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隠れ家――アンフェールとグレン2
アンフェールと竜石と露天風呂
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食後だ。
夕食はたっぷり食べた。アンフェールは満腹になると催す方なのだ。
竜種の排泄物である『竜石』は水晶玉のような見た目をしている。つるりとした球形であり無色透明だ。そして匂いも無い。排泄物が魔力と反応して形成する、魔力含有物質だ。
直径三センチ程の竜石を一度に二~五個程排出している。普段は室内で出し、木箱に溜めている。それを二、三日に一度、家の脇に掘った窪みに捨てて処理している。
しかし、今日はグレンが泊まりに来ているのだ。室内で排出行為をするのは憚られる。
アンフェールは家の脇に身を潜めてローブを持ち上げた。尻を出し、しゃがんで軽くいきむ。
つるりとした竜石は抵抗感なくアナルを割り拡げ、ぽとり、ぽとりと地面に落ちていく。
幼体であるので後孔に陰茎を受け入れる事は出来ないが、玉の排出行為でも十分に快感を得られる。アンフェールは目を潤ませ頬を染めながら、密やかな性の愉悦に浸っていた。
離宮に来てから得られたものの中で排出の時間は大きい。幼体であってもアナルはこれ程気持ちいいものかと、日々感動している。
これだけ良いなら幼体用の性具を作っても良いかもしれない、とまで考えているのだ。本能に直結する創作は意欲が高まるのも早い。
排出の快感にうっとりしていた分、意識が散漫になっていたのかもしれない。色々気がつかなかった。
落ちた玉同士が当たり、弾けてコロコロと転がる。少し、斜めになった地面で勢いづいてしまった。遠くへ行ってしまう竜石を溶けた目でボーっと追うと、見慣れた靴が目に入った。
その、美しく仕立てられた革靴に竜石がポンと当たる。
冷や汗が出た。
どうして、グレンが近くまで来ていた事に気がつかなかったのか。アンフェールはパニックを起こしたかのように頭がぐるぐるした。
「アンフェール、これは?」
「ひぇ……」
グレンは足元にやって来た竜石を摘まんで持ち上げる。それは尻から排出されたてだというのに。
アンフェールは羞恥で真っ赤になってしまった。
グレンはその球体の正体を分かっていない。興味深そうな目をして、上に下にと不思議そうに観察している。
アンフェールは救いを求めて神に祈りたくなった。人が神に祈るのはこんな時なんだと理解した。目の前で友人に排泄物の観察をされた時だ。
「宝石か何かだろうか。凄く綺麗だ」
「あわわわ……」
実際、竜石は人間社会では魔力を含む宝石扱いされている。
宝飾品の店で竜石を使ったアクセサリーも売られている。人に混じって生活をしていた時、宝飾品の店で微妙な気持ちになった事もある。毎日尻から出るものが金の台座に乗っているのだ。竜種目線で見ると美しいというより面白いのだ。
「ええと……グレン」
「うん?」
「精霊は身体からそれが出るんだ。恥ずかしいから、返して欲しいな、って……」
本当は尻から出たし、汚いから早く捨ててくれって言いたい。しかしアンフェールは、王子であり友人である彼に、それがただの排泄物だと言い辛いのだ。
「貰って良いだろうか」
「はぁ!」
「え、いや、とても綺麗だと思う。澄んでいて、研磨したかのように輝いていて……まるでアンフェールみたいに清らかだ。……誰にも見せない。ただ、城でアンフェールを思う時に見たいだけなのだ」
アンフェールは思わず蹲った。グレンのお願いモードの顔の子孫力の高さに負けそうになるが、あくまでそれは排泄物だ。
駄目だ!
