い、残しても叱る事はしない』とアンフェールに知らしめる為に違いない。
何となくエドワードを否定されたようで不快だった。
同じ攻め方で真似られるのも不快に感じるとは思うが。
――『シエル、またアリウム残して! ちゃんと食べないと!』
――『もー! 好き嫌いしてると大きくなれないだろっ』
アンフェールの脳裏に、寮長エドワードの声が蘇る。
エドワードはアンフェールが嫌いだって言っても毎回アリウムを入れてきた。
アンフェールに嫌がらせしたい訳じゃない。小さく成長の遅いアンフェールを心から心配して、栄養バランスを考えて入れてくるのだ。
アリウムの栄養価が高いのは知識として知っている。
だから暑苦しい位に勧めてくる。
食べ渋り、残すアンフェールの目の前で『こんなに美味しいのにー』と言いながら、ニコニコ顔で残した分を食べるのだ。
それは、少しでもアンフェールに『美味しいものなんだぞ』と刷り込む様な、地道なやり方だった。
毎日だ。
寮長の仕事もあって忙しいくせに正直手間だろう。
エドワードは毎回そうやって一生懸命アンフェールのアリウム嫌い克服活動をしていたのだ。
それは打算の無い、ただただ純粋な愛情だった。
思い出すともう駄目で、ポロリと涙が零れる。ポロポロ落ちた涙が腿上のナプキンに染みを作った。
「殿下、大丈夫ですか? お嫌いなもの、お嫌でしたわよね。大丈夫ですよ。私たちは殿下の味方ですもの」
椅子の後ろに控えていたメイドが、声を掛けてくる。膝を曲げアンフェールに目線を合わせてきた。
味方気取りの薄っぺらい笑顔で、取り入る為にアンフェールを抱きしめようと手を伸ばしてくる。
脳裏にあった優しいエドワードの姿や声を、穢される様な気がして、全身が総毛立った。
(――……! 触るな、女郎! 我は王ぞ!!)
ブワリ、と気が走る。
目の前のメイドは悲鳴を上げる事すら出来ずに、喉に何かが突っかかったようにくぅ、と引き絞る様な声を鳴らした。
咄嗟に全身から『威圧』を放ってしまった。
もろにアンフェールの威圧を食らったのだ。メイドは硬直し、動けないなりに震えている。顔は血の気が引いて真っ白だ。
室内にいたミセス・ガーベラともう一人のメイドは強く圧するような違和感を感じたのか、慌てた様子で周囲を見回していた。
(威圧で済んでよかった。うっかり殺さずに済んだ。幼体は感情の乱高下が激しいな)
しかし、これではいけない。七歳児を装わなければいけないのだ。フォローもきちんとしなくては。
アンフェールは怯えるメイドに向けて、ニッコリと子供らしい笑顔を向けた。
「平気です。食事の続きをしますので、あなたは後ろで控えて下さい」
威圧を受けた直後だけあって、メイドは言われるまま、後ろに下がった。
給仕のメイドがアリウムの入ってないシチューを持って戻って来た。
作り直しにしては完成が早すぎる。やっぱり、アリウムはわざと盛ったのだ。鍋を二つに分けたりしていたんだろう。
アンフェールが七歳児だと思って、本当に舐めている。
古代竜の記憶が無くても、シチューがこんな短時間で完成しない事は分かる。貴族と違い、教会では子供達が料理するのだ。
(ああ、このメイドも貴族の娘だったか。血筋に問題が無いとミセス・ガーベラが言ってたしな。料理もろくに知らないに違いない。提供される料理は城から運搬しているんだろう。プロの味だ。この娘に作れるものでは無い。
馬鹿は馬鹿だから、どこに違和感を持たれるか分からないのだ)
それがそのまま顔に出たのかもしれない。
給仕のメイドは「ヒッ」と短く悲鳴を上げて後ずさり、おべんちゃらを使う事も無く、そのまま後ろに下がってしまった。
(やはり、全員追い出した方がいい。耐えられない。期を見るまでもない。今、これから決行しよう)
アンフェールはイライラしつつも、食事は完食した。
エドワードの教育を受けたアンフェールは、お残し厳禁なのだ。
「ミセス・ガーベラ、大事なお話があります。メイド達もこちらへ」
