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墓標――ふたりで謳う終わりの歌
アンフェールとグレンの婚約
しおりを挟む前世、グレングリーズとの事を誰かに祝われた事はなかった。
アンフェールは飛行中に人間の襲撃に遭って落下し、隠れ家に潜んで状況を確認している最中にグレングリーズを拾ったのだ。
そこから竜の谷に戻るまではタンジェントとしか会っていない。
そのタンジェントも瀕死の状態で、谷の危機を伝えたら事切れてしまった。
戻った谷は、襲撃を受けた後で空っぽだった。
故郷は誰もいなかった。
そこでアンフェールが卵を孕んでいる事が発覚したのだ。同時に身体が不自由になり、谷から動けなくなってしまった。出産し、そのまま死んでしまった。
だから番と出会ってから、アンフェールを知っている竜に会っていない。
五千年近く番のいない身で生きてきたのだ。
谷が無事でみんながそこにいたならば、番を連れ帰った事にビックリし、同時に祝福してくれただろう。
(……たらればの話だな。そういえばフェンリルとは会っていたか。しかし、祝福どころの状況じゃなかったから、そういう話も無かったな……)
◇◇◇
「「「よくお似合いです! 殿下!!!」」」
「……そうか」
離宮のアンフェールの部屋に、側仕え達のピッタリと揃った声が響く。
彼らはいつものごとく、クローゼット内に整えられた衣装係コレクションから『本日の装い』を選び、着付け、スタイリングしてくれた。
衣装はレースがフリフリだしキラキラだ。内々の式だし、まだ街は復興の最中だから抑えてくれって言ったのに。
アンフェールは微妙な顔になる。
そもそもクローゼット内の衣装のデザイン傾向も問題だ。
『強い竜として立派な体格に育つのだから、これから仕立てるのはカッコいいデザインにしてくれ』と衣装係にお願いしていた。
だというのにクローゼットの衣装は、フリフリ度合いが増してしまった。
曰く「今しか楽しめないのでしたら後悔しないように盛りたいのです……!」との事だ。
衣装係はちょっとべそをかいていたので、アンフェールはそれ以上強く言えなかった。
アンフェールは立派な体格になる予定なのだ。
だというのに、ここしばらく身長は伸び悩んでいる。十四歳まで驚く程スクスク育ったのに。というか認めたくないが伸び止まった可能性がある。
竜体は並みよりデカいのにどうしてなのか解せない。
前世、アンフェールは立派な身体をしていたし、グレングリーズはそれよりデカくて厚かった。この二人の因子しか入ってない身体なのだから、もっと強そうになるはずなのに。
そういった文句をグズグズ言うと、グレンは「抱きやすいから、そのままでいいよ」と言ってくれる。
ちっとも、よくない。
見た目が弱そうでは守護竜らしさが足らないではないか。アンフェールは形から入るタイプなのに。
番との交接の為にお手頃サイズになった訳ではないのだ。
そんな事をうだうだ考えているうちに目の前には側仕え一同がピシッと整列していた。
「「「殿下、おめでとうございます」」」
「……ありがとう」
声を揃えての祝福だった。アンフェールは照れながら返礼した。
朝食の時も料理長達にお祝いされてしまった。いつもの朝食よりも一品多かったし「夜は豪勢にしますね」と言ってくれた。
部屋に帰れば花瓶に例のバラ『アンフェール』が生けてあった。庭師一同かららしい。
何だか起きてから照れっぱなしだ。
「殿下、そろそろ出ないと」
「はい! エドワード」
エドワードが声掛けをしに来た。大事な式なのだから遅刻してはいけない。
アンフェールは慌ててエドワードについて、部屋を出た。
これから『婚約式』が行われる。
現在砲撃被害があった街の復興中という事もあり、婚約式は書面だけのものだ。ふたり、名前をサインして終わり。
それでもアンフェールもグレンも楽しみにしていた。
結婚前であっても正式に婚約者になればべたべたしていても誰にも何も言われない。兄弟時代もべたべたしていた気がするけれど、あれはあくまで兄弟愛だ。そういう体だ。
現在グレンの執務室にはお馴染みの顔が揃っている。
アンフェールの教会時代のお母さんとお父さん代わりだったエドワードとロビン。
グレンの親族であるベロニカと夫のエックハルト。
そしてギュンターとティモがいる。
ティモは文官なので、婚約の処々手続きもそのまましてくれるらしい。
国王の婚約式としては本当に地味なものだ。
でも、それがアンフェールとグレンの望みだった。
濃い赤茶の立派な机にひらりと乗る、薄い誓約書。このペラ紙が『ふたりは婚姻予定である』と正式に決定づける。
アンフェールはいつもよりも丁寧にペンを走らせ、名前を記入した。
それをグレンに手渡すと、彼は大事そうに受け取ってくれた。アンフェールの名の隣の空白が綺麗な筆致で埋まっていく。
並んだ名前。
アンフェールとグレンは正式に婚約者になったのだ。
最初に拍手を打ったのはエドワードだ。それから全員、二人を祝福するように拍手してくれた。
「おめでとうございます、グレン様、アンフェール殿下」