それから結局、アンフェールはそれが自身の排泄物である事をグレンに吐いた。
仕方ない。持って帰るって言われたら言うしかないだろう。しかし言ったにもかかわらず、竜石は持ち帰りの荷物に大事に仕舞われてしまった。なんでだ。
「アンフェール、今度この石を出す所を見せてくれないだろうか。その……どのように排出されるのか、観察したいんだ」
「あわわわ……」
グレンの精霊に対する探究心は留まるところを知らない。
◇◇◇
「ここが露天風呂……」
「ぼく、お風呂好きだから拘ってるんだ。泊りの時は一緒にはいろうね」
周囲はすっかり夜だ。月見風呂と洒落込みたい。
森の中というのに夜間羽虫が飛んで来ないのは『結界』効果だ。露天風呂をはじめ、隠れ家の周囲に展開している。
この結界を張った区画は昆虫たちに『ここは避けた方がいいな』と誤認させる。なので煌々と明かりをつけていても静かなものだ。
正直アンフェールは夜目が利く。一切灯が無くても困らない。しかしグレンはそうでないので、彼が困らないように明るくしているのだ。
前世、グレングリーズと暮らしていた時は月明り、星明りだけで過ごしたものだな、とアンフェールは懐かしんで笑顔になった。
空を見上げる。今夜は月が二つとも満月でとても明るい。初めてグレングリーズと入浴を共にしたのも、双満月の夜だった。
二人が浸かる湯船には、湯気にもやけるものの、双満月が映っている。
それがまるで、はっきりしない古い記憶の中の月のようだと思うのは、アンフェールが感傷的になっている証拠だろうか。
年寄りはこれだからいけないな、とアンフェールは水面を手で払うようにして、像を揺らした。
それをグレンはアンフェールがお風呂ではしゃいでいると捉えたらしい。微笑ましそうな顔をされてしまった。
「楽しそうだな、アンフェール」
「……うん。月が綺麗だなって」
「そうだな。双満月か……。月は好きだ。見上げると何だか懐かしい気持ちになるんだ。特に双満月が好きだな」
「ふぅん」
グレンも双満月が好きなのか、と思うと、アンフェールは気が合ったようで嬉しくなった。
「月見酒でも用意できればよかった?」
「アンフェールは子供だから飲めないだろう? 一人で飲むのもちょっとな」
「ぐぬ。……月見ジュースを次は準備するよ。そしたら二人で飲める?」
「そうだな」
アンフェールは酒も作れる。風呂はアルコールが回るのも早いだろうから、食事中に提供するものとして醸造するのもいいかもしれない。
フェンリルから貰った果実で、精霊の協力の元醸造すれば、魔力を含んだ至上の美酒が作れる。それはグレンの魔力の為にもなる。
グレンは思い切り脚を伸ばしている。そして両腕を上方に伸ばして、背を反らせている。
広いお風呂で伸びをするのが気持ちいいんだろう、と風呂製作者冥利に尽きて、アンフェールはうんうん、と頷いた。
「アンフェールが一人で入るには広すぎるくらい広いな」
「あはは。元々はもう少し小さかったんだ。でも一人増えて……」
アンフェールは、しまった、と口をつぐんだ。
「アンフェール?」
グレンが訝しむようにアンフェールを見ている。
アンフェールは割とハッキリと同居人がいたような言葉を発してしまった。下手なごまかしは効かないかもしれない。
言いたくなければ言わなくていいのだ。優しいグレンはそれ以上追求しないだろう。
しかしアンフェールは言ってしまいたい気持ちになっていた。お風呂のリラックス効果なのか。
(……きっと私は誰かに、聞いて欲しいのだ)
同居相手が『守護竜グレングリーズ』であると言わなければいいのだ。そこを言ったらアンフェールが『古代竜アンフェール』であるとバレてしまうが、その辺をぼかせば問題ないだろう。
なんかもう、そこそこ長生きなのは察しているだろうし。
「ああ、うん。グレン。おうち、最初のお客さまって言ったけど、本当は遠い遠い昔にもう一人一緒に暮らした人がいたんだ」
アンフェールは緊張しつつも告白した。だというのにグレンは左程驚いていない。
「そうか」
「驚かないの?」