食堂から退室する前に、ミセス・ガーベラとメイド達にそう声を掛けた。彼女たちはお互い目配せをした後、アンフェールの前に集う。
ミセス・ガーベラは口元は笑っているのに能面の様な硬い表情だ。
メイド達も不安げに顔を曇らせている。
先程の『威圧』が竜種の特殊能力である『威圧』だと分からなくても、給仕のメイド以外何かしら圧は感じただろう。強い魔力の奔流、位に捉えたろうか。
「殿下、どのようなお話ですか?」
「はい。みなさんに、お願いがあって」
冷静に問いかけるミセス・ガーベラに、アンフェールはにっこりと微笑み返した後、目を大きく見開き、強く力を開放した。
「『――催眠――』」
アンフェールの声はよく響き、四人の脳を揺らした。
意識の拘束は上手く行った。四人とも目が虚ろになり、意思の光は消えている。アンフェールは口角を上げてニヤリと笑った。
「『――至上命令――』
これからは、ぼくの屋敷には来ない事。みんなは使用人宿舎で過ごしてね。だから使用人は、これ以上要らないよ。
誰かにぼくの事をたずねられたら、問題ないと答えるようにね」
これでこの四人は、本来の仕事をする時間、使用人宿舎で思い思いに過ごす事となる。
誰かにアンフェールの様子を尋ねられれば、その時々で都合が良いように『問題ない』と思われる回答を返すだろう。
「あとぼくの事を犯そうなんて考えないでね。絶対に触らないで。間違って殺してしまいそう」
一応予防線を張っておく。
屋敷にこいつらが来なくても、アンフェールが物資を拝借しに使用人宿舎に潜り込む事もある。
認知されないよう『隠匿』を自身に掛けるつもりではあるけれど、万一の際の事故防止だ。馴れ馴れしく触られたら気持ちが悪い。
四人には術が深く掛かったようだ。
食堂から出ていく四人を視界を飛ばして見守る。真っ直ぐ使用人宿舎に戻るようだ。アンフェールはホッと息を吐いた。
◇◇◇
「殿下? どうされましたか?」
ギュンターが優しい口調で問いかけてくる。
ここは屋敷の側仕え用の部屋だ。ちなみにギュンターの部屋はアンフェールの部屋の正面に当たる。机のランプがついている。どうやら事務仕事をしていたらしい。
作業を中断させてしまったにもかかわらず、ギュンターは不快な表情一つ見せない。アンフェールに柔らかく笑いかけてくれる。
(コイツ本当に子供好きな顔をするな。自然な表情にしか見えない。これが偽りだっていうんだから凄い)
アンフェールは胸に軽く痛みを覚えるも、先程の四人と同じようにギュンターに暗示をかけた。
必要な書類をまとめ、ギュンターは部屋から、屋敷から出ていく。使用人宿舎に帰る背を見送ってから、アンフェールは自室に戻った。
アンフェールは寝支度を一人で済ませた。
ベッドにポフリと横になる。
誰の気配もない。本当に静かな屋敷。アンフェールは一人ぼっちだと思うと少し悲しくなり、じわじわと目元が熱くなった。
「ふふ。誰もいないなら森に入っても大丈夫。明日は探検に行こう。楽しい事を考えよう」
監視の目が無ければ、森への出入りも自由である。
古代竜時代の思い出をたくさん感じれば、寂しい心が癒されるかもしれない。
タンジェントと森を駆け回れば、幸せだった教会の森にいる気分を味わえるかもしれない。
楽しい事を考えよう。
「おやすみ、りょうちょう……」
アンフェールはウトウトした声で、いつものように『寮長』と呼びながら、スヤスヤと眠りに落ちていった。
――アンフェールは離宮内の敵味方の判断を、正しく出来ていなかった。
しかし一律に排除するという極端な方法で難を逃れたのである。
ここから五年以上、アンフェールは使用人のいない環境で過ごす事となる。
アンフェールは、家政婦長ミセス・ガーベラの後ろを着いて歩きながら、引き続き独居計画について思考を巡らす。
(全員を離宮から遠ざければ森にも入りたい放題になる。
古代竜時代の住居は『隠匿』と『保存』を掛けていたけど残っているだろうか……。
あそこは二部屋だし過ごしやすい。離宮は広すぎて一人では孤独感が強すぎる。ただでさえ子供が一杯いる教会の寮で育ったのだ)