「これで親戚ね! また叔母上ってよんでよ、アンフェール」
「ついにって感じだね、殿下。陛下、おめでとうございます!」
「陛下、殿下、おめでとうございます。……ふたりの幼かった頃が、つい昨日の事のようなのに」
「ぐ、ぐれんさま……よかった……よかった」
「ギュンター殿、汚いですよ。ああ、もう。殿下、陛下、おめでとうございます」
みんなの祝福の言葉。
アンフェールは目がじんわりと温かくなってしまった。
前世と違い、今世は祝ってくれる人がいる。それはとても嬉しい事だった。
「ありがとう、みんな」
結婚式自体はもっと先にする予定でいる。
守護竜と賢王の結婚式だし、エックハルトは式を大々的に行いグレンの王位を盤石なものとして国内外にアピールしたいらしい。
派手に式を挙げるなら、きちんと復興を遂げる必要がある。なので今のところ挙式がいつになるかは決まっていない。国の状態が回復次第なのだ。
◇◇◇
「アンフェール、おいで」
「? うん。どこにいくの?」
「ふふ、いいからいいから」
グレンに手を引かれるままついていく。
一階の渡り廊下に出たところで、それが見えた。視力の良い竜種はサプライズに向かない。が、十分ビックリしている。
あの『アンフェール』の咲くバラ園だ。
そこに過去のビジョンで見たのとソックリな、というよりもグレンが記憶を元に再現して作ったと思われる、白いガーデンテーブルと椅子が置かれている。
人数が多いのでテーブルは二つある。婚約式に立ち会ったメンツがそこで待っていた。
「グレン……これ」
「お茶会、したいっていってたろう? 婚約式、サインだけじゃ味気ないと思って、こっそり準備していたんだよ」
「あ……」
「マフィンも焼いたんだ。当時の味と同じだから、是非食べて」
テーブルの上にはあの記憶の中で見たのと同じマフィンが並んでいる。ティーセットも同じだ。
「同じティーセットじゃない?」
「新しく購入したから、全く同じじゃないよ。王都で一番有名な窯元の定番商品なんだ。守護竜が愛用していたデザインって事で、今でもデザインだけ残ってるんだよ」
「そうなんだ。あの記憶のまますぎて凄い……驚いてしまった」
グレンがクスリと笑う。
「サプライズ、成功かな」
「うん。大成功。ありがとう、グレン」
ふたりが席の前までやってくると、みんなが拍手で迎えてくれた。
グレンが軽く手を上げると、拍手は止んで静かになる。
「今日は我々の婚約を見届けてくれてありがとう。ささやかな席だけれど、バラを愛でながらお茶を楽しんでほしい。
このバラは守護竜グレングリーズ様の最愛の番、古代竜アンフェール様の名にちなんで『アンフェール』と名付けられた品種だ。グレングリーズ様はこのバラが咲く度にここでお茶会をし、番を想ってバラを愛でた、という逸話がある。
我々も番として命の限り想い合っていくことを、ここで皆に誓おう」
朗々とした誓いの言葉だった。
アンフェールは隣にいるグレンを見上げ、うっとりしてしまった。光の精霊たちも『あついねー』『ひゅーひゅー』とか言いながら周囲をグルグル飛んでいる。
当然そんな感じだとアンフェールの周囲はぴかぴか光っている。昼間であっても精霊の光は『光っている』と感じるのだ。
ふたり、向かい合い、見つめ合う。
「アンフェール、きみに誓いを捧げる」
「私も、グレンに誓おう」
そして、グレンとアンフェールは誓いの口づけを交わした。
勿論儀礼的なものだから触れるだけだ。それでもドキドキしてしまって顔が熱い。
周囲から拍手と共に「おめでとう」やら「お熱いね!」やら声が掛る。熱々ぶりを囃し立ててるのはエドワードとベロニカだ。
アンフェールは嬉しくて、幸せで、そんな気持ちを伝える様にグレンの手を握った。
彼の表情も、ふんわりと柔らかい。
立ちっぱなしもなんだから、という事で席に近づくと、メンツの数と椅子の数が合わない事に気が付いた。
アンフェールとグレン合わせて八人なのに椅子が十脚ある。
「ねー、グレン。他に誰か来るの? 食べるの、待った方がいい?」
アンフェールが聞くより早くベロニカが空いた椅子について聞いている。
ベロニカは甘い香りをさせているマフィンを早く食べたそうにしている。この場にいるメンツの中でも年齢は上の方なのに、腹ペコの子供のようだ。彼女は相変わらずなのだ。
グレンはそれに苦笑している。
「いや、呼びたいけど、ここに来れないひと達の椅子なんだ。だから人数はこれで全員だよ」
アンフェールはそれだけで気付いてしまった。
空いた椅子の意味。
過去を覗いたときに見た光景。
グレングリーズと子供達は、いないアンフェールの為に椅子を用意してくれていた。だから空いた二脚はそういう事なのだ。
「グレン……」
「……ふたりもきっと、祝ってくれているから」
グレンは優しく微笑みかけてくれる。そんな笑顔の象がゆらりと揺らぐ。滲んでしまう。
「うん」
アンフェールは鼻声で頷いた。
空いた二脚を見ながら、溢れだす思いのまま涙を零した。
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