「何となくそうではないかと思っていた。外テーブルにも椅子がサイズ違いで二脚あったし、ベッドも広いしな」
「ベッドはそいつが来る前から、あのサイズだったよ。ぼくの好みで。椅子はそうだけど」
ベッドのサイズは完全にアンフェールの好みだった。ベッドが完成した後にグレングリーズが来たのだ。
ベッドサイズが大きいとはいえ、図体ばかりデカい赤ちゃんの添い寝は大変だった。盛ると乗って来るし、こちらは老体であるのに構わず朝まで腰を振って来るし。
赤ちゃんのくせに性欲だけは一人前だった。あいつに何度胎で射されたか。少子化甚だしい竜種だというのに、卵を二個産むくらいだ。
アンフェールは苦笑しつつも、情熱的に求められた事を思い出して、ちょっとだけ勃った。
アンフェールはつつつと移動し、グレンの脚の間によいしょと座った。背中をグレンの腹に預ける形だ。
なんとなく、聞いて欲しいけれど顔を見ると照れちゃう話なのだ。
アンフェールはそこで、ちょこんと、三角座りになった。
「……その人、身体が大きかったんだ。お風呂に一緒にはいると遠慮するのか身体を縮こませていて。ゆったり入って欲しかったから湯船を大きいサイズに改築したんだ。そいつと……」
アンフェールは月を見上げた。
「今みたいにこうして双満月を見上げた。一人ぼっちだったそいつに、ぼくは『双満月のように共にいてやる』って言ったんだ」
アンフェールは今更ながら、愛の告白のような言葉だな、と思った。
寄り添うように光る双満月。それは離れることなく夜空に軌道を描き、共に沈んでいくのだ。そのように共にありたい、なんてそういう意味に取らない方が難しいだろう。
その言葉を口にした時は、ただ、ボロボロに傷つき、お腹を空かせた孤独な赤ちゃんを『保護してやる』という気持ちだった。そう言うつもりで言ったのだ。
その日のうちに上に乗られると思わなかった。
アンフェールはグレングリーズに『番』だと言われた。
アンフェールは古竜種時代、いわゆる『精霊の愛し子』と呼ばれる存在で上位精霊と多数契約していた。
アンフェールは上位精霊によって、フェロモン受容体に枷を付けられていた。アンフェールが誰か一人に夢中にならないように。誰のものにもならないように。
そういった意志で行われた扱いだ。上位精霊の執着心ははた迷惑だった。
なのでアンフェールは死ぬまで番のフェロモンの匂いは分からなかった。
匂いは分からなかったが――好きだったのだ。
今だってアンフェールはグレングリーズに会いたいと思うし、先に逝った事を後悔している。
「共にいると……そう約束したのに、最後までそいつと一緒にいてあげられなかった。ぼくは今ここにいるけど、一度命がつきて消えてしまったんだよ」
その言葉に背後にいたグレンが身体をピクリと動かした。アンフェールが一度死んだことに驚いたのだろう。
「そいつは死ぬまで、ぼくの大事な物を守ってくれた……らしい。今になってから知ったんだ。
もう会えない事をとても寂しく思うんだ、グレン。双満月は今でもあんなに綺麗なのに、ぼくの隣にはそいつはいないんだ。ぼくは何のために――」
アンフェールの声はだんだん早口に、少しだけ上擦った様な涙声になっていく。
「――何のためにここにいるんだろう。何のためにまた生まれたんだろう」
救われない話だ。
何をどうしたって、もうグレングリーズには会えない。彼はこの世にいない。竜種のいない世界で竜種として生まれたアンフェールは、ただ孤独に生きるしかないのだ。
『番』を若くして失ったグレングリーズだって天寿まで耐えて生きたのだ。アンフェールにだって出来るはずだ。
赤ちゃんに出来て、王に出来ない事は無いのだ。
アンフェールの身体に、後ろからそっと男らしい腕が回される。グレンの腕だ。優しく、包むように抱きしめられた。
「アンフェール。きっとその『双満月の君』はアンフェールにとって大切な……恋しい人だったんだな」
グレンはグレングリーズの事を『双満月の君』と、風流な名前で呼んだ。
王子だけあって雅だった。
