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第31話
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真白と付き合えたのに。
俺の隣にいてくれるのに。
俺の心は満たされることがない――。
その理由は、きっと……。
ハッと目が覚めた。
そこは自室で、見慣れた天井があった。
隣には裸の真白が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
昨日リビングのソファーで自分勝手な行為をしたというのに、真白は俺を受け入れてくれた。
それに甘え、俺は自分の部屋で何度も何度も真白を抱いた。
俺はスマホを手に取ると、真白を起こさないようにベッドから降りた。
よく晴れた金曜日。再び有休を取った俺は育ての母親――あの人に会うために待ち合わせ場所であるカフェへと向かっていた。
本当はもう二度と会いたくなかったし、会わないだろうと思っていた。
だけど俺は、あの人と決着をつけなくては前に進めないように思えた。
歩行者信号が赤になり、俺は立ち止まる。
横断歩道の前にカフェが見える。窓際の席にあの人が座っているのが見えた。他に客はいないようだ。
あの人にはメールでただ、会いたい、とだけ連絡をした。会ってくれないだろう、きっと断られるだろう――そう思ったが意外なことに、ここに来てちょうだい、とあの人から場所と時間を指定してきたのだ。
あの人は、藍色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。背筋をまっすぐに伸ばし座っている。
歩行者信号が青になる。
俺は一歩踏み出すと、あの人が待つカフェへと向かった。
「遅くなった」
あの人の前に着くと、俺はぶっきらぼうに言った。
あの人は紅茶を一口飲むと、俺の顔も見ずに、「で?」と話を切り出した。
「アンタから会いたいだなんて……何の用?」
相変わらず、冷たい口調だ。
俺は椅子を引くと、あの人の前に座る。
「アンタは私のことが憎いんじゃないの?」
「憎いと思っているのはそっちだろう。それなのに何も知らない幼い俺はあなたから愛されたくて必死だったよ。本当に馬鹿だよな。あなたから愛されることなんてあるはずなかったのに」
図星だからだろうか。ティーカップを持ったあの人の指先が少し震えていた。
ふいっと窓の外を眺めて、あの人は一切俺を見ようとしない。昔も、今も。
そこへ、ウェイトレスが入店と同時に俺が注文したコーヒーを運んできた。
テーブルの上にコーヒーを置くと、ウェイトレスは去っていく。
「……これで会うのは最後だ」
そこでようやく、あの人は俺を見た。
「今まで嫌な思いをさせて悪かったよ。でももう、これで会うのは最後だ。あなたの前に二度と現れない。それで満足だろ? じゃあな」
俺は立ち上がるとあの人に背を向けた。
その時、雷が落ちたかのような轟音が背後からした。俺は反射的に後ろを振り返ると、トラックが歩道に乗り上げ花壇に突っ込んできた。
トラックの勢いは止まらず、そのままテラス席を越えて、窓際のこの席にまで向かって来る。
この位置だと轢かれる――窓ガラスの割れる音を聞きながら死を覚悟した、その時。
「冬夜っ!」
あの人が俺の名前を呼んだ。そして、俺を突き飛ばす。
俺を庇ったあの人は地面に倒れる。
現場は騒然としていて店員が慌てて電話で救急車を呼んでいる。
俺は倒れているあの人に駆け寄る。
「おい、大丈夫かっ!」
「冬夜」
あの人は再び俺の名を呼ぶと求めるように手を伸ばす。
俺は震えながらその手を取ってしまった。
「無事で良かった」
一瞬、その言葉が俺に向けられたものなのかわからなかった。
あの人が少しだけ微笑んだように見えた。
そして、意識が途絶えるとその細い腕は力なく俺の手から離れた。
すぐに救急車が来て、担架に乗せられたあの人は病院に運ばれた。
「冬夜っ」
連絡を受けた父さんが病院に駆けつけてきた。
「母さんの容態は」
「今、治療を受けている」
そこへ、医師が出てきた。
「不破さんのご家族の方ですか?」
「はい、そうです」
神妙な雰囲気の医師に、父さんが前のめりになる。
「今は気を失っていますが命に別状はないですよ。いやぁ、あの状況で本当に運が良い。全身の打撲で済んだのだから」
医師は相好を崩す。
「一応、大事を取って数日は入院しましょうか」
医師が去って行く。父さんは胸を撫で下ろすと俺に声を掛ける。
「……冬夜、顔が青いけど大丈夫か?」
「あぁ、問題ない」
病院から去ろうとする俺を父さんが引き止める。
「少し話をしようか」
俺と父さんは病院の中庭へと場所を移した。
ベンチに座る俺に、父さんは温かい缶コーヒーを渡すと俺の隣に座る。そして、缶コーヒーのプルトップを開けると一口飲んだ。
「あの人が……トラックに轢かれそうになった俺を助けてくれたんだ。俺のこと憎かったはずなのに。嫌いだったはずなのに。どうして……」
俺は堪らず父さんに話す。
『無事で良かった』
そう言って俺に微笑んだ顔が、今も頭から離れない。
風が吹く。植えてある樫の木の樹冠が地面に影を落とし、揺れている。
「冬夜。――十日後のお前の誕生日に連れて行きたい場所があるんだ」
「俺を連れて行きたい場所? 一体どこだ?」
訊いたところで、父さんのスマホに着信が入った。父さんはすぐさま電話に出る。
「私だ。あぁ、すぐに戻る」
父さんは電話を切ると、
「必ずその日は空けておくんだぞ」
