エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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離宮3

アンフェールと許されざる計略

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 アンフェールはグレンを守ると決めた。

 その為の情報を集めるには、遠ざけた使用人に探りを入れる必要がある。
 家政婦長ミセス・ガーベラとメイド達は反王太子グレン派。
 執事ギュンターはグレンに忠誠を誓っている元騎士だ。

 グレンの害になるのはミセス・ガーベラ一派だ。
 こちらから手に入れたい情報は『何をしてきたか』『何をしようとしているのか』――だ。
 何か企んでいるようなら、それを潰していかなければならない。

 ギュンターはグレンの害にはならない。
 グレンが幼い頃から、ずっと側についていた男だ。忠誠心も高い。
 ギュンターからはグレンの生育環境であったり、現在周囲にある問題を聞き出したい。

 アンフェールは嗤った。

(手元に優秀な情報源を確保できているのは僥倖だ。こちらの都合のように使わせて頂こう)



◇◇◇



 ここ数日『縄張り』を使い、使用人宿舎にあるミセス・ガーベラの部屋を監視していた。
 部屋には何度か男が出入りしていた。
 背の高い、若い男だ。オールバックにした銀髪と切れ長の目が神経質そうな印象を与えてくる。白衣に薄いフレームの眼鏡がいかにも研究者らしい。
 男は現ヴィシュニア魔導研究所の所長。名をザシャというらしい。

 今夜もザシャが来ている。
 ミセス・ガーベラは相変わらず豪奢に飾り立てた部屋で、立派な椅子に腰かけ、扇を持ち、貴婦人の姿でいる。
 会話を聞き逃すまいと、アンフェールは耳を澄ませた。

「機嫌がよろしいですね。ミセス・ガーベラ」
「ええ。とても気分がいいわ、ザシャ所長。前回の報告書は素晴らしいものでした」

 ザシャの恭しい挨拶に対し、ミセス・ガーベラは、口端のみ吊り上げ笑顔を作った。

 ここ数回、この逢瀬を観察している。
 ザシャはミセス・ガーベラから出資を受けて、ワイバーン種である飛竜の『改良』を行っているようだった。
 話に聞く『改良』は非道なものだ。
 あの頃、人間が竜種を捕らえ行った非道を思い起こさせるような話も多く、聞くたびにアンフェールはこの男に対し嫌悪感が募っていった。

 ワイバーン種を改良して魔石を肥大化させる。
 この実験はザシャが所長に就任した六年前から行われていたらしい。短期間で成し遂げるべく、魔術に加え、薬物を大量に使ったといっていた。

 魔石が大きくなれば、身体を巡る魔力量も増える。
 飛竜は適さない魔力濃度に脳がついて行かないらしい。苦痛に狂った個体を薬物で大人しくさせているとザシャは笑顔で話していた。
 投薬している分、肉を食用には出来ないが皮と骨は素材になると言っていた。
 高濃度の魔力が長く廻った部位は素材として優秀なのだと。

 狂った飛竜を薬物管理する必要があり、薬の生産量を増す事が目下の課題だといっていた。
 長期目標として、狂気に陥っても大人しい個体を掛け合わせ、高濃度魔力に耐性がある種を作り上げたいと目を輝かせていた。

 竜種の立場からしたら、狂っているとしか言いようがない。

「本年度の魔石の収穫が出来たのでしょう?」

 ミセス・ガーベラは蠱惑的な笑みを浮かべ、報告を強請った。

「ええ。生育期間二年の個体を解体しました。出資していただく前に仕込んだ物なので個数は少ないですが。」

 ザシャの家畜を解体するがごとく何でもない物言いに、アンフェールは顔を歪め、そして舌打ちした。

(気分が悪い。家畜、なのだろう。こいつらにとっては。確かに飛竜は竜種と違って知能が低い。空を飛ぶ動物に過ぎない……)

 アンフェールは手ずから孵化させ、育て、友達になった、愛らしい小型フェレット種であるタンジェントを思い浮かべる。
 ぶるりと寒気がして震える。
 大型ワイバーン種であっても、飛竜が解体されるなんて想像したくないのだ。

「実験体の飛竜から取り出した魔石は、通常の飛竜の魔石の十倍の大きさでした。竜の魔石の五分の一に匹敵します」

 ザシャは両腕を広げ、高揚した強い口調で研究の成果をアピールする。

 その成果にアンフェールも思わず目を見張る。飛竜の魔石と考えたらとても大きい。
 飛竜五頭で竜種一個体分の魔石が採取できる。竜種はすでに絶滅しているし、新規に入手できる魔石の大きさとしては破格だ。

 ただし、改良飛竜は通常の十倍の大きさの魔石を体内に抱えるのだ。己の魔石だとしても狂わない訳がない。

 例えば現在のアンフェールの保育器・・・にされた母体、マグダレーナだ。
 彼女は竜の魔石を移植されていた。アンフェールに自我が生まれた時点で、マグダレーナは脳死していた。
 その生命に対し、そぐわない量の魔力は脳を犯し、壊すのだ。