グレングリーズの男くさい顔に似合わない呼び名にアンフェールは少しだけ可笑しくなって、出掛かった涙は引っ込んでしまった。
「私は双満月の君のようには、なれないかもしれないが――双満月のような友人になろう」
「双満月のような友人……」
「人間の世界では親友と呼ぶんだ」
「親友……」
「うん」
アンフェールの胸が暖かくなった。
共にいると、グレンは約束してくれたのだ。
きっと、あの時、寂しくて寂しくて堪らなかったグレングリーズは、アンフェールの『約束』でこんな風に胸が熱くなったのだ。
「親友になろう、アンフェール」
「ありがとう、グレン」
アンフェールの視界の双満月が、また滲んだ。
夕食はたっぷり食べた。アンフェールは満腹になると催す方なのだ。
竜種の排泄物である『竜石』は水晶玉のような見た目をしている。つるりとした球形であり無色透明だ。そして匂いも無い。排泄物が魔力と反応して形成する、魔力含有物質だ。
直径三センチ程の竜石を一度に二~五個程排出している。普段は室内で出し、木箱に溜めている。それを二、三日に一度、家の脇に掘った窪みに捨てて処理している。
しかし、今日はグレンが泊まりに来ているのだ。室内で排出行為をするのは憚られる。
アンフェールは家の脇に身を潜めてローブを持ち上げた。尻を出し、しゃがんで軽くいきむ。
つるりとした竜石は抵抗感なくアナルを割り拡げ、ぽとり、ぽとりと地面に落ちていく。
幼体であるので後孔に陰茎を受け入れる事は出来ないが、玉の排出行為でも十分に快感を得られる。アンフェールは目を潤ませ頬を染めながら、密やかな性の愉悦に浸っていた。
離宮に来てから得られたものの中で排出の時間は大きい。幼体であってもアナルはこれ程気持ちいいものかと、日々感動している。
これだけ良いなら幼体用の性具を作っても良いかもしれない、とまで考えているのだ。本能に直結する創作は意欲が高まるのも早い。
排出の快感にうっとりしていた分、意識が散漫になっていたのかもしれない。色々気がつかなかった。
落ちた玉同士が当たり、弾けてコロコロと転がる。少し、斜めになった地面で勢いづいてしまった。遠くへ行ってしまう竜石を溶けた目でボーっと追うと、見慣れた靴が目に入った。
その、美しく仕立てられた革靴に竜石がポンと当たる。
冷や汗が出た。
どうして、グレンが近くまで来ていた事に気がつかなかったのか。アンフェールはパニックを起こしたかのように頭がぐるぐるした。
「アンフェール、これは?」
「ひぇ……」
グレンは足元にやって来た竜石を摘まんで持ち上げる。それは尻から排出されたてだというのに。
アンフェールは羞恥で真っ赤になってしまった。
グレンはその球体の正体を分かっていない。興味深そうな目をして、上に下にと不思議そうに観察している。
アンフェールは救いを求めて神に祈りたくなった。人が神に祈るのはこんな時なんだと理解した。目の前で友人に排泄物の観察をされた時だ。
「宝石か何かだろうか。凄く綺麗だ」
「あわわわ……」
実際、竜石は人間社会では魔力を含む宝石扱いされている。
宝飾品の店で竜石を使ったアクセサリーも売られている。人に混じって生活をしていた時、宝飾品の店で微妙な気持ちになった事もある。毎日尻から出るものが金の台座に乗っているのだ。竜種目線で見ると美しいというより面白いのだ。
「ええと……グレン」
「うん?」
「精霊は身体からそれが出るんだ。恥ずかしいから、返して欲しいな、って……」
本当は尻から出たし、汚いから早く捨ててくれって言いたい。しかしアンフェールは、王子であり友人である彼に、それがただの排泄物だと言い辛いのだ。
「貰って良いだろうか」
「はぁ!」
「え、いや、とても綺麗だと思う。澄んでいて、研磨したかのように輝いていて……まるでアンフェールみたいに清らかだ。……誰にも見せない。ただ、城でアンフェールを思う時に見たいだけなのだ」
アンフェールは思わず蹲った。グレンのお願いモードの顔の子孫力の高さに負けそうになるが、あくまでそれは排泄物だ。
駄目だ!