アンフェールは戻ることの出来ない教会を思い出して、少し悲しくなった。涙が出ないように、顔を少し上向けて、すん、と息を吸う。
泣いてはいけないのだ。
泣いたら色仕掛け隊こと、メイド連中が母親面をして構ってくる。内情を知っている分、それは不快でしかない。寮長エドワードの裏の無い母親面とは違うのだ。
(もっと成長すれば、幼体ならではの甘ったれな部分は解消するだろうか。人格は爺もいい所なのに心は幼体だ。ちょっとしたことで感情が大きく動く。
教会でぬくぬく生活していたからこんなだなんて想像もしていなかった。私は存外寂しがりなのだな……)
感傷的な気分に浸っている内に食堂に着いてしまった。三人のメイドが世話を焼く為に、花に群がる虫のように寄ってくる。
食事はとても寂しい。料理は美味しいのだが。
大きな長テーブルだというのに着座するのはアンフェール一人。マナーとして使用人は一緒に食べないんだろう。
(マナー云々関係なく、こいつらと食卓を囲みたいとは思わないが……)
あと、目の前のシチューにはアリウムが多めに入っている。
今夜までアリウムと遭遇しなかったから、好き嫌いを把握されていると思っていたのに。
避けて食べると量が少ない。多く入ってるせいでスープ部分からアリウム臭がするし。アンフェールは臭いに対する不快感で眉を寄せる。
「殿下、アリウムはお嫌いですか? ふふ、お嫌でしたら食べなくても大丈夫ですよ。誰も殿下を叱りません。怖がらずに、嫌いなものは教えてくださいね。すぐ作り直してまいりますから」
そう言って給仕役のメイドはアンフェールに対し優しそうに見える笑顔を向ける。
メイドはシチュー皿を手にし、厨房へと戻っていく。その後ろ姿は心なしか楽しげだ。点数を稼いだ、とでも思っているのかもしれない。
(誰も叱らない……、か)
メイドの言葉を考えるに、教会でのアンフェールの情報は聞き取り済みなんだろう。好き嫌いだけでなく、嫌いなものを寮長エドワードに叱られながらいつも残していた件も。
メイドはアンフェールに近づく為に、エドワードと逆のやり方を選択したのだ。
今日の夕食にアリウムを盛ったのも、様子を見た感じワザとだ。
『自分たちは教会の人間と違い、残しても叱る事はしない』とアンフェールに知らしめる為に違いない。
何となくエドワードを否定されたようで不快だった。
同じ攻め方で真似られるのも不快に感じるとは思うが。
――『シエル、またアリウム残して! ちゃんと食べないと!』
――『もー! 好き嫌いしてると大きくなれないだろっ』
アンフェールの脳裏に、寮長エドワードの声が蘇る。
エドワードはアンフェールが嫌いだって言っても毎回アリウムを入れてきた。
アンフェールに嫌がらせしたい訳じゃない。小さく成長の遅いアンフェールを心から心配して、栄養バランスを考えて入れてくるのだ。
アリウムの栄養価が高いのは知識として知っている。
だから暑苦しい位に勧めてくる。
食べ渋り、残すアンフェールの目の前で『こんなに美味しいのにー』と言いながら、ニコニコ顔で残した分を食べるのだ。
それは、少しでもアンフェールに『美味しいものなんだぞ』と刷り込む様な、地道なやり方だった。
毎日だ。
寮長の仕事もあって忙しいくせに正直手間だろう。
エドワードは毎回そうやって一生懸命アンフェールのアリウム嫌い克服活動をしていたのだ。
それは打算の無い、ただただ純粋な愛情だった。
思い出すともう駄目で、ポロリと涙が零れる。ポロポロ落ちた涙が腿上のナプキンに染みを作った。
「殿下、大丈夫ですか? お嫌いなもの、お嫌でしたわよね。大丈夫ですよ。私たちは殿下の味方ですもの」
椅子の後ろに控えていたメイドが、声を掛けてくる。膝を曲げアンフェールに目線を合わせてきた。
味方気取りの薄っぺらい笑顔で、取り入る為にアンフェールを抱きしめようと手を伸ばしてくる。
脳裏にあった優しいエドワードの姿や声を、穢される様な気がして、全身が総毛立った。
(――……! 触るな、女郎! 我は王ぞ!!)
