エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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離宮2

アンフェールと半年/ギュンターと天使のグレン

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 アンフェールが離宮にやってきて半年が経った。

 隠れ家に入り浸って離宮には殆ど戻らないものの、一応一週間に一回くらいの割合で戻ったりしている。
 主に本を物色している。読み終わった本を戻して新しい本を借りているのだ。離宮は蔵書数が多い。
 おそらく、離宮は別荘のように趣味娯楽の為に建てられた建物なのだ。森の傍らに建てられたのも貴族の高尚な趣味である狩猟の為だろう。趣味っぽい装飾の施された猟銃が飾られた部屋もあった。
 猟銃は魔道具だ。アンフェールが古代竜エンシェントドラゴンだった頃にも猟銃はあった。でも銃の構造はその頃より複雑になっていた。

(研究が進んでいるんだな。どの魔道具もそうだ。古代竜エンシェントドラゴンだった時代よりも、機能性が上がっている。そういえばアレ・・はまだあるのだろうか)

 アンフェールは忌々しい船を思い出した。
 それは空を飛ぶ船だった。骨格に竜の骨、翼に皮を使い、魔石を動力源にして飛んでいた。竜種の遺骸を冒涜したような乗り物だった。
 アンフェールの故郷であった『竜の谷』は人間の生活圏から遥かに離れた安全地帯だった。険しい山脈や、魔素が噴き出す谷に守られた楽園だった。そこへ『船』がやって来たのだ。
 人型を取らされ、魔道具で拘束され、たくさんの竜種が船に積み込まれたと、友人である赤竜タンジェントから話を聞いた。

 アンフェールがいない間に『竜の谷』は空っぽになってしまった。守るべき仲間たちを、アンフェールは守れなかった。
 『離宮』で寂しさに囚われると、アンフェールは誰もいない空っぽの谷の夢を見る。
 王だったアンフェールにとって、それはこの上ない悪夢だった。

『あんふぇ、かなし? げんき、げんき』

 ふわりと風が纏わりつく。それは風の精霊だった。アンフェールは精霊たちに離宮の管理をお願いしていた。

「ありがとう、大丈夫だよ。皆がいるからね」
『そか。よかたねー』
「うん」

 低級精霊なので言葉は上手くない。それでも精霊は感情に敏感だ。アンフェールが悲しくなるとわらわらと集まってくる。心配してくれているのだ。

「ふふ。ぼくもお掃除、手伝おうかな」
『ほんと? あんふぇ、あそべる?』
「遊ぶんじゃないよー。お掃除だよ、お掃除!」
『あそぼ、あそぼ』

 アンフェールは精霊たちのお掃除を手伝った。とはいえ、毎日のように清掃された離宮には塵一つない。
 なので庭の植え込みをアンフェールのセンスでカッティングすることにした。クマ型にカッティングしたので、ででんと大きなぬいぐるみが置いてあるように見える。
 アンフェールは掃除だと主張したのに、精霊は遊んでもらえたと喜んでいた。


(生まれ変わってから、空を飛ぶ乗り物は見ていない。『ヴィシュニア王国史』にも船に関して何の記述も無かった。……まぁ、生け捕りで連れていかれた竜種たちの末路だって書かれていない訳だが。不都合な歴史は書かれていないのか。……多く本を読めばどこかに記述は残っているだろうか)


 クマが鎮座する庭で、アンフェールは空を見上げた。



◇◇◇



 執事ギュンターは、離宮の使用人宿舎にある自分の部屋で書類に目を通す。
 仕事の書類は城にいた頃と変わらないほど多い。それなのに、城にいた頃より生活時間のゆとりがあるのが不思議だった。

 ――このゆとりはアンフェールの暗示によって、執事としての仕事をしていない事に由来するのだが、ギュンターは気づかない。不自然に空いた時間があっても、その時間に対して尤もらしい理由が勝手に生成されるのだ。

 ギュンターはベランダにある長椅子に座り、遠くに見える城の方を眺めた。

(グレン様……)

 ギュンターは国の騎士として生きてきた人生を捨てて、生涯グレン一人に仕えると心に決めている。グレンは深く深く敬愛する主だ。
 その愛する主であるグレンの、幼い頃を思い返す。


 ………………


 …………


 ……


 産まれたと同時に母である王妃を亡くしたグレンは、母性を絵にかいたような性格である乳母――ギュンターの妹マーヤに育てられた。
 マーヤはギュンターに似ずふっくらとして、穏やかで優しかった。唯一似ているのは生き逞しい性質だろうか。
 グレンは彼女にとても懐いていた。