俺に念押しする。
そして、俺の言葉も待たずに仕事へと戻っていった。
俺の隣にいてくれるのに。
俺の心は満たされることがない――。
その理由は、きっと……。
ハッと目が覚めた。
そこは自室で、見慣れた天井があった。
隣には裸の真白が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
昨日リビングのソファーで自分勝手な行為をしたというのに、真白は俺を受け入れてくれた。
それに甘え、俺は自分の部屋で何度も何度も真白を抱いた。
俺はスマホを手に取ると、真白を起こさないようにベッドから降りた。
よく晴れた金曜日。再び有休を取った俺は育ての母親――あの人に会うために待ち合わせ場所であるカフェへと向かっていた。
本当はもう二度と会いたくなかったし、会わないだろうと思っていた。
だけど俺は、あの人と決着をつけなくては前に進めないように思えた。
歩行者信号が赤になり、俺は立ち止まる。
横断歩道の前にカフェが見える。窓際の席にあの人が座っているのが見えた。他に客はいないようだ。
あの人にはメールでただ、会いたい、とだけ連絡をした。会ってくれないだろう、きっと断られるだろう――そう思ったが意外なことに、ここに来てちょうだい、とあの人から場所と時間を指定してきたのだ。
あの人は、藍色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。背筋をまっすぐに伸ばし座っている。
歩行者信号が青になる。
俺は一歩踏み出すと、あの人が待つカフェへと向かった。
「遅くなった」
あの人の前に着くと、俺はぶっきらぼうに言った。
あの人は紅茶を一口飲むと、俺の顔も見ずに、「で?」と話を切り出した。
「アンタから会いたいだなんて……何の用?」
相変わらず、冷たい口調だ。
俺は椅子を引くと、あの人の前に座る。
「アンタは私のことが憎いんじゃないの?」
「憎いと思っているのはそっちだろう。それなのに何も知らない幼い俺はあなたから愛されたくて必死だったよ。本当に馬鹿だよな。あなたから愛されることなんてあるはずなかったのに」
図星だからだろうか。ティーカップを持ったあの人の指先が少し震えていた。
ふいっと窓の外を眺めて、あの人は一切俺を見ようとしない。昔も、今も。
そこへ、ウェイトレスが入店と同時に俺が注文したコーヒーを運んできた。
テーブルの上にコーヒーを置くと、ウェイトレスは去っていく。
「……これで会うのは最後だ」
そこでようやく、あの人は俺を見た。
「今まで嫌な思いをさせて悪かったよ。でももう、これで会うのは最後だ。あなたの前に二度と現れない。それで満足だろ? じゃあな」
俺は立ち上がるとあの人に背を向けた。
その時、雷が落ちたかのような轟音が背後からした。俺は反射的に後ろを振り返ると、トラックが歩道に乗り上げ花壇に突っ込んできた。
トラックの勢いは止まらず、そのままテラス席を越えて、窓際のこの席にまで向かって来る。
この位置だと轢かれる――窓ガラスの割れる音を聞きながら死を覚悟した、その時。
「冬夜っ!」
あの人が俺の名前を呼んだ。そして、俺を突き飛ばす。
俺を庇ったあの人は地面に倒れる。
現場は騒然としていて店員が慌てて電話で救急車を呼んでいる。
俺は倒れているあの人に駆け寄る。
「おい、大丈夫かっ!」
「冬夜」
あの人は再び俺の名を呼ぶと求めるように手を伸ばす。
俺は震えながらその手を取ってしまった。
「無事で良かった」
一瞬、その言葉が俺に向けられたものなのかわからなかった。
あの人が少しだけ微笑んだように見えた。
そして、意識が途絶えるとその細い腕は力なく俺の手から離れた。
すぐに救急車が来て、担架に乗せられたあの人は病院に運ばれた。
「冬夜っ」
連絡を受けた父さんが病院に駆けつけてきた。
「母さんの容態は」
「今、治療を受けている」
そこへ、医師が出てきた。
「不破さんのご家族の方ですか?」
「はい、そうです」
神妙な雰囲気の医師に、父さんが前のめりになる。
「今は気を失っていますが命に別状はないですよ。いやぁ、あの状況で本当に運が良い。全身の打撲で済んだのだから」
医師は相好を崩す。
「一応、大事を取って数日は入院しましょうか」
医師が去って行く。父さんは胸を撫で下ろすと俺に声を掛ける。
「……冬夜、顔が青いけど大丈夫か?」
「あぁ、問題ない」
病院から去ろうとする俺を父さんが引き止める。
「少し話をしようか」
俺と父さんは病院の中庭へと場所を移した。
ベンチに座る俺に、父さんは温かい缶コーヒーを渡すと俺の隣に座る。そして、缶コーヒーのプルトップを開けると一口飲んだ。
「あの人が……トラックに轢かれそうになった俺を助けてくれたんだ。俺のこと憎かったはずなのに。嫌いだったはずなのに。どうして……」
俺は堪らず父さんに話す。
『無事で良かった』
そう言って俺に微笑んだ顔が、今も頭から離れない。
風が吹く。植えてある樫の木の樹冠が地面に影を落とし、揺れている。
「冬夜。――十日後のお前の誕生日に連れて行きたい場所があるんだ」
「俺を連れて行きたい場所? 一体どこだ?」
訊いたところで、父さんのスマホに着信が入った。父さんはすぐさま電話に出る。
「私だ。あぁ、すぐに戻る」
父さんは電話を切ると、
「必ずその日は空けておくんだぞ」
俺に念押しする。
そして、俺の言葉も待たずに仕事へと戻っていった。
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