それから結局、アンフェールはそれが自身の排泄物である事をグレンに吐いた。
仕方ない。持って帰るって言われたら言うしかないだろう。しかし言ったにもかかわらず、竜石は持ち帰りの荷物に大事に仕舞われてしまった。なんでだ。
「アンフェール、今度この石を出す所を見せてくれないだろうか。その……どのように排出されるのか、観察したいんだ」
「あわわわ……」
グレンの精霊に対する探究心は留まるところを知らない。
◇◇◇
「ここが露天風呂……」
「ぼく、お風呂好きだから拘ってるんだ。泊りの時は一緒にはいろうね」
周囲はすっかり夜だ。月見風呂と洒落込みたい。
森の中というのに夜間羽虫が飛んで来ないのは『結界』効果だ。露天風呂をはじめ、隠れ家の周囲に展開している。
この結界を張った区画は昆虫たちに『ここは避けた方がいいな』と誤認させる。なので煌々と明かりをつけていても静かなものだ。
正直アンフェールは夜目が利く。一切灯が無くても困らない。しかしグレンはそうでないので、彼が困らないように明るくしているのだ。
前世、グレングリーズと暮らしていた時は月明り、星明りだけで過ごしたものだな、とアンフェールは懐かしんで笑顔になった。
空を見上げる。今夜は月が二つとも満月でとても明るい。初めてグレングリーズと入浴を共にしたのも、双満月の夜だった。
二人が浸かる湯船には、湯気にもやけるものの、双満月が映っている。
それがまるで、はっきりしない古い記憶の中の月のようだと思うのは、アンフェールが感傷的になっている証拠だろうか。
年寄りはこれだからいけないな、とアンフェールは水面を手で払うようにして、像を揺らした。
それをグレンはアンフェールがお風呂ではしゃいでいると捉えたらしい。微笑ましそうな顔をされてしまった。
「楽しそうだな、アンフェール」
「……うん。月が綺麗だなって」
「そうだな。双満月か……。月は好きだ。見上げると何だか懐かしい気持ちになるんだ。特に双満月が好きだな」
「ふぅん」
グレンも双満月が好きなのか、と思うと、アンフェールは気が合ったようで嬉しくなった。
「月見酒でも用意できればよかった?」
「アンフェールは子供だから飲めないだろう? 一人で飲むのもちょっとな」
「ぐぬ。……月見ジュースを次は準備するよ。そしたら二人で飲める?」
「そうだな」
アンフェールは酒も作れる。風呂はアルコールが回るのも早いだろうから、食事中に提供するものとして醸造するのもいいかもしれない。
フェンリルから貰った果実で、精霊の協力の元醸造すれば、魔力を含んだ至上の美酒が作れる。それはグレンの魔力の為にもなる。
グレンは思い切り脚を伸ばしている。そして両腕を上方に伸ばして、背を反らせている。
広いお風呂で伸びをするのが気持ちいいんだろう、と風呂製作者冥利に尽きて、アンフェールはうんうん、と頷いた。
「アンフェールが一人で入るには広すぎるくらい広いな」
「あはは。元々はもう少し小さかったんだ。でも一人増えて……」
アンフェールは、しまった、と口をつぐんだ。
「アンフェール?」
グレンが訝しむようにアンフェールを見ている。
アンフェールは割とハッキリと同居人がいたような言葉を発してしまった。下手なごまかしは効かないかもしれない。
言いたくなければ言わなくていいのだ。優しいグレンはそれ以上追求しないだろう。
しかしアンフェールは言ってしまいたい気持ちになっていた。お風呂のリラックス効果なのか。
(……きっと私は誰かに、聞いて欲しいのだ)
同居相手が『守護竜グレングリーズ』であると言わなければいいのだ。そこを言ったらアンフェールが『古代竜アンフェール』であるとバレてしまうが、その辺をぼかせば問題ないだろう。
なんかもう、そこそこ長生きなのは察しているだろうし。
「ああ、うん。グレン。おうち、最初のお客さまって言ったけど、本当は遠い遠い昔にもう一人一緒に暮らした人がいたんだ」
アンフェールは緊張しつつも告白した。だというのにグレンは左程驚いていない。
「そうか」
「驚かないの?」
「何となくそうではないかと思っていた。外テーブルにも椅子がサイズ違いで二脚あったし、ベッドも広いしな」
「ベッドはそいつが来る前から、あのサイズだったよ。ぼくの好みで。椅子はそうだけど」
ベッドのサイズは完全にアンフェールの好みだった。ベッドが完成した後にグレングリーズが来たのだ。