「素晴らしい。次の繁殖期には個体を大幅に増やしたいわ」
「飼料の確保と薬の生産量との兼ね合いになりますね」
「飼料は輸入でも対応できます。薬の原料で足りないものがあれば教えなさい。こちらも輸入を視野に入れましょう」
「それはとてもありがたい。ワイバーン種は食事の量も多い」

 ザシャは頬を紅潮させミセス・ガーベラに礼を言う。
 二人の会話は薬物と飼料の話に移った。どうやら薬物の原材料のいくつかが確保が難しいらしい。
 何とはなしにそれを流し聞く。
 アンフェールはこの研究が行きつく先が何なのか測りかねていた。

(巨大な魔石を造り上げて、それを何に利用するんだ? 平和利用――と言う風には考えにくい。こそこそ企む様子からして……)

 アンフェールが考え込んでいると、その答えがミセス・ガーベラの口から洩れた。


「魔導兵器も開発したいわ。その飛竜の魔石を使う前提で」


(魔導兵器だと……?) 


 ヴィシュニア王国前王朝は『奪う』国だった。魔導武器で周囲の国を脅し、戦争で略奪行為をする国家だった。

 アンフェールは前王朝時代に、魔導兵器を見た事があった。
 古竜種エンシェントドラゴンであった頃、人間の姿で宮廷魔術師をした事があったからだ。
 宮廷魔術師は戦争に行かない。アンフェールの主な仕事は城の守りだった。
 魔導兵器はヴィシュニア魔導研究所の管轄で、操作は軍人が行っていた。だから数度見かけたぐらいで実用されている所は見た事が無いのだ。

 兵器を動かすのに魔石を使っていた。

 より強力な魔導兵器を動かす為に、竜の魔石を大量保有したくなったのだろうか。だから『竜狩り』が激しくなったのだろうか。

(宮廷魔術師まで竜狩りに駆り出されていたな。本来の仕事では無いだろうに。
 あの時体感したのは、急いで全ての竜を『刈り取る』勢いだった。絶滅させるつもりで来ていた。そんなに魔石を集めて何を――)

 そこではた、とアンフェールは思いつく。

(……他国に魔石を渡したくない、という思惑があったのではないか? 敵国に同じ規模の魔導兵器を配備されてはヴィシュニアの優位性が揺らぐ。
 そのようにヴィシュニアが動けば、他国だって狩りに動くだろう。魔石エネルギーの奪い合いだ。そうなれば当然数の減っていた竜種は滅ぶ。
 想像ではあれど、大して外してないだろう。全く、勝手な話だ――!)

 アンフェールは至った考えに憤った。




「魔導兵器――戦争でも始める気ですか?」
「ふふ」

 ザシャは狼狽している。

 ヴィシュニア現王朝は自分たちの手で必要な物を生み出し、足りない分は周辺国と輸出入し、戦争をせず平和を保っていたのだ。
 戦力も周辺国とバランスを取っている。

 その程度で戦争が起こらないのは、ひとえにヴィシュニアの民にある。
 国民総じて周辺国より魔力の保有量が高いのだ。
 民の質が良ければ防衛力は上がる。

 魔力が高い理由は生活様式にある。
 グレングリーズが作り上げたこの国は、ちょっとした習慣の中に『魔力交流』を図るものがあるのだ。
 挨拶にハグやキスがあったり、共同浴場スパの文化もある。
 周辺国では肌を他人に晒す事への忌避感が強い国も多いというのに、この国ではスパが大人気になっている。

 ……本当によく考えられた国なのだ。グレングリーズが考えたにしては賢すぎるくらいに。
 あの手紙には『アンフェールの好きな国になっているか』とあった。
 アンフェールは風呂好きで、しょっちゅう露天風呂で月見酒をしていた。だからだろうか。彼がスパ文化を根付かせたのは。

 平和で、文化的な国だ。無粋な魔導兵器など必要ないだろうに。
 アンフェールの表情はさらに険しくなった。


「魔導兵器の図面が出来たら渡しなさい。製造はシタールで行います」


 ミセス・ガーベラは何でもない事のような平坦な声で、隣国――シタール王国の名を出した。

「……! それは」
「シタールには私の妹が嫁いでいます。シタールの協力の元、ヴィシュニアの現体制を打破します」

 隣国で魔導兵器を作り上げるという利敵行為を持ち掛けられ、ザシャは驚愕に目を見開いている。
 反対に、ミセス・ガーベラは氷のような笑顔を浮かべている。


「現王朝も元々クーデターで成立したのです。ならば再びクーデターで覆ってもおかしくないでしょう?」


 笑顔であるのに、ミセス・ガーベラ目は淀み、深い闇を宿している。それは老獪さを感じさせると同時に強く不自然であると感じさせるものだった。
 彼女の見目は精々三十代であるというのに。
 底知れない。
 それは直接接するザシャも感じるらしく、彼は顔色を青くしていた。


(――ふうん、グレンを害するだけじゃなく、グレングリーズが作った国を壊すつもりなんだ。この女は私にとって完全な『敵』だな)


 アンフェールは冷徹な王の顔をして、映像に映るミセス・ガーベラの顔を睨め付けた。
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