ブワリ、と気が走る。
目の前のメイドは悲鳴を上げる事すら出来ずに、喉に何かが突っかかったようにくぅ、と引き絞る様な声を鳴らした。
咄嗟に全身から『威圧』を放ってしまった。
もろにアンフェールの威圧を食らったのだ。メイドは硬直し、動けないなりに震えている。顔は血の気が引いて真っ白だ。
室内にいたミセス・ガーベラともう一人のメイドは強く圧するような違和感を感じたのか、慌てた様子で周囲を見回していた。
(威圧で済んでよかった。うっかり殺さずに済んだ。幼体は感情の乱高下が激しいな)
しかし、これではいけない。七歳児を装わなければいけないのだ。フォローもきちんとしなくては。
アンフェールは怯えるメイドに向けて、ニッコリと子供らしい笑顔を向けた。
「平気です。食事の続きをしますので、あなたは後ろで控えて下さい」
威圧を受けた直後だけあって、メイドは言われるまま、後ろに下がった。
給仕のメイドがアリウムの入ってないシチューを持って戻って来た。
作り直しにしては完成が早すぎる。やっぱり、アリウムはわざと盛ったのだ。鍋を二つに分けたりしていたんだろう。
アンフェールが七歳児だと思って、本当に舐めている。
古代竜の記憶が無くても、シチューがこんな短時間で完成しない事は分かる。貴族と違い、教会では子供達が料理するのだ。
(ああ、このメイドも貴族の娘だったか。血筋に問題が無いとミセス・ガーベラが言ってたしな。料理もろくに知らないに違いない。提供される料理は城から運搬しているんだろう。プロの味だ。この娘に作れるものでは無い。
馬鹿は馬鹿だから、どこに違和感を持たれるか分からないのだ)
それがそのまま顔に出たのかもしれない。
給仕のメイドは「ヒッ」と短く悲鳴を上げて後ずさり、おべんちゃらを使う事も無く、そのまま後ろに下がってしまった。
(やはり、全員追い出した方がいい。耐えられない。期を見るまでもない。今、これから決行しよう)
アンフェールはイライラしつつも、食事は完食した。
エドワードの教育を受けたアンフェールは、お残し厳禁なのだ。
「ミセス・ガーベラ、大事なお話があります。メイド達もこちらへ」
食堂から退室する前に、ミセス・ガーベラとメイド達にそう声を掛けた。彼女たちはお互い目配せをした後、アンフェールの前に集う。
ミセス・ガーベラは口元は笑っているのに能面の様な硬い表情だ。
メイド達も不安げに顔を曇らせている。
先程の『威圧』が竜種の特殊能力である『威圧』だと分からなくても、給仕のメイド以外何かしら圧は感じただろう。強い魔力の奔流、位に捉えたろうか。
「殿下、どのようなお話ですか?」
「はい。みなさんに、お願いがあって」
冷静に問いかけるミセス・ガーベラに、アンフェールはにっこりと微笑み返した後、目を大きく見開き、強く力を開放した。
「『――催眠――』」
アンフェールの声はよく響き、四人の脳を揺らした。
意識の拘束は上手く行った。四人とも目が虚ろになり、意思の光は消えている。アンフェールは口角を上げてニヤリと笑った。
「『――至上命令――』
これからは、ぼくの屋敷には来ない事。みんなは使用人宿舎で過ごしてね。だから使用人は、これ以上要らないよ。
誰かにぼくの事をたずねられたら、問題ないと答えるようにね」
これでこの四人は、本来の仕事をする時間、使用人宿舎で思い思いに過ごす事となる。
誰かにアンフェールの様子を尋ねられれば、その時々で都合が良いように『問題ない』と思われる回答を返すだろう。
「あとぼくの事を犯そうなんて考えないでね。絶対に触らないで。間違って殺してしまいそう」
一応予防線を張っておく。
屋敷にこいつらが来なくても、アンフェールが物資を拝借しに使用人宿舎に潜り込む事もある。
認知されないよう『隠匿』を自身に掛けるつもりではあるけれど、万一の際の事故防止だ。馴れ馴れしく触られたら気持ちが悪い。
四人には術が深く掛かったようだ。
食堂から出ていく四人を視界を飛ばして見守る。真っ直ぐ使用人宿舎に戻るようだ。アンフェールはホッと息を吐いた。
◇◇◇
「殿下? どうされましたか?」
ギュンターが優しい口調で問いかけてくる。
ここは屋敷の側仕え用の部屋だ。ちなみにギュンターの部屋はアンフェールの部屋の正面に当たる。机のランプがついている。どうやら事務仕事をしていたらしい。
作業を中断させてしまったにもかかわらず、ギュンターは不快な表情一つ見せない。アンフェールに柔らかく笑いかけてくれる。
(コイツ本当に子供好きな顔をするな。自然な表情にしか見えない。これが偽りだっていうんだから凄い)
アンフェールは胸に軽く痛みを覚えるも、先程の四人と同じようにギュンターに暗示をかけた。
必要な書類をまとめ、ギュンターは部屋から、屋敷から出ていく。使用人宿舎に帰る背を見送ってから、アンフェールは自室に戻った。
アンフェールは寝支度を一人で済ませた。
ベッドにポフリと横になる。
誰の気配もない。本当に静かな屋敷。アンフェールは一人ぼっちだと思うと少し悲しくなり、じわじわと目元が熱くなった。
「ふふ。誰もいないなら森に入っても大丈夫。明日は探検に行こう。楽しい事を考えよう」
監視の目が無ければ、森への出入りも自由である。
古代竜時代の思い出をたくさん感じれば、寂しい心が癒されるかもしれない。
タンジェントと森を駆け回れば、幸せだった教会の森にいる気分を味わえるかもしれない。
楽しい事を考えよう。
「おやすみ、りょうちょう……」
アンフェールはウトウトした声で、いつものように『寮長』と呼びながら、スヤスヤと眠りに落ちていった。
――アンフェールは離宮内の敵味方の判断を、正しく出来ていなかった。
しかし一律に排除するという極端な方法で難を逃れたのである。
ここから五年以上、アンフェールは使用人のいない環境で過ごす事となる。
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