ベッドサイズが大きいとはいえ、図体ばかりデカい赤ちゃんの添い寝は大変だった。盛ると乗って来るし、こちらは老体であるのに構わず朝まで腰を振って来るし。
赤ちゃんのくせに性欲だけは一人前だった。あいつに何度胎で射されたか。少子化甚だしい竜種だというのに、卵を二個産むくらいだ。
アンフェールは苦笑しつつも、情熱的に求められた事を思い出して、ちょっとだけ勃った。
アンフェールはつつつと移動し、グレンの脚の間によいしょと座った。背中をグレンの腹に預ける形だ。
なんとなく、聞いて欲しいけれど顔を見ると照れちゃう話なのだ。
アンフェールはそこで、ちょこんと、三角座りになった。
「……その人、身体が大きかったんだ。お風呂に一緒にはいると遠慮するのか身体を縮こませていて。ゆったり入って欲しかったから湯船を大きいサイズに改築したんだ。そいつと……」
アンフェールは月を見上げた。
「今みたいにこうして双満月を見上げた。一人ぼっちだったそいつに、ぼくは『双満月のように共にいてやる』って言ったんだ」
アンフェールは今更ながら、愛の告白のような言葉だな、と思った。
寄り添うように光る双満月。それは離れることなく夜空に軌道を描き、共に沈んでいくのだ。そのように共にありたい、なんてそういう意味に取らない方が難しいだろう。
その言葉を口にした時は、ただ、ボロボロに傷つき、お腹を空かせた孤独な赤ちゃんを『保護してやる』という気持ちだった。そう言うつもりで言ったのだ。
その日のうちに上に乗られると思わなかった。
アンフェールはグレングリーズに『番』だと言われた。
アンフェールは古竜種時代、いわゆる『精霊の愛し子』と呼ばれる存在で上位精霊と多数契約していた。
アンフェールは上位精霊によって、フェロモン受容体に枷を付けられていた。アンフェールが誰か一人に夢中にならないように。誰のものにもならないように。
そういった意志で行われた扱いだ。上位精霊の執着心ははた迷惑だった。
なのでアンフェールは死ぬまで番のフェロモンの匂いは分からなかった。
匂いは分からなかったが――好きだったのだ。
今だってアンフェールはグレングリーズに会いたいと思うし、先に逝った事を後悔している。
「共にいると……そう約束したのに、最後までそいつと一緒にいてあげられなかった。ぼくは今ここにいるけど、一度命がつきて消えてしまったんだよ」
その言葉に背後にいたグレンが身体をピクリと動かした。アンフェールが一度死んだことに驚いたのだろう。
「そいつは死ぬまで、ぼくの大事な物を守ってくれた……らしい。今になってから知ったんだ。
もう会えない事をとても寂しく思うんだ、グレン。双満月は今でもあんなに綺麗なのに、ぼくの隣にはそいつはいないんだ。ぼくは何のために――」
アンフェールの声はだんだん早口に、少しだけ上擦った様な涙声になっていく。
「――何のためにここにいるんだろう。何のためにまた生まれたんだろう」
救われない話だ。
何をどうしたって、もうグレングリーズには会えない。彼はこの世にいない。竜種のいない世界で竜種として生まれたアンフェールは、ただ孤独に生きるしかないのだ。
『番』を若くして失ったグレングリーズだって天寿まで耐えて生きたのだ。アンフェールにだって出来るはずだ。
赤ちゃんに出来て、王に出来ない事は無いのだ。
アンフェールの身体に、後ろからそっと男らしい腕が回される。グレンの腕だ。優しく、包むように抱きしめられた。
「アンフェール。きっとその『双満月の君』はアンフェールにとって大切な……恋しい人だったんだな」
グレンはグレングリーズの事を『双満月の君』と、風流な名前で呼んだ。
王子だけあって雅だった。
グレングリーズの男くさい顔に似合わない呼び名にアンフェールは少しだけ可笑しくなって、出掛かった涙は引っ込んでしまった。
「私は双満月の君のようには、なれないかもしれないが――双満月のような友人になろう」
「双満月のような友人……」
「人間の世界では親友と呼ぶんだ」
「親友……」
「うん」
アンフェールの胸が暖かくなった。
共にいると、グレンは約束してくれたのだ。
きっと、あの時、寂しくて寂しくて堪らなかったグレングリーズは、アンフェールの『約束』でこんな風に胸が熱くなったのだ。
「親友になろう、アンフェール」
「ありがとう、グレン」
アンフェールの視界の双満月が、また滲んだ。
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