 ギュンターから見ると国王は冷血漢で、好きになれない人間だった。あんな冷たい人間から愛らしく可愛いグレンが生まれたのは奇跡に近いと思っている。
 王妃であった母の血が強く、マーヤの教育が良かったのかもしれない。実際、グレンの顔は王妃によく似ていた。国王から譲られたのは髪と目の色ぐらいだ。

 成長した今では男らしくしっかりした体躯のグレンも、子供の頃は本当に天使だった。
 ギュンターはグレンとマーヤを護衛する役目を、宰相エックハルトから命じられていた。愛する妹と天使なグレンを仕事という名目で見守っていいなんて、素晴らしい職場だと思って務めていた。

「ぎゅんた」

 小さなグレンがギュンターの名を呼ぶ。
 つつきたくなるふくふくほっぺのグレンが、ギュンターのズボンを小さな手でギュッと握っていた。見上げる赤い目は宝石のようにキラキラしている。
 天使の輪を形作るツヤツヤの黒髪はおかっぱだ。それが、問いかけるような首を傾げる動きで、サラリと揺れる。

「はい、グレン様」
「まーやは、ぎゅんたにそっくりです。きょうだいですか?」
「そうですよ。マーヤは私の妹です」

 そっくりです、という程ギュンターとマーヤは似ていない。
 兄妹なのでベースになる顔は共通点があるのかもしれない。とはいえ性別も違うし、精悍なギュンターとふっくらしたマーヤは体型からそもそも違う。
 分かったのだとしたら、グレンは余程マーヤとギュンターの顔を覚えているのだ。そう考えると少しくすぐったかった。

 兄妹と聞いて『正解した!』と言わんばかりに、グレンはぱっと嬉しそうな顔をした。
 それなのに嬉しい顔はすぐに寂しい顔に切り替わって、俯いてしまった。

「わたしも、きょうだいがほしかったです」
「グレン様……」

 シュンとした様に顔を曇らせるグレンに、ギュンターの庇護欲は堪らない感じになってしまった。
 グレンは母もおらず、父にも数える程しか会えていない。それを考えると、いくらマーヤが優しくともどこか寂しいのかもしれないと思った。

「グレン様が寂しい時は、私がグレン様のお兄さんになりますよ」

 思わず、そう口にしてしまった。
 年子とはいえマーヤより年上だ。お兄さんというよりはお父さんだろう。

「ほんとうですか!」

 グレンは両手でギュンターのズボンをぎゅうと掴み、ぱあっ、と顔を輝かせる。その輝きにギュンターは眩暈が起こりそうだった。

「本当ですよ。私がグレン様を弟だと思って、グレン様が私をお兄さんだと思ったら、そうしたら立派な兄弟です。世の中には血の繋がらない兄弟なんて一杯いるんですから」

 ギュンターはグレンと同じ位置で目を合わせて語り掛けたかったので膝を曲げた。
 目を見て、ゆっくり語り掛けると、グレンはギュンターの話を理解したようにコクコクと頷いていた。

「わたし、わたし、ぎゅんたをおにいさまだと、おもいます! ぎゅんたは?」
「弟だと思いますよ」

 そういうと、グレンの小さな体が勢い良く抱きついて来た。可愛さに胸がギュッとする。
 幼子独特の甘く良い匂いがして、ギュンターは天使がいるなんて天国なんじゃないかと思った。

「うれしい! あしたも? あしたもおにいさましてくれる?」
「グレン様。今日はまだお昼ですよ。今日もたくさん兄弟でいて、明日も兄弟でいましょう」
「はい!」

 ギュンターはグレンを抱き上げた。
 グレンはその目線の高い抱っこを喜んでいた。背の低いマーヤの抱っこと目線が随分違うらしい。
 高さにはしゃぐなんて、女の子のような見た目でも男の子なんだな、とギュンターは目を細めた。

「ぎゅんた。ぎゅんたがずっと、おにいさまだったらいいのに」

 ギュンターは、グレンが求めてこなくても、ずっと心はお兄さんであろうと決めた。
 それからは抱っこや肩車をしょっちゅうしてあげた。体力勝負の遊びをギュンターがするのは助かるらしい。その事をマーヤは喜んでくれた。 
 グレンは警護対象であり、弟であり、大切な宝物だった。


 その宝物が暴力に甚振られていた事に、ギュンターは気がつかなかった。


 気がついたときには、取り返しがつかない程壊れてしまっていた。

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